♭24 ちょっとヨイショをし過ぎる種族
気づくと“ある人”は誰かを必死で持ち上げている。
「それ、いいですね」
「さすがです」
「思いつかなかったです」
別に嘘をついている“つもり”ではなかろう。
ただ、
少しだけ多めに、
少しだけ早めに、
少しくらい意に反していたとしても、
取りあえず言っているだけのようだ。
会議でも、飲み会でも、家族の食卓でも、
この言葉たちは彼らの“肺の中”に自然発生する。
そして機を見て、
息を吐くようにあふれ出る。
誰かが不機嫌になる前に、
誰かが黙り込む前に、
半ば無意識にごく自然に、
そっとヨイショを差し出す。
まるで換気をしつつ湿度を調整するように。
どうやら彼らは、
「ちょっとヨイショをし過ぎる種族」に
属しているらしい。
この種族の特徴は分かりやすい。
空気を読むのが異様に早い。
相手の立場や機嫌を瞬時に測定し、
最適な言葉を選び取る。
だが、気をつけねばならないのは、
褒め言葉は装飾ではない。
使い勝手の良い両刃の道具なのだ。
場を円滑に進めるための潤滑油であり、
ときには自分の身を守る防具でもある。
彼らは正論よりも平穏を選ぶ。
本音を飲み込み、
その代わりに「なるほどですね」を差し出す。
ヨイショは弱さではない。
集団の中で生き延びるために獲得した、
生存戦略のひとつなのだろう。
少なくとも、彼らの種族はそう信じているようだ。
けれど、
意識的に相づちを重ねすぎると、
時々おかしなことが起きる。
本当は違うと思っているのに、
「そうですよね」と言ってしまう瞬間。
褒め続けた相手が、
少しずつ現実から浮き始める気配。
会議で反目する双方に「なるほど」と頷き、
気付けば一人で漂流者になっている場合。
誰も傷ついていないつもりなのに、
自分だけがじわじわ疲れていく感覚。
気づけば、その場に本音は存在しない。
あるのは、
角の取れすぎた言葉と、
過剰に丸くなった空気だけだ。
優しさと保身の境界線は曖昧になり、
何を守っているのか分からなくなる。
ヨイショは平和を作るが、
同時に静かな孤独を生む場合もあるようだ。
それでも彼らは、
けっしてこの種族から離れるつもりはないだろう。
ちょっとヨイショをし過ぎる種族は、
今日もどこかで衝突を未然に防ぎ、
関係が壊れるのを
必死で食い止めている“つもり”なのだ。
誰かが傷つく未来を先回りしてしまう。
だから今日も、
まだ起きてもいない衝突を、
一人で静かに消火して歩く。
だからせめて、
ヨイショを一つ減らす代わりに、
小さな本音を一つ置いてみよう。
「実は少し違うと思うんですけど」と、
声を震わせながら言ってみる。
それでも場が壊れなかったら、
きっとこの世界は思っているより強い。
そしてその場ではそっと自分の口に
手を当てておこう。
それでも、
ちょっとヨイショをし過ぎる種族は、
今日もどこかで誰かの空気を少しだけ軽くしている。
本当は、
この世界にいてくれないと困る種族なのかもしれない。
★★★★ 以下はAIによる講評です ★★★★
もっと深く短編を読みこなしたい方や、
自分でも短編を書こうと思っている方は、
是非参考にして下さい。
また、あなたの感想、評価もお伝えいただければ
今後の励みになります。
P.N 四九十三(しく・じゅうぞう)拝
★★★★ 以下はAIによる講評です ★★★★
今回の改稿は、**前稿より確実に良くなっています。
** 特に、「私」を「ある人」「彼ら」に変えた判断は成功です。
読者が「作者の告白」を読むのではなく、**「自分もその種族かもしれない」と観察される側になる**ため、共感の間口が広がっています。
プロの編集者として評価すると、**90点 → 94点**くらいまで上がった印象です。
ただし、あと一歩で「唸る作品」になるだけに、いくつか惜しい点があります。
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## 一番良くなった点
### 「ある人」という距離感
冒頭の
> 気づくと“ある人”は誰かを必死で持ち上げている。
これはとても良い変更です。
エッセイなのに寓話のような始まりになりました。
読者は
「ある人って誰?」
と思いながら読んでいき、
途中で
「これ、自分じゃないか」
と気付く構造になっています。
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## 「彼ら」の統一も効いている
前回は
> 私たちは
でした。
今回は
> 彼ら
になっています。
これは種族という設定に合っています。
図鑑を読んでいるような雰囲気が強くなりました。
