豊かさとは、自分で選べることだった。
若い頃の私は、豊かさとはお金のことだと思っていた。
出世して、収入を増やし、お金持ちになる。
それが豊かな人生だと思っていた。
もちろん、今でもお金は大切だと思う。
でも、20年以上海外で暮らしてきて、私にとっての「豊かさ」は少しずつ変わっていった。
何か大きな出来事があったわけではない。
海外で暮らす時間が長くなるにつれ、日本を少し離れたところから見られるようになった。
そして、「自分はずいぶん周りを気にしながら生きていたんだな」と気づくようになった。

トリニダード・トバゴに住んでいた頃、休暇を利用して中南米の国々を旅した。
当時、経済的には決して豊かとはいえない国も多かった。
それでも、そこで出会った人たちはよく笑い、家族や友人と楽しそうに過ごしていた。
一方で、日本は経済的にはずっと豊かだった。
それなのに、日本へ帰ると、どこかみんな息苦しそうに見えた。
「豊かな国に住むことと、豊かに生きることは違うのかもしれない。」
そんなことを考えるようになった。
シンガポールで暮らしたときには、また違うことを感じた。
とにかく便利だった。
必要なものは何でも手に入るし、生活に困ることはほとんどない。
効率的で、ストレスも少ない。
でも、私には何か物足りなかった。
むしろタイやインドネシアのように、街がどんどん変わり、人々の暮らしも変わっていく場所の方が楽しかった。
完璧ではないが問題が起きても、「マイペンライ」と笑って前へ進んでいく。
そんな少し緩い空気の方が、私には心地よかった。
便利であることと、豊かであることは、必ずしも同じではない。
シンガポールでの生活は、そんなことにも気づかせてくれた。
日本に戻ってきて、改めて感じたこともある。
日本は本当に便利で、安全だ。
そして、海外生活が長かった私からすると、驚くほど安いものも多い。
「この値段で本当に成り立つのだろうか」と思うこともある。
便利さや安さの裏側で、誰かが無理をしているのではないか、と考えるようにもなった。
一方で、海外に出たからこそ、日本の文化の豊かさにも気づいた。
日本を否定したいわけではない。
海外から見ることで、日本の良さも、自分には合わないところも、以前より分かるようになったのだと思う。
では、今の自分にとって「豊かさ」とは何だろう。
たぶん、
自分の人生を、自分で選べることだ。
どこに住むのか。
どんな仕事をするのか。
誰と時間を過ごすのか。
何を大切にして生きるのか。
周りからどう見られるかではなく、自分がどうしたいのかで決められる。
そして、その選択肢がたくさんあること。
それが、今の私にとっての豊かさなのだと思う。
もちろん、自由には責任も伴う。
自分で選んだ以上、うまくいかなかったとしても人のせいにはできない。
でも、その責任も含めて、自分で人生を選びたいと思っている。
今、一番豊かだと感じるのは、子どもたちと過ごしているときだ。
そして、自分が自由に生活できていると実感できるとき。
若い頃の私は、お金持ちになることが豊かさだと思っていた。
今は、お金は自分の選択肢を増やすための手段だと思っている。
昔の自分に一つだけ言えるとしたら、
「周りに流されず、自分の人生は自分で決めろよ。」
20年以上海外で暮らして、ようやく分かってきた。
豊かさとは、自分で選べることだった。
