【教育#3】学校が戦場になった日
私は新規採用教員としてとある小学校に赴任した。
一応、正規合格前に1年弱の産育休代替教員としての勤務歴があったこともあり、当時同時に赴任した同期とは扱いが少し違っていた。
「初任だけど一応経験者」というなんとも難しい商品札が貼られた私は、とあるクラスを受け持つことになった。
そこから先の日々はまさに地獄だった。
いや、まあ普通に笑ったり楽しく過ごしたりはしていました。
でも、今思い返しても教員人生でワースト2位だ。辛かった。
ただ、今の私がもう一度同じシチュエーションに立ったら、なんてことはないのだろうと思う。
あの時私が一番辛かったのは
教室が戦場になったことだ。
当時の私は甘かった。
今思えば天狗になっていたり盲目になっていたり、どんな言葉を貼り付けるのが適当か難しいが、少なからず甘い考えで子どもたちに対峙していたと思う。
一生懸命に訴えれば、子どもは変えられる。
子どもは無垢で、無邪気で、可愛い存在だ。
そう信じて、毎朝子どもたちの前に立っていた。
もちろん今でも子どもたちは可愛い。ただ、当時の私の「可愛い」と、今の私の「可愛い」には決定的な違いがあった。
それは、油断だ。
私は子どもたちに対して油断していた。
子どもたちにとって学級は安心できる場であるが
教員にとって必ずしもそうでないことを知らなかった。
当時担任することになったクラスは、前の年になかなかな荒れ方をして
急遽学級編成変えを行ったクラスだった。
そんなところに飛び込みで入った初任者の私だったが、思いがけず4月はうまく時が流れていった。
今思えばその時点で、先の運命は決まっていたのかもしれない。
子どもたちの背景を気にしすぎ、なんとかみんなが居心地のいい空間を作ろうと意識をし過ぎていた。
そんななか、周りに対して粗暴な振る舞いをする子や、嘘をつく子など、トラブルが起き始めた。
授業が成り立たないわけではないが、目に見えてトラブルが多く
毎日管理職が様子を見に来て、放課後に呼ばれて1日の振り返りをするようになった。
このままではまずい、と思いながらも、明確な手を打てないままゴールデンウィーク前になった。
この年、自分の中で転換点が2つある。
1つは、ゴールデンウィーク前の初任者面談だ。
当時は一気に何人もの初任が同時に入り、学校内は大変だっただろうと今では推察できるほどだった。
赴任して1ヶ月余りが経った頃、同期一同が管理職に呼ばれ、1ヶ月の様子を話し合う会が開かれた。
当時の管理職としては、さまざまな配慮があってのことだったのだろう。
1人1人、今どのような様子で仕事をしていて、子どもたちのことどう感じているかみんなの前で話した。
「可愛くて仕方がないです。」
「どんな授業をしようかワクワクしています。」
など、キラキラとした言葉や素敵なエピソードがたくさん同期からは出てきた。
それを聞いていて、本当に心が苦しくなった。
日々トラブルの対応に追われ、昨年の担任の悪口を言う子もいれば、学年の担任の悪口を言う子、もちろん私に対しても数々の暴言を吐く子。
どう掘り下げても、そんなキラキラとした感想が出てこなかったのだ。
私は、俯いたままこうとだけ言ったことを今でも覚えている。
「どうしたらいいのか分かりません。」
時を同じくして、また大きな転換点が現れた。
当時赴任していた学校には、引き渡し訓練というものがあった。
有事の際に保護者の方に子どもを引き渡すための訓練を行なっていた。
真剣な訓練のため、子どもたちにもしかるべき指導をして、保護者の引き取りを待っていた。
そんな最中で、子どもたちが喧嘩を始めた。休み時間のトラブルを引きずっていたとか、そんな感じだったと思う。
保護者がたくさん見ている中、私はトラブル対応に見舞われた。
今思えば、喧嘩をしている児童の親もいたんだ、と思う。
当時はそんなことは気にしていなかったけれど。
その喧嘩を仲裁している時に、保護者の面前で私は子どもにハサミを突きつけられた。
スーツが少しやぶれ、出血をした。
子どもは私を見てこう言った。
「殺すぞ。」
その時に私の中で、考え方が一気に変わったことを感じた。
ここは安全でもなんでもない。
私にとって、この学校は戦場だ。
不思議なことに、それ以降どんどん学級は落ち着いていった。
学年としては落ち着きがなく、トラブルも多いいわゆる「荒れた学年」だったけれど、クラスとしてはあの「殺すぞ」をピークに、良い方向に向かっていった。
今でも、自分の何がどう作用して学級の様子が好転したのかは分析できていない。
私が怪我をしたからなのか。
考え方を変えたからなのか。
よくわからないまま、1年が過ぎてしまった。
こんなことを書くと、子どもに愛がないとかなんとか思われそうなので言っておきます。
私は子どもが大好きで、この仕事も今は割と気に入っています。
ただ、今でも私にとって教室は戦場です。
子どもは背中を見せたら刺してくるかもしれない。
それは物理的にかも、精神的にかも、比喩的な意味でかもしれないけれど。
そう思って仕事をしています。
教室は戦場でいいんです。担任にとっては。
子どもたちにとっての戦場であってはいけないだけで。
