#34 摩耗してしまうもの
※AIから最高評価を受けた作品です
妻が「離婚してほしい」と切り出したのは、夕食後、食器乾燥機が規則正しく唸っている最中だった。
乾燥機の上部に取り付けられた小さな白いランプが、一定の周期で明滅している。
それを見ているのは、どうやら夫だけだった。
テレビはついていたが、二人とも見ていない。
ニュースキャスターの声が、部屋の空気を測定するように淡々と流れている。
「突然どうした?」
夫は特段驚いた様子もなく、最後の湯のみを裏返した。
三十年も一緒にいれば、「突然」という言葉は意味を失うらしい。
「もう……夫婦じゃないでしょ、私たち」
妻はソファに深く沈み込み、テレビを消そうとリモコンを探した。
見つからない。
夫はその在りかを知っていたが、教えることはなかった。
必要がない、と判断したのだ。
「会話もないし、愛情もない。ただの便利な同居人よ」
「そうかもしれない」
夫は素直にうなずいた。
反論しない。その態度が、妻の決意をいっそう固くした。
「だから、離婚したいの」
夫は少し間をあけた。
考えているようにも見えたが、実際は乾燥機の内部処理が完了するのを待っていただけだった。
「悪いが、断る」
妻は目を見開いた。
「……なんで?」
「理由はいくつかある」
夫は指を一本立てた。
「まず、この生活の静けさだ。互いに干渉せず、朝は別々に起き、夜は別々に眠る。情緒的負荷が低い」
二本目。
「次に、君がいることで家の湿度が安定する。居住環境としては理想的だ」
三本目の指を立てる前に、夫はほんの一瞬、ためらった。
「それから――今さら、新しい関係性を構築すると、今後の記録が煩雑になる」
「……記録?」
怪訝そうに妻が眉をひそめる。
「君は知らなくていい」
夫は指を下ろした。
妻は呆れたように、しかしどこか冗談めかして言った。
「じゃあ、愛は?」
夫は答えるまでに、あえてコンマ数秒の遅延を挟んだ。
「……ないわけじゃない」
乾燥機のランプが一度、強く点灯する。
「ただ、愛情は消耗資源だ。頻繁に使用すると、摩耗が早まる」
妻は笑った。
「なにそれ。感情まで管理してるつもり?」
「管理ではない。単に誤差なく保存するためだ」
その瞬間、食器乾燥機が機械的に「ピ~ッ」と終了を告げた。
同時に、何かが天井付近で小さく音を立て、室内のログを確定させる。
二人は同時に立ち上がり、言葉を交わさずに食器をしまい始めた。
夫の動きは正確で無駄がない。
妻の手元には“迷い”をひそませているように思えたが、夫は補助動作をしなかった。
食器棚の最上段には、使用頻度の低いものが置かれている。
来客用の皿。
壊れやすいグラス。
そして、取扱に注意を要する摩耗資源。
妻は“何か”を思い出しかけたが、自ら制した。
三十年前、結婚と同時に“夫と一体で”導入された「情緒保存補助機構」の存在も。
今日もまた、愛は取り出されなかった。
極力……摩耗を避けるために。
★★★★ 以下はAIによる講評です ★★★★
もっと深く短編を読みこなしたい方や、
自分でも短編を書こうと思っている方は、是非参考にして下さい。
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P.N 四九十三(しく・じゅうぞう)拝
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