見出し画像

八ヶ岳・赤岳紀行。あの時より自分は少しは大きくなったのか。

8/9(日)〜8/10(月)、長野県の八ヶ岳連峰の赤岳を訪れた。
中学生ぶりに。そんな話。

8月になり、やや落ち着いたとはいえ、まだまだ夏の気だるさを残す都会の蒸し暑さと喧騒を横目に、朝6時半新宿から特急あずさに乗り、茅野を目指す。

新宿から長野に向かう電車の乗降客の半分は登山客だろう。車内で大きなザックを背負った登山客を見ると、海外の旅先で日本人を見かけた時のような妙な安心感を毎度覚える。

中学時代私は山岳部だった。中学生にも関わらず、20キロのザックを背負い、3泊4日の北アルプステント泊などを悠々とこなしていた。
なぜそんな超人的なことが、あの小さな体でできていたのかは謎である。

そんな中学1年生の夏。初めての夏合宿で訪れたのが、八ヶ岳・赤岳だった。楽しいはずの夏合宿も高山病にかかって地獄を見た(後述)ため、赤岳は因縁の場所であり、私にとっては忘れもしない特別な地なのである。

なんて想いを馳せながら、眠気と闘っていると茅野駅に辿り着く。
大体過去見た景色や出来事はくっきりと覚えているタイプの人間なのだが、駅周辺はまるで初めての場所のような感覚を覚えた。
それだけ、あの時は抉られていたのであろう。

登山口である美濃戸口までは、ボーイスカウトなのか、林間学校なのかちびっこたちが「ワーキャー」しているのを「かわいいな〜」なんて眺めていると40分ほどで到着する。

断片的に過去の景色との一致を楽しみつつも、いよいよ始まるリベンジに何か不思議な緊張を覚えていた。
そしてもう一つ大きな懸念を抱えていた。
足の怪我である。
登山前で趣味のランニングに精をいれすぎて、シンスプリント(おそらくだがドクターストップが怖くて病院にはいけていない)で右足がほぼ、おじゃんであった。

コースタイムはこんな感じ

テーピングで右足をぐるぐる巻きのミイラに仕立て、
10:50 美濃戸口を出発。天気は曇り。

さあ始めよう

赤岳山荘まではこんな近かったっけってくらいあっさり到着。
久しぶりの登山(去年の秋に涸沢に行って山登り復帰した)でテンションが上がって、見るもの見るもの新鮮なだけだったのかもしれないが。
水場で飲むキンキンの水が美味しいのなんの。中学の頃も全く同じところに水場があったのを覚えていたから変わらない景色になんだかしんみり。

緩やかな傾斜のただただ長い道をひたすら歩く。
苔や森林の景色をカメラでパシャパシャしながら進む。

中学の頃にはなかったYAMAP(登山者用アプリ)なる文明の力を使いながら歩みを進める。
「せせらぎの目の前で、小休憩するのに最高な場所」とアプリの地図上にコメントがあったので、しっかりと寄り道。確かに最高である。
行動食のお菓子を貪るのもまた登山の醍醐味だ。川を眺めながらボリボリ頬張る。

完全に気持ち良くなっている私

そして歩き始める。堰堤広場は華麗にスルーしこんなイージーだったっけと思い油断し始めたその頃。何やらゴロゴロ聞こえだす

堰堤広場から歩き出して10分も経たないうちに、周りはほぼ滝となした。これまで経験したことのない雨量に笑顔はどこかへ消え絶えた。
ゆったりハイキングが、厳しめの滝行となす。登山2回めの妻も大分しゅんとしてしまった、、。
頑張って自分にも連れにも発破をかけ、前だけを見て進むこと30分。ゲリラは過ぎ去った。

山のお天気って本当に不思議。コロコロ変わるけどそれもまた意外と好きだったりする。その分晴天が幸せに感じるし。

10分くらい歩くとついに赤岳鉱泉に到着。
お盆なのもあって、テン場もほぼ満床。

ここまで頑張れたのも昼飯を目指していたから。
ラーメン、つけ麺、カレー、牛丼。ここには男の夢が全てある。
このラインナップで選ぶの大変。
ですが、カレーはなんと5種もある。普通のカレーに、インドカレーに、ネパールカレーに、、、
スパイスカレーを愛する身としてこれは、身を捧げるほかないのだ。

山の上とは思えないクオリティでただただ沁みる。これが1000円は本当にありがたい、頭が上がらない、、

やっと落ち着き、赤岳鉱泉小屋にチェックイン。
中学時代は男っ臭いテントだったら快適この上ない。
大部屋に通されましたが、広くてとても綺麗。

昨年改装されていたお風呂のターン。シャンプーや石鹸はありませんが最高。
ただ一点。クソ熱い。高校生と中学生のお子さんと一緒にいらしているお父さんと「クソあっついすねえ、これどうやってあっためているんですかね〜」なんて何気ない会話をしながら温まる。こういう時間も何気に良き。

