ねじまきコンシェルジュ
そらは6才。青井小学校の1年生です。
今、とっても悩んでいます。
だって今日の宿題は、お家のお手伝いをすることなのです。
「う〜ん。何をすればいいのかなぁ」
思いつかないうちに家の前に着いてしまいました。
「お母さんただいまぁ」
そらくんは玄関の扉を開けると大きな声で言いました。
「おかえり、そら」
台所の入り口からお母さんが顔を出しました。
家の中は、なんだかあまくてとってもいいにおいがします。
においにつられて台所の中に入ろうとするとお母さんが
「先に手を洗って、うがいもしてきて下さいね」と先生みたいな言い方をしました。
腰に手を当てているお母さんはこわいのです。
そらくんは「は〜い」と返事をしました。
そらくんが再び台所に行くと、テーブルの上にできたてほやほやのホットケーキがありました。
とってもいいにおいがします。
「洗い物の片づけが終わったらいっしょに食べようね」
お母さんは食器をふきながら言いました。
そうだ!そらくんはひらめきました。
「ぼくも手つだう!」
「じゃあ、食器しまってくれるかな?」
「うん」
そらくんは1つ、2つと、お皿を食器だなにしまっていきます。
宿題ができてよかったなと思いながら、3つめのカップをつかんでしまおうとしたその時です。
「あっ」
ガッシャーン。
手からすべり落ちたコップは、大きな音をたてて割れてしまいました。
お母さんはそらくんに駆け寄ると
「だいじょうぶ?ケガしてない?」と声をかけました。
そして、割れてしまったコップに目をやると悲しそうな顔をしました。
だって、それは、お母さんの大切なコップだったからです。お母さんのお母さん(そらくんのおばあちゃん)からゆずってもらったお気に入りで、エメラルドグリーンって色なのよって教えてくれたコップ。
それをそらくんは壊してしまったのです。
どうしよう…どうしよう…どうしよう…。
どうしようで頭がいっぱいになりました。
しゃがみ込んでコップのかけらを見つめているお母さんを見ていられなくて、そらくんは家の外に飛び出してしまいました。
どれだけ走ったでしょう。
気がつくと、となり町まで来ていました。
うろうろと歩いていると、目の前にレンガ色の屋根の建物が見えてきました。
それは、ちよっと変わっていました。
扉の両側に植木鉢が置いてあり、そこからのびた植物が壁の半分をおおっています。
そして、『ネジ巻き』が扉や窓、壁のあちらこちらにぶら下がっているのです。
小さいものから大きなもの、色々な形のものがゆらゆら揺れています。
扉を見上げると『ねじまきや』と書かれた看板がぶら下がっていました。
どうやらここはお店のようです。
そらくんは扉の窓から中をのぞいてみました。
お店には古そうな人形やぬいぐるみがあります。
「おもちゃ屋さんかなぁ?」
そらくんはなんだかとっても入ってみたくなり、『ネジ巻き』の形をしている取手をつかむと扉を開けました。
カランカラン。
扉の上に付いていたベルが店内に響きわたります。
そらくんはそおっと中に入りました。
『ねじまきや』の店内は、さっき見た人形やぬいぐるみの他に時計や箱のような物がたくさん並んでいました。
そらくんはぐるりとまわりを見回すと、レジの横の置き物に目を止めました。
丸い台座の上にはネコとカエルがいます。
右側には黒いスーツを着た黒ネコが、立ったままうつむいて目を閉じています。
その前にはテーブルがあり、小さな箱と紙とペンがのっています。
左側には5匹のカエルがいます。
1匹は指揮棒を持って立っていて、その周りを囲むように4匹が座っています。
5匹ともおそろいの赤いリボンをしています。
「いらっしゃいませ。お客さま、そちらが気に入りましたか?」
いつの間にか、そらの横には白い髪のおじいさんが立っていました。この店の店主でしょうか。
「あ、ぼく…」
そらくんはびっくりして、どぎまぎしてしまいました。
「動かしてみますか?」
おじいさんはネジ巻きを差し出すとにっこりほほえみました。
