どうにもとまらない/ショートストーリー
平日の昼下がり。
私は2杯目のアイスコーヒーを注文した。
編集部のO氏との待ち合わせ。
この時間でエッセイが1本書けたんじゃないかと思うと実にやるせない気分だ。
まあ、おかげで飲んだことのないこのベトナムコーヒーを頼むきっかけになったのは収穫だった。
あー美味しいなぁこれ。
もっと早く飲んでおけばよかった。
練乳というのは実にいい。
練乳はおいしい。これはもうテーゼだ。
出来ることなら私は練乳をなみなみとたたえたお風呂に入りたい。
時々すくって顔を洗…
「お待たせしてすみません〜」
妄想が良いところに差し掛かった時にO氏が現れた。
タイミングすら実にO氏らしい。
「お!鈴木さん珍しいの飲んでますね!」
「えーっと、まずは今の時刻から確認したいんですが…」
「すいません!少し時間があったのでゲームセンターに寄ったらクレゲがとまらなくなっちゃって」
「気持ちはわかりますよ。楽しいですもんね、クレーンゲーム。その割に手ぶらじゃないですか。手に入れた景品はどうしたんです?」
「あんまり取れすぎちゃったもんですからね、一旦コインロッカーに預けようと思って駅に行ったら、なんとマリちゃんにばったり!社外で会うなんて珍しいよね〜奇遇だね〜なんて話が盛り上がっちゃってもうどうにも止まらなくて」
「マリさんは外回りの途中だったんじゃないんです?大丈夫ですか、時間奪っちゃって」
「全然平気!宣伝経費!」
「んーちょっと分かりにくいですね、それは」
「いいんですよ、大体で。韻は踏めてるでしょ? 人生は語呂合わせみたいなもんですから」
困るんだよなぁこの人の時々急に詩人になる感じ。これはちょっとメモっておこう。
「で、早速本題なんですが…」
「次の企画ですよね?テーマは何なんです?」
「ズバリ!『どうにもとまらない』です。
「ほほう、エッセイ向きの良いテーマですね」
「どうです?鈴木さん。どうにもとまらないものって何かあります?」
「うーん、私個人として考えるとパッとは思い付かないですかね。Oさんはどうです?」
「私はそりゃあマリちゃんへの恋心ですよ」
「それはなによりです。でも相手のあることですからね。あまりご迷惑にならないよう」
「あーもう全然ダメ。減塩タレ。いいですか鈴木さん、人生は駆け抜けるものですよ。『ちょっと前失礼しますよ』のあのポーズで歩き続けるもんじゃないんです。そんなんだからファンがつかないんですよ鈴木さんには」
…くっ!なんという圧倒的な刃。
深々と刺し、そしてえぐってくる言葉の凶器。
ベトナムコーヒーの甘さをも忘れさせる強烈な塩味…
キツい…キツいっすよ…
「あれ?どうしたんですか鈴木さん、白目剥いちゃって? 大丈夫ですよ。鈴木さんの文章の良さは私が1番分かってますから」
「…すみません、ありがとうございます。『極悪人がお年寄りに席を譲っただけでイメージ大逆転』みたいなやるせなさが無いわけではないですが…」
「そんなに褒めないでくださいよ」
「いや、褒めて…るんですかね?」
「大逆転ってことは勝ったってことでしょう?」
「…深いですね」
「で、本題ですがね。鈴木さんの記事にしては文字数がだいぶ多くなっちゃってるみたいなので、今回はここまでってことにしておきましょうか。2人で話し出すと『どうにもとまらない』なんつってね」
「ギャフン!」
「ギャフンって実際に言う人初めて見ましたよ」
