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【旅日記】河内野をゆく① 八尾辺りにつわものどもの跡を求めて

最近は三好氏の小説を書いています。

阿波から出て、細川京兆家や足利将軍と綱引きを繰り返しながら、ついに畿内に覇を唱えた三好氏。
畠山氏の紀伊を除き、管領家の畿内領国を全て制した彼らの地盤は摂津、そして河内でした。
そんな三好氏の足跡をたどる旅。

まずはその前史とも言える、河内正覚寺城跡からスタート。

こちらは大阪市平野区、平野駅から徒歩15分ほどです。
にしても暑い…🫠

石碑が立っています

今では城は跡形もなく、旭神社という神社の境内になっています。
三好氏が畿内に君臨する、ざっと七十年前のこと。
細川政元による「明応の政変」が起こり、将軍義材は捕縛、管領畠山政長はこの地で切腹したのでした。

そう、拙著「流れぬ彗星」の、まさに冒頭の場面がこちらなのです!

馬が羊を追いかける…ヒヒーン
美しい花が咲いていました
注連縄鳥居

近くに正覚寺、というお寺もありましたが、日蓮宗系で、往時のものとは何のつながりもないようでした。
三好氏や織田信長は、熱心な法華宗徒なんですけどね…

続いて電車に乗り、すぐ近くの八尾市・JR久宝寺駅へ。
巨大なマンションが立ち、ベッドタウンとして発展している町です。

駅から歩いて20分ほどでしょうか。
こちらが真観寺。
臨済宗南禅寺派で、山号は万松山。

「萬松山」とありますね(たぶん)
梵字

こちらは、やはり管領畠山氏によって建立されたお寺。
応仁の乱の時の猛将・義就よしひろの祖父に当たる、畠山満家の創建になります。
それだけでも六百年近い由緒を持っている。

コンパクトな境内に、施設がぎゅっと詰まっています。

こちらの十三重の塔は、創建した畠山満家の墓と言われています。
にしても十三重て…今まで見た供養塔の中で一番高い。

こちらが三好長慶、義継両公のお墓。
二人並んでいることに、何だかホッと安堵の気持ちを覚えました。

三好長慶。
織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の三英傑や、武田信玄に上杉謙信といった有名戦国大名たちよりも、英雄性とロマンに富んだ人物だと感じます。
父元長のすさまじく悲劇的な死から、四兄弟で固く団結しての逆転勝利、京と畿内の制圧。
その後の相次ぐ弟たちの死と、ぽっかり口を開けていた転落。
あまりに劇的で、シェイクスピア的とさえ言える人生です。
そしてその負の遺産を一身に背負い、七転八倒しながら、二十三歳で若い命を散らした義継。
阿波出身で、もしかしたらご先祖の旧主かもというシンパシーもありますが、私には日本の戦国時代の主人公は三好氏のように思われてなりません。

しかし、ずっと不思議でした。
なぜ畿内の覇王たる長慶と義継の墓が、ここ真観寺にあるのか。
そして今もなお、こうして残っているのか。

率直に言って、このお寺と三好氏には、元々縁もゆかりもありません。
五山禅宗に帰依した足利将軍家とは異なって、先ほどから申し上げているように、三好氏は法華宗徒です。
織田信長の実質的な墓所となった本能寺は、日蓮宗の本山の一つなのです。
ではなぜ臨済禅のここ真観寺に、三好の父子が眠っているのか…

それはやはり、「河内の王」たる管領畠山氏の後継者は三好である、という強烈な自負があったためではないでしょうか。
元々、義継が義父(彼は長慶の実子ではなく、弟十河一存の子、つまり甥なのです)の葬儀をここで執り行ったのが縁のはじめ。
つまり、「河内とその首府高屋城は、三好のホームである」というアピールと自覚が、そうさせたのではないでしょうか。
でなければ、元長の眠る堺の南宗寺に、法華宗徒としてともに葬られていたはずです。

さてさて、(熱く語ってしまいましたが)
お墓参りを終えて。
JR河内永和駅から、近鉄線に乗り換え。
またしても普通でわずか数駅の、若江岩田駅で下車します。
この辺りは、既に東大阪市。

またまた駅から南へ二十分くらいの徒歩。
若江城の城跡に到着しました。

城跡と言っても、もはや曲輪や堀の遺構もほとんどなく、ただの小さな社になっています。
しかし往時には、百五十メートル四方の方形館に、五百メートル規模の城郭を水堀で取り囲んだ、堂々たる総構えだったとも言われます。

こちらは三好の若き後継者・義継の居城にして、その最期の地ともなりました。

義父長慶の本拠地は、今の高槻市にある摂津芥川城。
あるいは実子義興へ実権を譲ったあとに入った、大東市の河内飯盛城。
いずれも、巨大な山塊の尾根にそびえ立つ山城です。
まさに日輪のごとく仰がれながら、天下を睥睨する武威の象徴。
城下町を従えるでもない、純粋な軍事要塞としての本拠地であり、戦国のこの時期に特有のものかもしれません。

が、この若江城は全く違います。

地図で見ると、この若江は大坂から一直線に真東にあります。
十三街道と河内街道の交わる交通の要衝であり、旧大和川のいくつもの支流で結ばれていた水運の中心。
それが当時の若江でした。
山上の巨大要塞を捨てた義継は、この地を本拠として、新たな時代に対応しようとします。
そして義父長慶の果たせなかった、「足利将軍のいない天下を創る」という夢を追いかけようとするのですが…

その前に立ちふさがったのが、人間離れしたほどの合理性と決断力、活力と不屈の精神力を兼ね備えた怪物・織田信長だったのです。
そしてこの織田信長は、その力量からは到底考えられないくらい、足利将軍というものに甘い男だったのでした。

次回は、私にとって実はとてもなじみ深い東大阪市の、さらなるディープスポットを探検してゆきます!
ではまた〜

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