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♭3 続々”犬並み”家の人々

※ 作品は最後まで無料で読めます

――役に立つかどうか
その“犬”がいなくなってから、家は少し便利になった。

 散歩の時間が消え、床に毛が落ちなくなり、
 水の皿を気にする必要もない。
 母は朝の動きが早くなり、父は新聞を読む時間が増えた。
 妹は……特に変わらないが、芸を“見せつける”クセは減ったように思う。
 僕だけが、どこに手を置いていいのか分からず、立ち止まっている。

 「やっぱり楽ね」

 誰かに向けた言葉でもなく、母が洗濯物を畳みながら言った。
 父は視線を動かさずに「そうだな」と短く返す。
 妹は視線だけでうなずき、口を開きかけたがやめた。

 犬がいた頃、母は「大変」とは言ったことはない。
 だが、今は「楽」と言う。
 その差が、少しだけ耳に違和感を残した。

 その日から、家の会話にある言葉が増えた。

 「助かる」
 「早い」
 「効率いい」

 父はゴミ出しを終えると、
「今日は俺がやっといた」と言うようになった。
 母は夕飯を出しながら、
「今日は品数少ないけど、時間は節約できた」と言う。
 妹は塾のプリントを見せ、
「これ、今日の点数」と報告する。
 それぞれが、それぞれに、それらしい返答を短くこなしている。
 僕は、何を言えばいいのか分からない。

 犬がいた頃、僕は水を替えたり、黙ってそばに座ったりしていた。
 それは誰にも評価されなかったが、誰にも否定されなかった。

 今は違う。
例えば、母が悪気なく聞く。
 「今日、何かした?」

 僕は一瞬考える。
 「……特には」

 母は「そっか」と言い、会話は終わる。
 ただ、それだけだが、会話の量は増えている。
 それだけなのに、何かを失点したような気もしている。

 数日後、妹がソファで寝転びながら言った。

 「今日さ、私、何も役に立ってない気がするんだよね」
 軽い調子だった。
 冗談のようにも聞こえた。
 でも、父も母も、すぐには反応しなかった。

 先に母が「別にいいんじゃない?」と言ったが、少し間があった。
 父はテレビから視線をそらさず、「そうだな」と言った。

 妹はそれ以上、何も言わなかった。
 何かしら“納得”したようではある。

 次の日から、妹はよく動くようになった。
 洗い物を手伝い、父にリモコンを渡し、母に「何かする?」と聞く。
 そのたびに「助かる」「偉い」という反応がある。
 「評価してもらえた」とでも思っているのだろう。
 妹は少し安心した顔をし、動きを止めない。

 犬は、そんなことをしなかった。
 何も手伝わず、役にも立たず、ただそこにいた。

 ある夜、父が言った。

 「犬いないと、家が回るな」

 もちろん悪意はない。
 事実確認のような口調だ。

 母も頷く。
 「余計な手間がないものね」

 その「余計」が胸の空白部分を突いたようにも思えたが、
誰も反論はしなかった。

 僕は水を飲みに立ち、台所で“自ら”コップを洗った。
 洗い終わっても、誰も見ていない。
 だから、何も言われない。

 それが役に立ったかどうかは、分からない。

 しかし犬は、最後まで役に立たなかった。
 それでも、確実に家族全員の動きを変えた。

 今、家族はよく動く。
 その分、止まっている者が目立つ。

 夜、玄関の棚を見る。
 リードはもうない。
 その空いている場所に…なぜか他の物は置かれる気配がない。

 犬は、役に立たなかった。
 だからこそ、誰の代わりにもならなかった。

 僕は思う。

 役に立たなくても許される存在は、案外、家の中で一番強かったのかもしれない。

 やはりこの家で、
 “犬並み”とは――
 参加しない自由を備えもった、最高評価だったのだ。

★★★★ 以下はAIによる講評です ★★★★
もっと深く短編を読みこなしたい方や、
自分でも短編を書こうと思っている方は、是非参考にして下さい。
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   P.N 四九十三(しく・じゅうぞう)拝

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