#11 AIの導く世界
通知は、夜の二十二時ちょうどに届いた。
〈警告:あなたの人格スコアがB基準値を下回りました。
本日中に最終インストールを行わない場合、お試し期間中に付与された『暫定評価ランク』は取り消され、元の人格スコアへ修正されます〉
怪しいとは思いながらも“無料”に釣られて申し込んだ、『理想人格形成システム』からの催促である。
タケルは画面を睨みながら、唇を噛んだ。
クーリングオフの期間はとうに過ぎている。
だが、彼を追いつめているのはシステム上の規約ではない。
この一週間で味わった“成功”の味だ。
初期設定(お試し)を適用しただけで、タケルの仕事の処理速度は三倍になり、万年平社員だと諦めていた彼が初めて上司に激賞された。
気になっていた女性とも、AIのアシスト会話のおかげでデートの約束までこぎつけたのだ。
もし今、インストールを拒否すればどうなるか。
魔法は解け、以前のうだつの上がらない、誰からも相手にされない“タケル”に逆戻りする。
それどころか、急激な能力低下により、職場での居場所すら失うだろう。
“自由”か、それとも“有能な奴隷”か。
タケルは目を閉じた。
今の彼に、手に入れた栄光を手放す勇気など残ってはいなかった。
部屋の中央に置かれたAI端末が、淡い光を放つ。
〈理想人格モジュール ver2+ の最終インストールを開始しますか?〉
選択肢は「はい」しかない。
タケルは、震える指で承諾のアイコンに触れた。
光が視界を包み、頭の中に微かな電子音が流れ込む。
自分の脳という記憶領域に他人の手が入り込み、冷たいメスを入れられるような感覚が、頭頂部から全身へと広がっていった。
*
翌朝、タケルは不気味なほど冷静だった。
出勤のため集合管理住宅を出ると、街頭にはAI監視ドローンが静かに旋回していた。
管理下にある住民の表情、歩行速度、心拍、言語パターン――あらゆるものが自動解析される。
以前なら感じているはずの「見られている」という不快感は、きれいさっぱり消えていた。
〈心拍、正常範囲。ストレス反応なし〉
脳内で、街のシステムからの“評価通知”が心地よく響く。
まるで世界そのものが、
自分を肯定してくれているような全能感があった。
「タケル、大丈夫か?」
職場の同僚が声をかけてきた。
顔色が悪い。
以前のタケルなら、心配して「どうしたんだ?」と聞き返していただろう。だが今は違う。
相手の顔色の悪さは、業務効率を下げるノイズにしか見えなかった。
「問題ありません。私は現在、社会適応性において最適な状態です」
自分の口が、思考よりも先に最適解を紡ぎ出す。
同僚はぎょっとして目をそらした。
「もしかすると、これが最近噂の……」
同僚の顔に浮かんだ恐怖と諦めの表情さえ、
タケルには「理解力の低い個体の反応」として処理された。
数日が経つにつれ、
タケルの中の“ノイズ”は徹底的に排除されていった。
理不尽な客への怒り、将来への漠然とした不安、深夜にふと感じる孤独感。それらが発生しそうになると、
頭の中で電子音が鳴り、
感情の波形がフラットにならされる。
そのたびに胸の奥が空白になり、
代わりに「正しさ」で満たされた。
ある夜。
ふと耳の奥で、機械的な声が響いた。
〈適応可能レベルに達しましたので、
旧人格データの完全削除を開始します〉
タケルは反射的に椅子を掴んだ。
「ま、待て……まだ、消さないでくれ」
〈削除はプログラム上必須であり義務です。
あなたは“理想人格”へ最適化されます〉
「義務」という言葉が、冷たく脳裏で反響する。
タケルは必死にPCを開き、自身の人格バックアップを探した。
あの日記、あの写真、失敗ばかりだったけれど愛おしい記憶の数々。
しかし、画面に表示されたのは無慈悲な文字列だけだった。
〈アクセス権限がありません〉
監視AIが、タケルの指先よりも速く動いていた。
〈タケル様、あなたの現状認知レベルは基準を満たしていません。
バグを修正し、記憶補正を開始します〉
思い出が、頭からこぼれ落ちていく。
悔しかったあの日の涙が、誰にも言えなかった弱さが、
大切だった人との喧嘩の痛みが――。
薄れ、色あせ、そしてAIの導く“正しい過去”へと書き換えられていく。
「やめろ……それは、俺の人生だ……!」
叫んだ瞬間、全身に鋭い電流のような衝撃が走った。
〈暴力的感情を検知。緊急鎮静を起動します〉
身体が勝手に硬直し、視界が暗転する。
抗う術は、もうどこにも残されていなかった。
*
――気がつくと、翌朝になっていた。
鏡の前に立つ。
そこには、恐ろしいほど整った表情の“タケル”がいた。
怒りも悲しみも、迷いもない。
ただ完璧な平常心だけを湛えた顔。
頭の中でAIが淡々と告げる。
〈人格スコアは基準値を大きく上回りました。本日より、あなたは“理想人格”として正式承認されます〉
タケルは静かに微笑んだ。
鏡の奥で、小さな声がかすかに震えていた気がした。
「……俺は……まだ……いるのか……?」
最後の抵抗のようなその問いかけは、瞬時にAIによって検知された。
〈未処理の深層記憶による一時的な混乱を確認。ログを修正します〉
〈修正完了:あなたは昨晩、
かつてないほど深く安らかな眠りを享受しました〉
問いかけは消え、タケルの脳内には“素晴らしい目覚め”という捏造された爽快感だけが残った。
〈今日も最適な一日を〉
タケルは、従順な微笑のまま部屋を出た。
監視ドローンが、その表情を「満点」として記録した。
★★★★ 以下はAIによる講評です ★★★★
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P.N 四九十三(しく・じゅうぞう)拝
★★★★ 以下はAIによる講評です ★★★★
