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天の川を「川」と見た文明――半夏生、七夕、そして1985年

半夏生

梅雨になると、私はアジサイよりも、黄色いビヨウヤナギを思い浮かべます。あの少し派手で、どこか中国的な濃い黄色です。

そして、ノウゼンカズラが咲き始める頃、梅雨は終わる。

日本の季節は、昔から植物によって時間を感じてきました。
花が、暦になっているのです。

* * *

梅雨の花のことを書いていたら、1980年代の中国各地の風景を思い出しました。サムネの写真は、1985年2月、山東省済南の大明湖です。凍結しています。

済南、濰坊(ウェイファン)、煙台、青島。
山東半島には、よく行きました。

北京から列車で十時間ほど。当時の京滬線(北京‐上海線)は、まだ半分ほどが蒸気機関車でした。

いまの中国しか知らない若い人には、なかなか想像できない空気だったと思います。

冷戦時代のコンピュータ技術者

当時、私はコンピュータの導入エンジニアとして、中国各地を回っていました。世界銀行の借款を使い、中国の主要都市へ中型システムを導入する国家プロジェクトです。

まだ20代後半。私は、コンピュータそのものが、面白くて仕方がない時代でした。しかし、時代は冷戦の真っ只中です。

コンピュータには、厳しいココム規制があり、通信機能の一部は軍事転用を警戒され、ソフトウェアの一部は、削除された状態で出荷されていました。

私は霞が関へ何度も通い、
「仮想記憶とは何か」
「通信制御とは何か」
を説明していました。

VTAM(通信制御)だの、VSAM(記憶装置制御)だのと言っても、普通の役人には意味不明だったと思います。

しかし、許可が下りなければ、中国へシステムを持ち込めなかった。
いま考えると、よくあんなことをやっていたと思います。

* * *

当時の中国は、まだ外国人に正式開放されていない地域も多くありました。
濰坊や煙台へ入ると、パスポートは預けることになり、通常は監視役が付きました。

宿舎も移動も管理されていました。
もっとも、行くところもありません。
しかし当時の私は、それをあまり窮屈だとは感じていませんでした。

むしろ、
「なるほど、中国とはこういう国なのだな」と、
妙に納得していた気がします。

私が見ていた中国

私が見ていた中国は、1949年以降の共産党中国だけではありませんでした。
『史記』や『十八史略』、あるいは唐詩の世界です。

劉邦、項羽、始皇帝、曹操。

そういう二千年前から続く巨大な歴史の延長線上に、現代中国を見ていたのです。もちろん、一部の日本人のように、中国や、特に『三国志』をロマンチックに見ていたわけではありません。むしろ、日本人とは根本的に死生観や歴史感覚が違う国だと強く感じていました。

巨大で、重く、権力への欲望のスケールが違う。
それが率直な印象でした。

* * *

ただ、政治よりも、人間臭い思い出のほうが残っています。

コンピュータを起動すると、毎回、
「VTAM module was not installed」
というメッセージが表示されました。

輸出規制で、通信機能の一部が削除されていたからです。

当然、中国人技術者から、
「なぜ入っていないのか?」と聞かれます。

政治的には、なかなか答えにくい。
私は適当にごまかしながら、むしろ現場を楽しんでいました。

現地でギターを借り、ビートルズやローリング・ストーンズを歌ったりしていたのです。

「これはアメリカの退廃を歌った曲だ」などと言いながら、『ホテル・カリフォルニア』を説明しながら歌ったこともあります。

大いに受けました。

監視付きの現場でしたが、人間同士になると、案外そんなものです。
政治と現場は、少し違う。

私は、あの時代の中国を思い出す時、いつもそのことを思います。

「諸行無常」を説明した夜

1985年8月、私は北京の商務部(日本の経産省にあたる)にいました。
その時、日本航空123便墜落事故が起きました。

翌日、コンピュータ室で、中国人エンジニアたちと事故について話をしました。

政治ではありません。
人間の命の話です。

言葉の限界もありましたから、深い議論ができたわけではありません。
しかし私は、「諸行無常」や『方丈記』の話をした記憶があります。

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。

鴨長明『方丈記』

巨大な国家も、システムも、権力も、人間の欲望も、結局は永遠ではない。
事故のニュースを前にすると、そんな感覚だけが残ります。

半夏生と七夕の時間感覚

この季節になると、私は半夏生(はんげしょう)を思い出します。
葉が白く化粧していくので、「半化粧」とも書く。

実に風流です。

半夏生は、田植え仕事を終える頃の節目です。
農作業を終え、人々は少し休み、やがて七夕を迎える。

私は、こういう日本の時間感覚が好きです。

自然と人間の営みが、静かに繋がっている。
効率ではなく、「季節」が時間を支配しているのです。

人間も自然の一部として生きていた時代の感覚でしょう。

七夕もまた、中国から伝わった星の物語でした。
しかし日本では、それが田植えや水神信仰と結びつき、日本独自の風景になった。

私は、そこに東洋文明の面白さを感じます。

星空に「意味」を見る文明

ヨーロッパ人もまた、星空を見上げて物語を作りました。
constellation(星座)です。

バラバラの星を線で結び、意味を見出した。
つまり、「世界は、目に見えるものだけではない」
と考えていたのです。

私は最近、日本とヨーロッパは、この点では精神的に近い部分があるのではないかと思っています。

もちろん、歴史も宗教も違います。
しかし両者には、「自然や宇宙に意味を感じ取ろうとする感覚」がある。

これは、ユング心理学の深層世界にも通じています。
人間は単なる合理性だけでは生きていない。

象徴や物語や、説明できない感覚の中で生きている。
そういう文明です。

* * *

一方、現代アメリカは、かなり違います。
もちろん、アメリカは圧倒的に強い文明です。

合理性、統計、分析、効率化。
コンピュータ社会は、基本的にはアメリカ文明の延長線上にあります。私自身、その世界で長く働いてきました。

しかし最近、ときどき思うのです。
現代社会は、加速度的に「意味」を失い始めているのではないか、と。

空を見上げても、星座ではなくデータを見る。
季節ではなくカレンダーを見る。
自然ではなくアルゴリズムを見る。

便利にはなった。
しかし、人間の身体感覚や、湿度を伴った時間感覚は、少しずつ痩せてきている気がします。

天の川を「川」と見た文明

天の川を「川」と見た文明。
私は、そこに東洋の想像力を感じます。

宇宙を、自然の延長として見ていた。
空を見上げながら、そこに水の流れや、人の営みや、別れや再会を感じていた。

これは単なる迷信ではありません。
人間が自然の中で生きていた時代の、極めて身体的な世界観だったのでしょう。

現代人は、頭では多くを知っています。
しかし身体では、昔より世界を感じなくなっているのかもしれません。

* * *

梅雨の夜、クラシックラガーを飲みながら、そんなことを考えます。
少し苦味が強い。同じ銘柄を、もう四半世紀以上飲んでいます。
しかし、日本の蒸し暑い夜には、あの苦味が妙に合うのです。

ヴィンテージ梅干しとクラシックラガー

人間も同じかもしれません。

便利さや効率だけでは、深みは出ない。
少しの遠回りや、少しの苦味が、人間の感覚を育てる。

そして、ノウゼンカズラが咲き始める頃、梅雨は終わる。
季節は巡ります。

人間の歴史もまた、同じように巡っているのかもしれません。

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