ウツレルマデノヒ

ふと、太陽の眩しさに目を細めて空を見上げた。朝から天気のいい日だった。
その日は彼女と出かけていた。特別な予定はなかったが、晴れの日は外にいるだけでも気分が良かった。
見慣れた街を歩いて、彼女に手を引かれ、聞き覚えのない名前のスイーツを食べた。
何か特別なことがあったわけじゃない。でも、穏やかで、よく笑った一日だったと思う。
空が夕暮れの顔を見せ始めた頃、帰り道の途中にある公園に立ち寄った。
公園の中ほどまで歩いたところで、写真を撮ろうと夕焼けに目を細めながら彼女が言った。
いまだに少し照れるけど、一緒に撮った。
綺麗な夕焼けと、楽しそうな笑顔がそこにあった。



私は、気がついたら幽霊だった。

いつから幽霊になったのか、なんでそうなったのか――それは、よくわからない。
そのことで困ることはなかったし、不思議と、あまり気にならないのだ。
ハルナという名前は、覚えていた。最初から制服姿だったから、たぶん高校生。年齢もそれぐらいかな。
あとは……家族や友達、好きな、こと、とか。
きっと、そういうものはあったはずなんだけど、なんか、ぼんやりしてて。ちゃんとは思い浮かべられない。
ふと、こういうことについて考えることもあるけど、そんなに知りたいとは思わないかな。
今の私には、それより大事なことがあるからだ。
今日こそ、写真に写るということ。

つまり、そう、俗に言う――心霊写真だ。

天気の良い日だった。幽霊になってから気づいたが、幽霊でも晴れてる日は天気が良い、と思うのだ。
今日は、少し前に見つけた公園でチャンスを窺うことにした。特別どうということはない公園だが、散歩で訪れる人もいるし、手入れされた花壇を眺めて楽しむ人もいる。人はいるけど、いすぎない。この、程よい雰囲気が今の私にはちょうどいいのだ。
――まぁ、写ったことはないので何の確信もないのだけれど。
イメージはできている。目立ちすぎず、でも見切れない位置で、雰囲気に溶け込むように立つ。構図を確認し、タイミングを見計らって、私は静かに移動する。そして、良い感じにボヤけた怪しい姿をイメージしてカメラの前に立ち、シャッターを待つ。
画面に表示された写真には、楽しげに笑う人。しかし、その背後には恐ろしい影が……!
完璧だ。我ながらゾッとするほどのイメージができている。問題があるとすれば、まだ写ったことがないことだけど――前回よりもイメージは確かになっている。

幽霊にも時間は平等に流れる。
公園には、思い思いの時間を過ごす人たちがそれなりにいたけれど、決定的なチャンスを見つけられなかった。気づけば、青かった空は、すっかり夕暮れの色に染まっていた。
今日もダメかと思ったそのとき、鮮やかな夕焼けを背にした一組の男女の姿が目に飛び込んできた。
女性が男性に向かって、スマホを持ちながら近寄っていく。きっと、今日は楽しかったね、などと言いながら一緒に写真を撮ろうとしているのだろう。

――来た。きたきたきた。

気づけば、もう体が動いていた。
ふたりの背後、まだカメラには写らない場所で立ち止まる。
次は、そう、構図の確認をしなきゃ。
今までの経験から、スマホの構え方でカメラの画角はある程度わかる。
女性の指が、カメラのシャッターボタンに置かれる。指が、ボタンを――

――今だ。

景色を駆け抜けるように、イメージした余白に体を滑り込ませる。
気持ちが昂ぶり、無意識に構えをとり、視線をカメラのレンズに合わせて――

そして、響くシャッター音。

……あっ。気づいた。わたし、ポーズを決めてる。
思いっきり、手を顔の横に添えてる。指を少し立てて、小首を傾げて。
顔の感覚はあんまりないから、はっきりとは言えないけど――
たぶん、めちゃくちゃ笑顔だった気がする。
頼むから、上目遣いとかそういう感じにはなってないといいな。
角度的には真っ直ぐカメラ見てたはず――いや、違う。そうじゃなくて――

何やってるの、わたしーー!

でも、恐る恐る覗き見たスマホの画面には、楽しそうなカップルが写っているだけだった。
写らなかったのは、ちょっと残念だった。
でも……写っていても、たぶん困る。
それに今回は、ポーズまで決めてしまった。無意識に。
いつもはある程度の余裕を持って挑むのだが、今日は降って湧いたチャンスに気が昂ってしまった。
いい感じの恐ろしい姿とか、今思えば全く考えてなかった。
私は、無意識だとあんなポーズをとってしまうのだ。
これでまたひとつ、学んだ。
「どんなときでも冷静に」――次からは、絶対に。
はぁ、クミちゃんに話したら、また呆れられそう。
でもまぁ、次はきっと大丈夫!
写らなかったしポーズも決めたけど、それ以外は結構うまくやれた気がする。

そう呟いて、彼女の姿は、夕焼けの青に溶けていった。

その日のあるカップルの思い出には、心霊写真は存在しなかった。
けれど、写っていないからといって、そこに誰もいなかったかはわからない。
恐ろしく怪しい姿で写ろうとした、カメラ目線で笑顔を見せる女の子がいたかもしれない。
でももし――そんな見知らぬ女の子が、ピースサインでバッチリ写真に写っていたら。

それはそれで、ちょっと怖い気もする。

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