「読むこと」が、僕たちをつなぐ。──とくさんが教えてくれたnoteのもう一つの楽しみ方。
◾️「note、しんどいな」って思ってた。
「また読まれなかった…」
そんな風に思ったことありませんか?
一生懸命に書いたnote。
だけどスキもつかない、コメントも来ない、通知も鳴らない。
「もう誰にも届いてないのかもしれない」
そんな風に感じて、書くのが少しずつ嫌になっていく。
頑張って書いた文章が、ただ流れていく感覚。
noteを開くのも、しんどくなっていく。
そんな時に、僕はとくさんと出会いました。
◾️書くことより読むことを大切にしている。
とくさんはnoteに記事も投稿している。
だけど、一貫して大事にしているのは、「読むこと」だ。
誰かのnoteを読んで、感想を伝えて、紹介する。
それを、“読む活”と名づけて、日々続けている。
自分が書くだけじゃない。
「読むことも、noteへの立派な関わり方だ。」という姿勢がすごく印象的だった。
読んで終わりじゃなく、読んだことをきちんと返していく。
それをやり続けてる人って、中々いない。
◾️地味だけど、再現性のある「読む活のすゝめ」
読む活って、やればすぐに数字に出る。
スキがつく、フォローされる、読んだ相手から感謝される。
本当に、誰でもすぐに実感できる。
でも、バズらない。
地味だし、映えない。
SNSで拡散されることも少ない。
でも、コツコツ続けた人にしか見えない景色がある。
とくさんは、それをずっと見てきた人なんだと思う。
◾️「読まれたいなら、まずは読む。」とくさんが教えてくれたシンプルな真実。
僕はずっと、「読まれないこと」が悩みだった。
でもその時、ふと思ったんです。
「自分は、誰かのnoteをちゃんと読んでいただろうか?」
とくさんは、黙ってそれをやってた。
書くことと同じくらい、いや、それ以上に、誰かのnoteを読んでいた。
感想を伝え、スキを送り、応援し続けていた。
「読まれたいなら、まずは読む」
その行動を、静かに体現していた。
自分は読まないのに、読まれたい。
自分は反応しないのに、反応がほしい。
それって、どこかズルいかもしれない。
誰も言葉にしないけど、とくさんは行動でその本質を突いていた。
それが、僕にすごく響いた。
◾️とくさんのnoteに、救われた。
僕自身、とくさんのnoteに出会って、「まずは読むことからでいいんだ」って思えた。
たとえば、このnote...
✍️ 読むことに意味がある。
✍️ 発信がつらくなったらまず読んでみる。
✍️ noteとの関係を無理なく結び直せる気がした。
✍️ noteを書かなきゃと思っていた自分に、「書かなくても、noteに関われるよ。」と言ってもらえた気がした。
どちらも、読んだ後に少しだけ心が軽くなるnoteだった。
◾️書き続けるのがしんどい人にこそ、届いてほしい。
とくさんのnoteは、こんな人に読んでほしい。
✅ 読まれなくて苦しくなっている人。
✅ 書くことが義務みたいになっている人。
✅ 発信が怖くなってしまった人。
「書けない時は、読むことから始めてもいい。」
そう思えるだけで、noteとの距離感がグッと変わる。
そして、また書けるようになるかもしれない。
◾️僕は、とくさんに背中を押してもらった。
読む活を知って、誰かのnoteを読むようになった。
そしたら、少しずつだけど、自分もまた書けるようになった。
バズらなくていい。
誰かにちゃんと届いてほしい。
そう思ってる人には、とくさんのnoteがきっと響く。
このnoteは、感謝と紹介を込めて書きました
この記事は、とくさんを応援するために書いています。
でも、それ以上にnoteがつらくなってる誰かにとって、「読むことからまた始めていいんだ」と思える一歩になれば嬉しいです。
