桜桃忌に思う――太宰治と「はかない」ということ

今日、6月19日は桜桃忌です。太宰治の遺体が玉川上水で発見された日であり、同時に太宰の誕生日でもあります。
私は毎年この日になると、なぜか太宰のことを考えてしまいます。墓所のある禅林寺まで足を運ぶほどの熱心な愛読者ではありません。しかし、高校生の頃から何十年も、折に触れて太宰を読み返し、そのたびに別の顔を見せる作家だと思ってきました。
若い頃、私は太宰を「弱い人間」を描いた作家だと思っていました。しかし、六十代後半になった今は、少し違って見えます。
太宰は弱かったのでしょうか。
確かに、酒に溺れ、女性関係でも数々の問題を起こし、最後は自ら命を絶ちました。昭和23年、入水自殺する直前には、武蔵野税務署から所得税の通知書を受け取り、「自分のように毎日、酒と煙草で莫大な税金を納めている者が、この上、税金を納めることはない」と、駄々っ子のように泣いたという逸話も残っています。
どう考えても、世間的には「ダメな人」です。
しかし私は、太宰は自分がダメな人間であることを、誰よりも深く自覚していた人だったのだと思うのです。
『秋風記』の有名な一節があります。
「らっきょうの皮を、むいてむいて、しんまでむいて、何もない。」
自分の内面を掘り下げていけば、そこには立派な人格も、強い意志も、特別な才能もない。ただ空っぽの自分がいる。それでもなお、自分を見つめ続ける。
これは案外、しんどいことです。
多くの人は、自分を少しでも立派に見せたい。成功者でありたい。他人から認められたい。しかし太宰は、その逆をやった。自分の弱さも醜さも情けなさも、全部さらけ出して作品にしました。
だからこそ、太宰の作品には不思議な優しさがあります。自分の弱さを知っている人は、人の弱さにも敏感になります。
その一方で、太宰の中には激しい反骨精神もありました。
終戦後のわずか三年間、太宰は世間と格闘し続けます。戦争中には軍国主義を唱えていた人々が、終戦になると今度は民主主義者の顔をして語り始める。その手のひら返しを、太宰は鋭く見抜いていました。
世間が右を向けば左を向き、左を向けば右を向く。世間の軽薄さに対して、太宰は最後まで違和感を持ち続けました。
『桜桃』の最後の一文、「子供よりも親が大事」も、その反骨精神の延長線上にあるように思います。
もちろん、額面通りに「子供より親が偉い」と言っているのではありません。
物語の主人公は、育児に疲れ果てた妻と泣き叫ぶ子供たちのいる家庭から逃げ出し、一人で桜桃を食べています。そして、家に残した子供たちのことを思い出しながら、「子供よりも親が大事」と呟くのです。
これは親のエゴの告白です。
「子供を育てる責任から逃げたい」「まずは自分自身が救われたい」。そう叫ばなければ、自分が壊れてしまうところまで追い詰められている。
同時に、この言葉は強烈な反語でもあります。
本当に子供がどうでもいいと思っているなら、わざわざ子供の顔を思い出して苦しむことはありません。
「なんと自分は酷い父親なのだろう。」
太宰はそういう自己嫌悪を込めて、この一行を書いたのではないでしょうか。
そして、私はここに太宰らしい反抗を見るのです。
世間は、「親は子供のために自己犠牲を払うべきだ」と言います。それ自体は間違いではありません。
しかし、その正論に押し潰されて息もできなくなっている人間がいる。
太宰は、その弱者の側に立ちました。
「そんな立派な親にはなれない。」
「私はエゴイストだ。」
「だから悪人だと言うなら、それでも構わない。」
そういう、ほとんどひらき直りに近い反抗です。
私は、太宰の作品に惹かれる理由の一つが、そこにあるように思います。
白状すると、私自身にも少しそういうところがあるからです。
世間が「これが正しい」と言うと、どこかで本当にそうなのだろうかと考えてしまう。皆が同じ方向を向いていると、一歩引いて眺めたくなる。
子供の頃から、学校教育にも、世間の価値観にも、どこか距離を置いてきました。学校にも先生にも反抗的な子供だったと思います。
もちろん、太宰のように破滅的な生き方をしたいとは思いません。しかし、自分のエゴや反骨心を無理に隠して、「正しい人間」の仮面を被り続けることにも、どこか窮屈さを感じてしまうのです。
2023年の暮れ、私は三鷹にある、太宰が愛した跨線橋の最後の姿を見に行きました。
その時、なぜか小野小町の歌が頭に浮かびました。
花の色は移りにけりないたづらに
わが身世にふるながめせしまに
形あるものはいつか消えていく。
絶世の美女と謳われた小町も老い、太宰も去り、跨線橋もなくなりました。
残るのは、「はかない」という感覚だけです。
考えてみれば、太宰文学の底にも、この「はかなさ」が流れています。
人生は思い通りにならない。人は老い、病み、やがて消えていく。世間の評価など移ろいやすく、時代によって簡単に反転する。
それでも人は生きる。
そして、時には世間に逆らいながら、自分の心に正直に生きようとする。
太宰は、その不器用な生き方を最後まで貫いた人だったのではないでしょうか。
今年もまた、桜桃忌がやってきました。
太宰が嫌い抜いた「世間」は、形を変えながら今も存在しています。しかし、世間にうまく適応できない人間の悲しみや優しさ、そして小さな反骨の精神もまた、変わらず存在しています。
だから私は、今年も太宰を読み返したくなるのです。
***
