故郷忘じがたく・・
我が家では、家族の記念日にプレゼントという習慣はありませんが、旅行や外出した時などには''お土産''がありました。
大阪へ行けば塩昆布''えびすめ''、北海道からは''バター飴''、福岡からは''松露饅頭''、沖縄からは壺やのやむちん。広島からはモチ''紅葉饅頭''を、夫は出張では何がしかの物を・・。夜遅い日に、鶏肉と称して''蛙'のフライ''なんてのもありました。
ある日宅急便が届きました。
鹿児島枕寿官窯から黒薩摩の平茶碗でした。
形も端正で釉薬の色も綺麗でしっかりした焼きでした。
まだ現役の頃の夫、鹿児島県の現場を訪ねた時、美山町の道を通り偶然沈寿官窯に出会いました。展示室を見せていただき作品の一つを選び、箱書きをとお願いしたら当主がお留守とのこと、後日送付を約束して帰りました。その作品が届いたしだいです。同行の方はお茶碗一つの値段をみてびっくりしたそうです。彼はご飯茶碗と思ったのでしよう。2001年8月22日と添え書きがありました。




お茶碗もお茶席では年に一度しか使いません。平茶碗は風炉の季節です。
私のお茶室も店じまいしてから、かのお茶碗も眠りぱなしです。
彼の書棚から隠れるような文庫本を見つけました。
「故郷忘じがたく候」司馬遼太郎氏の作品で66頁の短編でした。
筆者は薩摩焼14代沈寿官氏の、切々たる故郷への想い故郷の習いなどを書かれています。その出生と茶わんやという陶技の道を守りとうした一族の誇りが眩しく重く胸をうちました。たまたま夫からのお土産となった薩摩焼のお話です。


薩摩では土瓶のことを茶家(ちょか)というそうです。
十六世紀末、朝鮮の役で薩摩軍により連れて来られた沈寿官氏たちの先祖、故郷の地のような景色苗代川に住まいすること今に至るとか。美山と地名は変わりましたが「古朝鮮人が今も生きている」と表現されています。鎮守にも古朝鮮の風を守り姓名も変えず、島津藩からは士分で以って明治維新まで保護されたようです。
薩摩焼沈寿官氏は肩書きも陶歴も由来書にありません。歴代''茶わんや''を守り抜き薩摩焼十五代という数字で以って深いふかい家の歴史を測り知ることができます。
我が家に届いたのは十五代の作品です。御前黒か定かではありませんが今25年を経ても変わらぬ輝りと深い黒は司馬遼太郎氏の短編と重ね夫の目の確かさを新たにしています。

今娘から届いた桜まんじゅうとこの一碗でお抹茶をいただきましょう。
故郷の桜を思いながら・・・忘じがたく候。
2025年 弥生26日 生駒谷より
