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記憶を編む織物屋/ショートストーリー


「高山さん、交通事故だってね」
「ひき逃げらしいって話だけど」
「そうらしいね、犯人はまだ捕まってないみたいだけど」
「会社としては惜しい人を亡くしたよね。仕事は出来る人だったみたいだし」

月曜の朝のオフィスはその話題で持ちきりだった。
もっとも午後にはもう“ブーム”は去っていたが。


高山の妻はとりあえず質素な葬儀は済ませたものの、まだ色々な手続きに追われていた。
「なんでよりによってこんな忙しい時に…」

そういえば、高山の訃報を受けてから今まで、妻は涙を一滴もこぼしていない。
こぼしたのはため息と愚痴だけだった。

「あの人、昔はもっとよく喋る人だったんだけどね」
ふと、誰に向けるでもなくそう呟いたことが、一度だけあった。



確かに、高山は無口だった。
少なくとも妻や職場の人間は彼をそういうタイプの人だと認識していた。

しかし高山の学生時代の友人たちからすれば
「高山が無口?冗談は顔だけにしてくれよ」
というくらい、それは信じられない話だった。


高山をひき逃げした犯人は未だ見つかっていないようだった。
友人たちは動いた。
それは犯人を憎む気持ちというより、真相を明らかにして、高山という男のエンディングをしっかり見届けたいという想いからだった。


ただ、一般人である彼らに出来ることは限られていた。手掛かりは全く見つからず、素人集団の捜査は完全に行き詰まっていた。

友人のうちの1人が辿り着いたのが
「記憶を編む織物屋」だった。

オカルトめいた話とは裏腹に、やるべき事は現代的だった。
ウェブ上で彼についての必要な情報を打ち込んだ後、彼の“匂い”が残るものを何でもいいから1つ、指定の場所に送るというものだった。

手続きをしてから2週間ほど経った頃、美しい織物のタペストリーが友人の元へ送られてきた。

そしてその夜、友人は夢を見た。

小学校の4、5年生ぐらいの男の子を助けて白いワンボックス車にはねられた高山がいた。

そこから時間を遡るように、色々な高山が現れた。

老婆の荷物を持ち、駅までの道案内をした高山。

そのせいで、約束の時間に少し遅れ、
誰もいない会議室の前で立ち尽くしている高山。

どこかに置いてきちゃったと泣く女の子の、白いぬいぐるみを汗だくで探し回った高山。

帰宅した時、シワだらけのスーツを見て、妻が何か言いかけてやめた場面

高山が少しずつ無口な男になっていく理由かもしれないエピソードも時々現れる。

誰かのために使った時間の分だけ、
ほんの少しずつ、何かがずれていったような記憶。


本当は出会った頃の高山にも会いたかったが、そこまで遡る前に友人は苦しくなって目を覚ました。

「高山……」
涙が止まらなかった。


そのタペストリー自体は証拠になるはずもないが、タペストリーが見せてくれた記憶から、高山をはねた車はやがて特定された。


友人たちは、タペストリーを高山の妻に渡すべきか散々迷ったが、
結局渡さないでいた。
高山が子どもを庇って亡くなったことを知ってもなお、妻の表情に変化は見られなかったからだ。
ただ、その時だけ、
「そう」
と小さく呟いたのを、誰かが聞いた気がした。


高山という男の物語は、
あの美しいタペストリーの中に織り込まれ、
誰かに語られることもなく、
静かに眠り続けている。



片桐みかんさんの
【第45回】3つのお題に空想のひらめきを
の企画に参加させていただきたく、執筆しました。

このファンタジックな企画には毛色が合わないかな?と心配しながらも、折角書けたので投稿してみます 笑

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