色眼鏡
甘野充さんの「アマノ文筆クラブ」企画に参加させていただきます。
その日僕は、偶然人助けをすることになった。
あくまで結果的にそうなっただけだし、労力も大してかかったわけではない。
眼鏡をかけた少年が怪我をしそうだったのを未然に防いだ程度の話なのだけれど、付き添いの青いタヌキの着ぐるみの人からひどく感謝され、お礼にとこれを貰った。
「色眼鏡」
未来のジョークグッズとのことだ。
タヌキの人が言うには、「この眼鏡をかけて見たモノは、性的な意味で実に魅力的に見えるようになってしまう」らしい。
*
僕は自宅のPCで「色眼鏡」を検索してみた。
当然ながら本来の意味での色眼鏡の解説が並ぶばかりで、未来のジョークグッズなんてものは引っ掛かりもしなかった。
試してみるしかなかった。意を決して僕はその眼鏡をかけてみた。特に衝撃的なことは起こらない。そうだよ、あくまでジョークグッズなんだ。
そのまま僕は作業を続けていた。
最初に気付いたのは「音」だった。
キーボードを叩くカタカタという音。
これが僕にいつもと違う意味をもって響いていた。
はっとしてキーボードを眺めた。
「す、すごい…」
美しく配置されたキー。
キーのちょうどいい大きさ、高さ。
キーとキーの間の窪み。
キーひとつひとつも美しい。
特に「PrtSc」なんかたまらない。押したい。
「これはまずい!」
僕の理性が我に帰れと告げる。
意識を逸らすために僕は咄嗟にスマホを見た。
いや、見てしまった。眼鏡をかけたままで。
*
その日以降の僕は大変だった。
電車に乗れば周りの人たちは皆、公然とスマホをいじっているのだ。
指先を上へ下へと滑らせたり、
軽いタップを繰り返したり、
細かいフリック入力の動きをしたり。
だめだよ、人前でそんな…
そんな風に指先で弄ぶのは家でやりなよ…
会社でも落ち着かない。
フロアに卑猥な音が鳴り響き続けるのだから。
特に許せないのは、係長だ。
他のキーは滑らかにタッチし続けるくせに、
Enterキーだけはパーンと激しく叩く。
緩急をつけやがって。
優しさと激しさを使い分けやがって。
この効果は数日で切れるらしい。
それまでの僕の桃色の日々は、
天国なのだろうか?
地獄なのだろうか?
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