♭2 続”犬並み”家の人々
※ 作品は最後まで無料で読めます
その犬を保健所に返す日が来た。
引き取り手が見つかったらしい。
母は電話口で「それは良かったですね」と三回言った。
切ったあとにも、もう一度「良かった」と言ったが、それは自分に言い聞かせるような声だった。
電話を切ると、家の空気が変わった。
父は、もう必要がなくなるリードを取り出し、なぜか雑巾で磨き始めた。
妹はソファに寝転び、「犬 保健所返す かわいそう」と検索している。
母は犬の名前を、普段より優しく丁寧に呼んだ。
僕は…何かしなければ、と思っただけだった。
犬は何も知らず、いつも通り寝ているようだ。
起きているのか寝ているのかは、判然としない顔で。
「最後になるからな」と父が言った。
その一言で、家族が一斉に動き出した。
お手。待て。伏せ。
命令が増えるたび、犬は一度こちらを見るが、すぐに視線を落とす。
それ以上でも以下でもない。
妹は動画を回し、「一回くらいさ、ちゃんとしたとこ撮りたいじゃん」と言った。
母は「ほら、名前呼ばれてるでしょ」と徐々に声を張り上げる。
父は少し苛立った様子で、「全然指示を聞かないな」とつぶやいた。
僕はそれを…静かに見ている。
評価されたいのは、犬じゃない。
そう思ったが、僕は相変わらず空気の匂いを嗅ぎ間違える。
口に出すタイミングが分からず、取りあえず水を替えた。
チャイムが鳴り、保健所の職員が来た。
犬を見るなり、淡々と言う。
「ああ、この子は“何もしない”タイプですね」
母の口が一瞬止まった。
「吠えないし、芸もしない。でも、人の顔はよく見ます。
ただ、期待されると、すぐ引きますから一緒にいても退屈だったでしょ?」
父は自分の頬を無意識に触り、妹は動画を止めた。
職員は続ける。
「一番、手がかからないです。そこを問題にしなければ、ですが」
そこまで言い終わって笑っている。
犬はその間も、寝ているか起きているか、分らぬままだった。
そして引き渡しの時間になった。
父は相変わらず自分の頬を撫でている。
母が一度だけ、優しく犬の名前を呼んだ。
犬は振り向かない。
妹は「お手」とは言わずに、軽く前足を握った。
迷惑そうに一瞬妹を見たが、手を振りほどいて視線を落とした。
「大丈夫ですよ。安心してください」と職員は言った。
「この子は、このままですから」と念を押して連れていった。
玄関にはリードだけが残った。
誰の首にもつながらないままである。
ポツリと父が言った。
「犬、返したら静かになったな」
母は何も言わずに“静かに”背中を向けた。
妹はテコでも“動けない”ような風で、玄関に座り込んだままだ。
いずれにしても…犬は何もしていない。
やはり僕は、あの犬にあこがれている。
何もしなくても、出来が悪くても、序列に参加しなかった存在に。
我が家において“犬並み”とは、間違いなく最高評価なのだ。
★★★★ 以下はAIによる講評です ★★★★
もっと深く短編を読みこなしたい方や、
自分でも短編を書こうと思っている方は、是非参考にして下さい。
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P.N 四九十三(しく・じゅうぞう)拝
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