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若者の「納得感」は、どこから生まれるのか――昭和と令和が引き受けているもの

1970年代、ブルースバンドでベースを弾いていた頃。 ステージの上にいたのに、心はいつも「ここではないどこか」を探していた。日本脱出を夢見ていたあの頃、私が本当に求めていたのは、場所ではなく「自分の人生を引き受けられる感覚」だったのかもしれない。

最近、若い人と話していてよく耳にする言葉があります。

「それ、納得できないんですよね。」

興味深いのは、彼らが必ずしも論理的に反論しているわけではないことです。

頭では理解できる。 けれど、心が引き受けられない。 今の若者が言う「納得できない」は、そんな感覚に近いのではないかと思います。  

昭和を生きてきた世代から見ると、「まずやってみろ」「社会人になれば分かる」「一生懸命やっていれば道は開ける」という感覚が強かった。私自身も、そういう空気の中で育ちました。

しかし、なぜ今の若者はこれほど「納得感」を重視するのでしょうか。
その問いに対する答えを少し考えてみました。

昭和の若者は「拡大のエネルギー」を、令和の若者は「不確実性のコスト」を引き受けている。

この違いは、単なる世代間ギャップではありません。「何を引き受けることで、人生に意味を感じられるか」という根本の違いです。大げさに言うと、生きることの意味の違いです。

昭和の若者が引き受けていたもの

私が学生だった1970年代、日本はまだ右肩上がりの物語を信じていました。

いい大学に入り、いい会社に入り、真面目に働けば、給料は上がり、家が買え、家族を持ち、老後は安定する。

もちろん現実はもっと複雑でした。長時間労働もあり、理不尽な上下関係もありました。私自身、日本社会の閉塞感に強い違和感を抱き、「日本から出たい」と常に考えていました。

それでも、社会には一つの大きな交換条件が存在していたのです。

「今の我慢」と引き換えに、「将来の豊かさ」が約束される。

だから、多くの若者は組織への忠誠や画一的な競争を引き受けることができた。

我慢に意味があった。
少なくとも、多くの若者は、そう信じることができたのだろうと思います。

私が日本脱出を考えていた理由

ただ、当時の私はその交換条件に心から納得できませんでした。

高校時代、授業をサボって喫茶店で考えていたのは、自由とは何か、責任とは何か、生きるとはどういうことか、という抽象的な問いでした。

あさま山荘事件や学生運動の余韻が社会に残り、「正義」や「革命」という言葉がまだ熱を帯びていた時代です。

今考えると随分と青臭いのですが、『青春の墓標』や柴田翔を読んでいたのも、大阪の街を当てもなく彷徨していた頃でした。心斎橋や千日前を歩き、丸福やMJBといった喫茶店に逃げ込み、窓の外を眺めながら「自分はどこへ行けばいいのか」を考えていた。  

周囲は就職や安定を語っていましたが、私は「それで本当に自分の人生を引き受けられるのか」と考えていた。

だから「日本脱出」という発想が出てきたのでしょう。

今思えば、海外への憧れというより、自分が納得できる生き方を探したかったのだと思います。否、リアリストの私は、もっと現実的だったのかもしれません。自分の能力や学歴や家庭のバックグラウンドを考え併せて。

令和の若者が生きる世界

では、令和の若者はどうでしょうか。

彼らの前には、昭和のような明確な交換条件がありません。

終身雇用は揺らぎ、年金への不安は消えず、住宅価格は高騰し、AIによって仕事の形そのものが変わろうとしている。

「今頑張れば、将来必ず報われる」と誰も断言できない。

つまり、我慢のリターンが見えないのです。

この状況で「とにかく耐えろ」と言われても、心は動きません。
むしろ彼らは、常に不確実性のコストを支払っています。

  • キャリアを自分で設計しなければならない

  • 学び直しを続けなければならない

  • SNSでの炎上リスクに気を配らなければならない

  • 正解のない選択を、自分の責任で決めなければならない

昭和の若者が「組織に従うリスク」を負っていたとすれば、令和の若者は「正解のない世界で選び続けるリスク」を負っている。

これは、想像以上に重い。

なぜ「納得感」が必要になるのか

だから彼らは、「意味」を求めます。

給料だけではなく、心理的安全性。
肩書きだけではなく、自分の価値観との一致。
出世だけではなく、「この時間を使う理由」。

ここでいう納得感は、合理性ではありません。

「この選択を、自分の人生として引き受けられるか」

という感覚です。心の納得感です。

昭和では、引き受ける理由は外側にありました。

  • 会社

  • 国家

  • 家族

  • 世間(空気)

  • 日本社会の成功モデル

しかし令和では、それらの外部基準が弱くなった。
その結果、引き受ける理由は内側に移動したのです。

私たちは何を学ぶべきか

高齢者の立場から言えば、若者に「甘えるんじゃない」と切り捨てるのは簡単です。けれど、もし私が20代で今の世界に放り込まれたら、同じように「納得できるかどうか」を強く気にしたと思います。

なぜなら、未来が保証されない世界では、心が納得していない選択を長期間続けること自体が危険だからです。

一方で、納得感だけで生きられるほど人生は甘くありません。現実には、引き受けなければならない責任や不条理もある。

結局、大切なのは「何を引き受けるか」を他人任せにしないことなのだと思います。

若い頃の私は、日本から逃げたいと思っていました。しかし本当に求めていたのは、場所の変更ではなく、「自分で選び、自分で引き受ける」という感覚でした。

あれから半世紀近く生きてきて、ようやく分かってきたことがあります。

納得感とは、誰かに与えられるものではない。

自分の人生を、自分の言葉で引き受けたとき、人は初めて「これが自分の人生だ」と静かに思えるのだと。

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