掌編小説・『墓ごしらえ』
※連載中の、妖怪ハローワークより。
【埋めるなら、思い出か種を埋めろ】
小さい頃から『ぬりかべ』に、口酸っぱく言われていた。
なのに、人を生き埋めにした。
気に食わない人間がいたら、土に埋めて、上に墓を建てる。
それが俺の性分だ。
ある日、絡んできたヤンキーを穴に落とした。
ケケッと嘲笑しながら。
埋めている途中で、パトランプに顔が照らされた。その場で警察に逮捕された。
未遂に終わった。
5年の刑期を経て、俺は出所した。今はぬりかべの家に世話になっている。
◆
灰色に濁ったぬらぬらとした皮膚に、両目が長髪に隠れた男──『墓ごしらえ』が、井ノ頭通り沿いをテケテケ歩く。
『美しの湯』に行くために、浜田山から高井戸の方へ向かっていた。
その途中に、『妖怪ハローワーク』を見つけた。
「確か、これ。いつ出てくるか、分からねぇんだよな」
ケケッと笑った。
「まだ、ツキには見放されてないぜ」
墓ごしらえは、中に入った。
◆
12時15分──
6番窓口の前には、墓ごしらえの姿。
担当する男性職員は──妖怪『四面驚愕』
その名の通り、顔の周囲に同じ顔が四つ付いている。
「どのような職種でお探しですか?」
「何でも良い」
「希望があった方が絞り込みしやすいので、出来ましたら……」
「いま50連敗中でよ。選べねえんだわ」
四面驚愕は、シートに書かれた情報を見ながら徐々に青ざめていく。
「う、嘘ですよね……」
四面驚愕の驚いた顔が、クルッと回転し、次の顔にひとつズレた。
「あなた、まさか……《生き埋め事件》の墓ごしらえさんですか!?」
「声がでけえ!」
みんなが、不安そうに墓ごしらえの方を見た。
「す、すみません」
「……そうだよ」
小声で言った。
「えー!!」
次の顔に、回転する。
「ごめんなさ〜い!!」
「わっ、私を埋めないでくださーい!!」
さらに連続回転し、全面驚き顔に。
キュインキュイ〜ン──と、パチスロの確変音が鳴る。四面の顔が点滅し、そのあと全部の表情が、凪──になった。
「どういう事だよ!」
◆
食卓には、夕ご飯が並んでいる。
墓ごしらえの対面。
ぬりかべが椅子を3つ並べ、その大きな体をどすりと置いている。
「クソっ、妖怪ハローワークでも駄目だった……」
墓ごしらえは、うなだれている。
「ゴニョゴニョ……」
ぬりかべの声は小さく、低く籠もる。普通の人なら、何を言っているのか分からない。
だが、墓ごしらえには聴こえた。
「駄目で当然だ? お前はそれだけの事をしたんだ──って、そんなの、俺も分かってるよ!」
「ゴニョゴニョ……」
「いや、分かっていない。分かっていれば、いちいちそんな事では凹まない──前科者には紹介出来ないって言われたんだぞ!」
「ゴニョゴニョ……」
「罪を悔いながらも諦めるな。わしが言えることはそれだけだ──……かっ、簡単に言ってくれるけどよ、俺には無理だ! 性根が腐ってるからな!」
墓ごしらえが椅子を蹴って、家を出ていった。
ぬりかべは、ため息を吐いた。
のそっと立ち上がる。食器棚の中からをラップを取り出し、食卓に戻ってきた。
墓ごしらえの食べかけのご飯に、そっとラップを巻き、椅子を戻した。
◆
「何だよ、ぬりかべの野郎……」
宛もなく歩いた。もう、夜だ。
シク……シク……。
すぐそばの公園の中から、すすり泣く声が、聴こえてくる。
「……何だ?」
墓ごしらえは、誘われるように中に入った。
この公園には、砂場がない。コンクリの割合が多く、土自体が少ない。遊具はブランコだけだ。
その片隅。
少年が、僅かに見える土をスコップで掘っていた。傍らには猫。
墓ごしらえは、少年に近づいていった。
彼は泣きながら、懸命に土を掘っている。しかし浅く、全然掘れていない。
死臭……。鼻に纏わりついた。
猫からだ。よく見ると、ところどころ腐っている。
(何日置いたんだ……)
「おい、ガキ」
少年は、墓ごしらえを無視して掘る。
「ガキ、こら。埋めるぞ!」
少年の肩がビクッと動いた。彼は涙が貼りついたままの顔で、墓ごしらえを見た。
怪物のようなその姿を見て、そのまま絶句。小刻みに震えだした。
「あっ、あ……」
「貸せ!」
墓ごしらえが、少年のスコップを奪い取った。
「掘るってのは、こうやんだよ」
ザクッ──ザクッ、ザクッ──
リズム良く、墓ごしらえは掘っていく。確かにこの土は、子どもが掘るのには硬かった。
だが、墓ごしらえは掘る専門の妖怪。こんなものは、硬いうちに入らない。
「わあ」
いつしか少年は泣き止み、墓ごしらえが土を掘るところに見入っていた。
ザクッ──
最後の一回、スコップから土を掻き出した。
「まあ、こんなもんだろ」
すり鉢状の、深めの穴が出来た。
「ありがとう」
少年は笑みを浮かべ、墓ごしらえに言った。
「おう……」
少年は猫を抱きかかえ、穴の中央にそっと猫を置いた。土を戻していく。
「あ〜、遅せぇなー!」
墓ごしらえが手伝う。作業が進んだ。
ちいさな土の山が出来た。
少年は、ポケットからアイスの棒を取り出し、山に刺した。
彼は、手を合わせる。
「チロ──やっと、お墓が出来たよ。待たせてごめんね」
少年が、ニコッと笑みを浮かべ、墓ごしらえを見た。
「本当にありがとう。やっと埋めてあげられた」
「そうか」
少年の体が、どんどん透けていく。
墓ごしらえは「なるほどな」と呟いた。
「これで、ボクもお父さんとお母さんのところに──」
言いながら、少年の体は消えた。
墓ごしらえは、手を合わせた。それからチロの墓に背を向け、歩き出した。
そのとき脳裏に、ぬりかべの言葉が響いた。
【埋めるなら、思い出か種を埋めろ】
「こういうのも、悪くねぇかもな」
◆
3ヶ月後──
玄関で靴を履く、墓ごしらえ。脇には、大きなキャリーケース。
ぬりかべが、後ろから話しかけた。
「……ほんとうに、この家を出て行くのか?」
いつもより声が大きく、ハッキリしている。これなら、誰でも聴き取れる。
「ああ」
「外は、厳しいぞ」
「もう、身に沁みてるぜ」
「そうか」
後ろは振り向かない。ぬりかべの声が不自然に震えていた。
「ぬりかべ……あんたに言われた通り、俺は今度は種を埋めてみる」
ぬりかべが手の中で握っているチラシには、NPO団体『砂漠を花で埋めつくす会』と書かれてある。
今日──墓ごしらえは、アフリカに飛ぶ。
「今まで育ててくれて、ありがとな」
ドシン──と、床が揺れた。ぬりかべは膝をつき、泣いた。
墓ごしらえは、玄関のドアを開ける。
(これからは墓じゃねえ。花で埋め尽くしてやるよ)
ケケッと、笑った。灰色の皮膚には、朝の光が似合わなかった。
終
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