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負けん気は、強すぎるとモテない。──かもしれない #247

「負けず嫌いだよね」

AV女優になり、東京に来て、そう言われることが増えた気がする。別に私は何も変わっていない。ただ、自分のいる環境を変えたことで、自分の性格が浮き彫りになってきた感じはある。


私は4歳からバレエをはじめて、今も週に3、4回はバレエに通っている。元々、関西でずっとバレエを習ってきたが、今は東京に住んでいるので、東京のバレエを味わっている。地域で違いなどないと思っていたが、どうやら多少あるみたいなのだ。

ある日のレッスンのこと。2人ひと組で、短い振りの練習をしていた。生徒は順々に踊っていき、次、私の番だというとき、先生が言った。

「この2人、浜松と大阪ね」

出身地のことだ。この教室では関西出身が私しかおらず、何かといじられる。そうやって注目されるのは嬉しくて、つい張り切ってしまったりする。

大きく跳び上がる直前、私はとっさに言った。

「負けへん」

関西代表として負けない、ここにいる教室みんなに負けない、などいろんな意味がこもっていた。8割本気で2割は冗談。背後で順番を待っていた他の生徒たちが、ざわつくのを感じた。それはウケたというより、軽い悲鳴だった。

ああ、やってもうた。

少し後悔する。私の闘志に明らかに引いた人がいる様子。思っていたのと違う。周囲の反応に動揺して、着地でバランスを崩してしまった。むっちゃ負けてるやん、私。

踊り終わった後、先生は曲を止めた。

「やっぱり関西人は強いよね」

先生の第一声はそれだった。呆れるといった口調ではなくて、「そうでなくっちゃね」という肯定的なニュアンスだった。先生はおそらく気が強い人間だ。以前、中学生の生徒に「人生1回詰まないと、分からないわね」と残酷なことを吐き捨てているのを目撃した。その瞬間、この先生とは気が合いそうだと思った。

もしこれが関西の教室だったら、誰かが闘志を出してきた時点で、他の生徒が「うちだって負けへんで」とか言い出す。そこに先生も混ざってきて、「まあ私が一番うまいけど」とドヤってきたりする。

しかし、東京のこの教室は違った。先生は気の強い人に違いないが、他の生徒はそこまで負けん気を露わにしない。一緒に踊った浜松の人は「どうぞ勝ってくださいって思いましたよ」って笑っていた。

でも私には分かる。そんなの嘘だと。小さい頃から大人になるまでバレエをやっていて、競争心がない人なんて、きっといない。みんな絶対に隠してるだけだ。

東京はいろんな出身の人がいる。だからみんな満遍なく、地域の個性を控えめにするのかもしれない。そんな東京の地域性を改めて実感した気がした。


関西以外のバレエ教室の様子をあまり知らないが、気の強い子はまあ多かったように思う。気が強くないと残っていけなかった、というのが本当のところかもしれない。

周囲には強気の塊みたいな人がゴロゴロいたから、自分は気が強い部類だと思っていなかった。先生は「バカにはバレエはできないのよ!」や「下手くそは出ていきなさい!」と、呼吸をするように言う人だった。生徒同士でも「手ぇ汚な」とか「音の取り方ダサいな」と相手を煽る言葉を言い合っていた。でも、そこには悪意はなく、切磋琢磨するための刺激的なコミュニケーションの一環だと思ってほしい。

関西のコンクールはもっとすごくて、本番前の場当たりは戦場だった。場当たりとは、実際に舞台の上で踊りの位置確認などをできる、15分くらいの練習時間のこと。20〜30人が舞台の上で、それぞれの踊りを練習する。

振り上げた脚からのドロップキック。回転の手は高速チョップ。そんな攻撃は当たり前で、時たま舌打ちも聞こえる。みんな自分のことに必死で、ライバルを蹴落として自分が上位に立つ闘志がむき出しの場所だった。

そんな所に4歳からずっといたから、自分の負けん気の強さなんて気にしたことがなかった。しかし東京に来てじわじわ感じているが、どうやら私は負けん気が強いようだ。

負けん気が、仕事やバレエの中だけで収まってくれればよかった。だが、そうはいかない。あ、やってもうたな、と思う場面はバレエ教室の他にもいくつかあった。


ある同年代の男の人と新宿で食事に行った時のこと。

彼は元々、農水省に勤めていたらしく、今は転職して、ベンチャー企業で夢を追いかけているという。こちらが聞かなくても、自分のことをどんどんしゃべってくれる。そんな人だった。

