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【精神科日記】おネエ先生とハイデガーおじさん

先日は月に一度の精神科の日。
おネエ先生に会いに行きました。(?)

おネエ先生は背が高くて、手足が長くて、
色白。
そして、おネエ。

この日の診察では、私は自分に

「1分診察」と課題を勝手に課し、

最短距離で問診に答えました。

おネエ先生の問診のひとつに

「不安はありますか?」というものが。

もともと、不安がひどくて通い出したので
その一環として聞いたのだと思います。

でも、その質問が妙にひっかかりました。

不安って……?



人は誰でも不安を持っています。

NO不安 NO LIFE です。

不安は未来や仮定など、存在しないものに対しての感情。

もしも、地震が起きたらどうしよう?
もしも、Gが出てきたらどうしよう?
もしも、もしも、もしも…………

不安はお化けに似ています。

いるのか、いないのか、わからないものを勝手に怖がる。

非日常的な存在に出会って、
超常現象な出来事と遭遇して、
自分だけが特別な体験をしたと
心のどこかでう―っすらと望んでいるのです。

でなきゃ、わざわざ金払ってまでお化け屋敷になんか行かないでしょ。


考えなくていいことをわざわざ考えて
自分で自分をさらに不安にさせる。
答えなんてどこにもないのに。


ただ、不安とおばけが違うのは、

適度な不安は役に立つけど、
お化けは全く役に立たないことかな?

そのことをクロに相談したら、ハイデガーのことを紹介されました。 


マルティン・ハイデガー(1889~1976) 
20世紀を代表するドイツの哲学者。

彼の文章は思いっきり難しいとのことなので、要約して解説してもらいました。

すると、
すごく面白かったのでざっくり紹介します。

解説  by クロ(Claude)
不安― 自分が存在している不安。
―  人は常に死に向かっている存在。
世間(ダス・マン)― まわりに合わせて生きてれば、不安も見なくて済むという逃避の姿勢。(…ろくなことないですよ)
本来性 vs 非本来性― 死という存在を見なかったふりして世間に埋もれて生きるか(非本来性)、それを引き受けて自分の人生として生きるか(本来性)という選択肢。

そして、これら4つが有限の時間の上に起きているという縦の構造らしい。


人の存在そのものが不安なのだから、
不安を完全になくすのは、
自分の存在をなくすことに近いのかもしれない。

おネエ先生の医学的な

「(生活に支障の出る)不安はありますか」

の問診に、私の返した答えは

「ありません」

1分診察に余計な言葉などいらぬ。

私自身の本診察は診察室を出てからが本番だから。


で、ハイデガーおじさん、
大学の教え子といい仲になりました。
そして、ナチスにも入党しました。
そして、世間(ダス・マン)から
炎上しました。
その当時も文春砲あったんですね。

こんなに難しい思想でも、やってることは人間そのもの。
人間の存在云々を考える前に、
自分の存在をまず、問いなさいよ。

不安って、考えすぎると、
パリピになっちゃうの?

──【精神科日記】おネエ先生とハイデガーおじさん──
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おネエ先生との精神科日記です。


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