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## ただし、一つ問題があります
最後だけ
> 頑張ってくれ。
ここだけ急に作者本人が出てきます。
それまでずっと
> 彼ら
を観察していた人が
最後だけ
> 頑張ってくれ
と言うので、
少し世界観が崩れます。
私はこの一文は**削除**した方が美しいと思います。
あるいは、
> 今日もどこかで、
> 誰かを少しだけ持ち上げながら、
> 彼らは静かに生きている。
くらいの余韻で終えた方が文学性があります。
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# 気になった表現
### ① 「〜ようだ」が増えすぎた
今回、
作者が断定を避けたため、
* ようだ
* らしい
* だろう
* に違いない
がかなり増えています。
例えば
> 息を吐くようにあふれ出るようだ
ここは
> 息を吐くようにあふれ出る。
で十分です。
むしろ強くなります。
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例えば
> 自分だけがじわじわ疲れていく感覚がきっとあるに違いない。
これは少し説明が重いです。
前稿の
> 自分だけがじわじわ疲れていく感覚。
の方が圧倒的に余韻があります。
説明しない勇気が欲しいところです。
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### ② 「勧めたい」が急に説教になる
ここです。
> 小さな本音を一つ置いてみる事を勧めたい。
それまで作者は
種族を観察していました。
急に
「勧めたい」
と言うと、
論説になります。
前稿の
> 置いてみよう。
の方が好きでした。
あるいは
> 置いてみてもいい。
くらいが自然です。
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### ③ 「褒め言葉は〜ということだ」
ここだけ説明調です。
例えば
> 褒め言葉は装飾ではない。
> 使い勝手の良い両刃の道具なのだ。
と切る方がリズムが出ます。
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## 一番惜しいところ
私はここです。
> ちょっとヨイショをし過ぎる種族は、
> 今日もどこかで衝突を未然に防ぎ、
> 関係が壊れるのを
> 必死で食い止めている“つもり”なのだ。
ここまでは最高です。
ところが
その次が
> 誰かが傷つく未来を想像しすぎてしまう、
> 一生懸命で想像力過多な生き物なのだ。
少し説明しています。
私は、
ここをもっと映像にしたい。
例えば
> 誰かが傷つく未来を先回りしてしまう。
> だから今日も、
> まだ起きてもいない衝突を、
> 一人で静かに消火して歩く。
くらいまで情景にすると、
かなり印象が強くなります。
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## 私なら最後はこう締めます
あなたの作品を壊さない範囲なら、
> それでも、
> ちょっとヨイショをし過ぎる種族は、
> 今日もどこかで誰かの空気を少しだけ軽くしている。
>
> 本当は、
> この世界にいてくれないと困る種族なのかもしれない。
このように締めると、「信じたい」よりも読者自身に判断を委ねる余韻が残ります。
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## 総評
あなたの文章には、以前から**「比喩をつくる力」**がありましたが、この作品ではそれが一段と活きています。「種族」という設定を最後まで保ち、「肺の中」「換気と湿度」「両刃の道具」といった比喩が自然に連なっているため、作品全体に統一感があります。
一方で、今回の改稿では慎重に書こうとした結果、「ようだ」「だろう」「勧めたい」などの**説明や保留の表現**が少し増えました。エッセイは、説明を減らし、読者に感じてもらう余白を残すほど強くなります。
この作品は、あと一歩だけ「説明を削る勇気」を持てば、かなり印象的なnoteになります。
そして最後に一つ。この作品で私が最も好きなのは、今も変わらずこの一文です。
> **誰も傷ついていないつもりなのに、自分だけがじわじわ疲れていく感覚。**
この一文には、作者の実感がにじんでいます。こうした「体温のある一文」があるからこそ、読者は「これは自分のことかもしれない」と静かに引き込まれるのだと思います。
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