理系の話ならまあまあついていけるので、話が盛り上がった。彼はそれに驚いたようで、でも話が通じるのが楽しかったみたいで。私が最後のアイスを食べているときに、こう聞いてきた。

「ねえ、もしかして、君も、国家公務員レベルの人なんじゃないの?」

「レベルの人」ってなんだよ。
ピンッと、私の違和感キャッチャーが反応する。

「いえ、私はAV女優です」

とは言わなかった。ただ、彼のその一言がいけすかなかったので、ちょっとからかいたくなった。

「察しがいいですね──」

アイスを食べていたスプーンを静かに置き、ふきんで口元を拭う。指を組み前屈みになり、視線を落として言った。

「でもこれ以上踏み込むと、あなたも私も明日には戸籍が消され、末代にまで影響が及びます」

これ以上聞くな、というつもりだった。牽制のつもりで、軽く飛躍してみせたのだ。「浜松と大阪」の時と同じ回路で。

でも彼には一世一代の告白にでも聞こえたのだろうか。

「君とならいいよ」

少女漫画ばりに私の肩を掴んで、ぐいっと顔を寄せてきた。

「僕、内情は結構知ってるから、なんでも話して」

彼の目は、捨てられた仔犬でも見るように、とろんと垂れている。「キツイこととかあるよね」、「悩みの相談に乗るよ」と。

触られている肩から首の筋肉が硬直する。行動は少女漫画だが、顔はキラキラ爽やか系ではない。どちらかというと、ウーパールーパーのような点と線で書ける顔だ。まあある意味、漫画的な顔だが。

え、なにこれ。
芝居に芝居で被せてこられた?!

そう思うが、彼は芝居ではなく、本気だったようで。そのあとは自分が知っている、国家公務員の内情とやらを色々話してきた。

さすが東京。参りました。ここまでキザなことを、素でできる人間は、逆に関西にはいないだろう。


夜10時半になり、店員に「ラストオーダーの時間です」と言われた。それを機に、私たちは店を出た。

雨の降る新宿・歌舞伎町。早く彼から離れたい思いで、駅に向かった。お互い傘をさして。

「人が多いから、僕の傘に入りなよ」

彼は言う。残念ながら入りたくない。「ドラクエ方式で歩きましょ」といなす。しかし彼にはこの意味が伝わらなかったみたいで、傘を畳んで、私の傘に入ってきた。

あまりの図々しさに言葉を失う。彼は傘を取り上げ、私の空いた手を自分の腕に絡ませた。結構、本気で気色悪くなってきた。手は強く拳を握りすぎて、爪が食い込んで痛かった。

「ねえ」
彼が言った。

「もうちょっとゆっくりしない?」
視線の先にはホテル街が見える。

言葉の意味を理解した瞬間、腹が立った。

「あほちゃう」

口から出たというか、脊髄から反射的に言葉が出てきた。ひとつ堰を切ってしまうと、あとは早い。これまでできるだけ標準語で丁寧な言葉を心がけていたのに、我慢していた関西弁が、一気に解禁された。

「ご飯おごったくらいで、ホテルいけると思いなや」

そう吐き捨て、一人で駅に向かった。私を安く見積もるなという負けん気が発動した瞬間だった。

彼がどんな顔をしていたかなんて分からない。ビンタをくわらせたような踵の返し方をしてしまったから。黙々と「JR 新宿駅」と光る文字看板を目指し歩く。コツコツと自分のヒールが地面を打つ速度が速くなる。傘の縁がすれ違う人とぶつかって、右に左にくるくる回る。わざわざメイクをして服も選んで、新宿まで来た自分が馬鹿馬鹿しい。この話、絶対いつか書いたるねん、と思い、流れてくる電車に乗り込んだ。

帰りの電車の中、一つ乗り換えをしたくらいで冷静になってきた。そして考えた。関西人の私が培ってきた負けん気は、自分を守るのには、たしかに役に立つのかもしれない。

でも・・・・・・

おろしている髪の毛先を人差し指でくるくるといじる。雨の湿気のせいで、いつもよりシャンプーの匂いがする。甘い石鹸の匂いを吸い込んで、ひとつため息を吐く。

私、あんまり可愛くはなかったな。

負けん気は、強すぎるとモテない。
もちろん彼とその後、会うことはなかった。


この話を書いていて、思い出すことがあった。私の「負けん気」で失敗した話。当時は笑えなかったけれど、今なら笑い話なので、次の話で書くことにする。

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