部屋で写真をいじったり、まったりしてたら17時。待ちに待った夕食タイム。
名物ステーキを楽しみにしていましたが、この日は残念、ハンバーグでした。豚汁とともにいただきます。ただただ絶品。

ご馳走様のあとは、外でCcレモンのんでボケーっとしたり、部屋で雑誌眺めたり、何かしているようで何もしていない。そんな時間が本当に幸せ。

20:30。寝ます。
中学の時に来た時にはこの時にはすでにグロッキー。頭痛と吐き気が止まらなかった覚えが、、、

深夜1時。爆睡していましたが熊が出現。3匹。
大部屋の代償。イビキ三大天(=通称熊)によって叩き起こされた。
「グーッ」の上ってあるんなんて。「ゴーッ、ブヒ」が永遠に続き、キレて舌打ちしているおっさんも出現の大カオス。
意外と私はその後寝れた。どこでも寝れるタイプでよかった。

目が覚めると朝。この上なく快晴。

豪華朝食

テーピングを巻き直し、ミイラv2になり出発。

行者小屋までは25分くらい。こんな近い覚えはなかった。
中学の頃は、激頭痛を抱えながら顧問と二人で這うように向かった覚え、、
行者小屋についた瞬間嘔吐した苦い記憶があったが、今回は気持ちよく歩けて、ホッと一息。

前回は文三郎尾根。今回は地蔵尾根。
行者小屋からは早速急登。梯子に鎖場に、岩場のトラバース。
最上部の左へのトラバースが核心なのか。かなり高度感があり怖い部分もあるが気持ち良さも。これがクライマーズハイってやつなのだろう。油断は禁物。

行者小屋からスタートしてすぐにシニア15人くらいの隊を追い抜いたが、あの人たちもここを登ると思うと、色々恐ろしいもの、、

一方、ほぼ本格登山初めての妻は難なく登攀しており、生物としての強さを感じた。

地蔵ノ頭に意外とあっさり到着。硫黄岳から横岳、赤岳までの大パノラマ。生粋の雨男がついに敗北。爆快晴。
台風近づく中大偉業である。気持ちい。ただただ気持ちい。

写真をパシャパシャしながら、ラスボス赤岳に向かう。
ただただ急で弱めの鎖場がずーと続く道。本来ならただただきついが今日は違う。後ろを振り返ればただただ綺麗な景色が背中を押してくれるのだから。

30分くらい登っただろうか。赤岳に到着。そして360度前面の大展望。さすがにお盆だけあって頂上は満員御礼。記念写真をとり、じゃがりこむさぼり下界をながめる。完全にガンギマリ。時々生を実感するようなこのようなイベントがあるから生きられるのである。ドパガキなので。

とはいえ、腹が減りすぎて飯のために早々に下山。
文三郎を下りはじめる。「え急じゃない?」登るのより全然大変。景色もずっと見えているから一定の恐怖感は常にある。

下る中で、中学の記憶がよみがえる。中学の頃は文三郎から登った。
文三郎は下部、中部はやたら階段しかないし急登ではないので高度も稼げない。地獄の道だったわそういえば、、、。
赤岳は今回のように地蔵登り、文三郎下りの方が断然楽なのではないかなんて考えながらただただ下る。

足は棒だし、腹は減ったしだが、晴れだから何とか頑張れる。雨だったら絶対無理だったなとか思いながら。
行者小屋の飯の誘惑に後ろ髪惹かれながら、赤岳鉱泉まではノーストップ。

牛丼チャージし一休み。と言いたいところだが、帰りの15:15の美濃戸口初のバスに乗りたいので休憩そこそこに赤岳鉱泉を発つ。

GD

16:00のバスにしてゆったりしたかったのだけど、なんせそのあとの電車が空いていない。致し方なし。

コースタイム×0.8掛けくらいのハイペースで転がるように下山していく。変化に富んでいるわけではないが、前日の曇りのしっとりとした林とは大きく違う、気持ちのいいサラッとした風が吹き木漏れ日差し込む道はご褒美。
とはいえ足は痛いけど、かなり。
テーピングとロキソニンとアミノバイタルという現代ドーピング界の3種の神器により何とか紛らわす。

赤岳山荘の水を頭にかぶって大復活。サウナの水風呂の100倍気持ちい。
ウィニングランを決め、美濃戸口に帰還。

毎度下山後の達成感と虚無感と脱力感は意外と好き。
中学の時よりは楽だったかな、成長したかななんて思ったけど、あの時テント泊で70Lバッグだったわ。
老いは怖い、そして中学生ガキの生命力は恐ろしい、、、。

とはいえ、中学の時よりも実際体力的にも気持ち的にも余裕はあったし、見えている世界も広いものだった。
自然という大きなものの中に身を置き、自分の小ささを知るとともにその中で自分の幅を少しでも広げるという、登山の醍醐味からは結局離れられない。

次はどこに登ろう。
装備を一新したいなんて、欲望だけはいっちょ前だが大金欠。
まずはケガを直すところから。執筆中の今も全く治っていない。

夏の紀行。これにて完。

いいなと思ったら応援しよう!