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私が選んだシュークリーム



少しだけ、うたた寝をした。

ほんの短い時間だったのに、
妙に鮮明な夢を見た。

そこは、古い楽器倉庫だった。

舞台裏のような場所に、
何台ものピアノや楽器が置かれている。

けれど、その空間は少し荒れていた。

誰が管理しているのか曖昧で、
どこか雑然としていて、
昔の音楽仲間たちが出入りし、
空気を乱している。

私はそれを知っていた。

知っていたけれど、
以前のように飛び込んで整えようとはしなかった。

「片付けなければ」

そんな感覚は確かにあった。

でも同時に、
これはもう、
次の人たちが決めていく領域なのだとも感じていた。

何を残し、
何を手放すのか。

どこへ何を置くのか。

それは、
次の世代が選び取っていくことなのだと。

私はその倉庫の中で、
一台のピアノに触れた。

一番低い音の鍵盤が欠けているピアノ。

本来なら、
欠けていては困る場所。

土台となる音。

けれど私は、
そのピアノを弾くことができた。

欠けていることも分かっている。
本来は修理した方が良いことも分かっている。

それでも、
曲を選べば演奏はできる。

私は長い間、
そうやって生きてきたのだと思う。

足りないものがあっても、
崩れそうな場所でも、
何とか音楽にしてきた。

教育の現場でも、
福祉の現場でも、
人間関係でも、
音楽でも。

不足を読み、
空気を整え、
足りない音を補いながら、
演奏を成立させてきた。

けれど今、
私は少し変わり始めている。

弾けることと、
弾き続けることは違う。

補えることと、
補い続けることも違う。

「できるかどうか」ではなく、
「それを選ぶかどうか」を、
自分で決めていい。

私は今、
少しずつそれを理解し始めている。

夢の最後。

スタッフが大量のシュークリームを差し出してきた。

「この中から二つ取ってください」

そう言われた。

けれど私は、
一つだけ選んだ。

ふわふわ軽くて、
いくつも食べたくなるものではなく、

シュー生地がしっかりとしていて、
中のクリームもぎっしり詰まったもの。

一つで十分だと思えた。

ちゃんと味わえると思ったから。

私は昔、
もっとたくさん抱えていた。

もっと応えようとしていた。

必要とされれば動き、
不足があれば埋め、
場が崩れそうなら支えようとしていた。

けれど今は、
軽くて甘いものを大量に消費するような生き方ではなく、

本当に滋養になるものを、
丁寧に選び、
深く味わう生き方へと、
少しずつ変わってきている。

役割も、
人間関係も、
仕事も、
表現も。

数ではなく、
密度。

消耗ではなく、
循環。

私はこれまで、
教育や福祉、
音楽や表現を通して、
たくさんの人と関わってきた。

その中でずっと、
「その人自身が、自分の人生を生きられること」
を願っていたのだと思う。

支えることも、
寄り添うことも大切。

けれど同時に、
誰かの人生を代わりに背負い続けることとは、
少し違う。

最近の私は、
そんな境界を、
静かに学び直している気がする。

そして今、
私は20年ぶりにソロを歌おうとしている。

それもまた、
「求められたから」だけではない。

私自身が、
「出てみよう」と選んだ。

あの夢のシュークリームのように。

私は今、
自分が本当に受け取りたいものを、
選び始めているのだと思う。




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