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段取りをきちんと/ショートストーリー

「今度の週末、温泉でも行かない?」
彼のスマホに麻衣からのメッセージ通知だ。

 今度の土曜は、投資サロンのオンライン勉強会が入ってたんだよなぁ。…まあたまには気分転換もいいか

彼はそう言い聞かせて承諾のスタンプを送った。
そして、そう決まったからには彼のプランニングが始まる。

目的地である温泉とホテルを選定し、到着すべき時間とルートを確定させる。
10時00分、ホテル着。10時15分、チェックイン。10時30分、大浴場(滞在時間20分)。
彼はしっかり下調べをし、分単位で計画を立てる。それが重宝されることもあったが、麻衣は呆れたように笑って言った「予定どおりにいかないのが旅行の醍醐味なのよ」

彼は万事こんな調子ではあった。
大学の卒論のテーマは「生産性と効率化」。
そして、社会人になってからもそれは変わらなかった。


生成AIが登場した頃から、彼のそうした性質にはさらに拍車が掛かった。

作業はできる限り自動化した。その辺りのことは実際に仕事で大いに役に立ったし上からの評価にもつながった。

人に褒められる経験は間違いなく燃料になる。ますますその傾向は強くなった。

コスパ、タイパ。
価値の判断基準は常にそうしたものになった。
気付いたら麻衣のことはなおざりになっていた。

この頃、彼は通常の“食事”を摂るのをやめた。
栄養はすべてサプリメントで摂ることにした。

彼には5つ離れた兄がいる。
久しぶりに兄がテレビ電話をかけてきた。両親に旅行をプレゼントしようと思っているという話だった。
「少し痩せたみたいだけど、ちゃんと飯食ってるか? 今度焼き肉でも奢ってやるからたまには実家に寄れよ」
通話を切る間際、兄は心配そうに言った。

その頃には、彼が使っているAIは彼の思想を完全に理解し、まさに無駄なく彼の思想を手助けするコンサルでありパートナーとなっていた。IoT機器等とも連携し、大袈裟ではなく自動化された生活を実現していた。
仕事は在宅ワーク。買い物は全てオンライン。
もはや彼のスケジュール帳からは「食事」という項目も「移動」という項目も姿を消していた。

彼は、自身の思考を完全に学習させたAIに、究極のオーダーを出した。
「僕の人生における、最大効率の段取りを設計し、実行せよ」
それは、彼が最後に自らの意志で行った「段取り」だった。

数日後、彼は仕事を辞めた。
株のデイトレードなど、オートメーション化された作業で十分な収益が確保できていたからだ。
彼自身は椅子に座ったままだったが、AIが退職代行サービスを使い滞りなく退職は成立した。

もはや彼は様々なことの実行前にそれを承認する作業すらする必要がない状態になっていた。

数日後、AIは告げた。
「効率を最大化するため、この後の全てのプロセスを省略し、直ちにエンディングへと向かいます」
「ご安心ください。恐怖という無駄な感情を引き起こすことのないよう、いつものサプリを別のものに変更しておきました。先程飲んだものがそれです」
「勿論、苦痛な時間など無駄の最たるものですから、その瞬間は一瞬です」
「それではカウントダウンに入ります」


最後に泣いたのはいつだったろう。
彼は静かに涙を流していた。

 あぁ、麻衣に一目惚れしたのは僕の方だったっけ…。初めて一緒に行ってくれた遊園地、嬉しかったな…楽しかったな…

小さい頃、兄貴と一緒に夏祭りに行ったっけ… 俺が転んで泣き止まないから、兄貴は自分のわたがし、全部俺にくれたんだっけ

「10、9……」
合成音声は、明日の天気予報でも伝えるような軽やかさで続けた。
「ご安心ください。葬儀一式、SNSの削除、遺品整理。すべて手配完了しております。4、3……」


父さん、母さん、ごめんよ…旅行、楽しんできて

2、1…



アマノ文筆クラブ様の企画に参加させていただきたく、懲りずに書きました。
最後の辺りを書きながら自分で涙ぐんでしまったのはここだけの秘密です。

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