「これ、動くの?」
「ええ」
「見てみたい!」
「どうぞ」
おじいさんの手からネジ巻きを受け取ると、台座の右横にネジ巻きを差し込みました。
カチッという音がしてから、いち、にい、さん、とゆっくりネジ巻きを回します。
すると、どうでしょう。
カタカタッと音がしたかと思うと、立っていたカエルが指揮棒をふり始め、座っていたカエルが歌いだしたのです。
ねーじまき コンシェルジュ
ねーじまき コンシェルジュ
ねじ ねじ ねじ ねじ
そろそろおめざめ コンシェルジュ
歌い終わると、黒ネコが顔を上げてゆっくりと目を開けました。
ネコの瞳ははちみつ色にかがやいています。
「いらっしゃいませ」
ネコはそらくんを見ると丁寧におじぎをしました。
そして、胸のポケットから小さな紙を取り出すと、両手で差し出しました。
「わたくし、こういう者でございます」
そこには
あなたのおなやみお聞きします。
〜ねじまきコンシェルジュ〜
と書いてありました。
「わたくしでよろしければ、お話をお聞きしてもよろしいでしょうか」
ネコは右手を左胸に当てて、じっとそらくんを見つめました。
コンシェルジュの声はとても穏やかだったので、そらくんの不安な気持ちは消えていきました。
なんだか話せそうな気がします。
「あのね…」とそらくんは話し出しました。
おてつだいの宿題が出たこと。
食器をしまうおてつだいをしてコップを割ってしまったこと。
そのコップは、お母さんの大切にしていたものだったこと。
悲しそうなお母さんを見て、どうしていいか分からなくなって家を飛び出してきたこと。
そして、まだ、ちゃんとあやまっていないこと。
つっかえつっかえ話をしました。
気がつくとそらくんは泣いていました。
コンシェルジュはときおり「ええ」「はい」とうなずきながら静かにそらくんの話を聞いていました。
「そうでしたか。それはつらい思いをされましたね」
はちみつ色の瞳がゆれています。
「ぼく、お母さんにあやまらなきゃ。ちゃんと、言えるかな…」
コンシェルジュはそらくんを見てふっと笑うと、右の手のひらをテーブルの上の小さな箱に向けました。
「そら様、どうぞこちらの箱をお開け下さい」
細工のきれいな飴色の箱を見つめると、コンシェルジュがそらくんの名前を知っていることも不思議と気になりませんでした。
ゆっくりとふたを開けるとそこには、黒いビー玉が1つ入っていました。
それを指でそおっとつまんで手のひらにのせると…
なんということでしょう。
黒いビー玉はあっという間にほのお色に変わっていきました。
「わあ、きれいだなぁ」
そらくんは、ビー玉の中でゆらゆらゆれるほのおに見とれてしまいました。
「これは、“ゆうきだま”です」
「ゆうきだま?」
コンシェルジュは深くうなずきました。
「今、そら様が一番欲しいと願っているものです。そして、ビー玉の中の色は願いの強さを表しています」
そらくんは“ゆうきだま”を見つめました。
「これを持って、お気持ちをお伝えしてみて下さい。きっと、思いは伝わるでしょう」
そらくんはビー玉をぎゅっとにぎると、その手で涙をふきました。
「ありがとう。ぼく、ちゃんとあやまってくるよ」
コンシェルジュはにっこりとほほえみました。
そして、「いってらっしゃいませ」と丁寧におじきをしました。
“ねじまきや”を出て家に戻ると、そらくんは台所の入り口からそっと中をのぞきました。
お母さんが椅子に座っています。
テーブルの上には割れたカップが置いてありました。
そらくんがゆっくり台所に入ると
「そら!どこに行ってたの!」
お母さんが椅子から立ち上がりました。
そらくんは何も言えません。うつむいて両手をぎゅっとにぎりました。
すると、左手の中の“ゆうきだま”からあたたかい力が伝わってきました。
『きっと、思いは伝わるでしょう』
コンシェルジュの声が聞こえてくるようでした。
勇気を出して顔を上げると
「お母さん、コップを割ってごめんなさい」
頭がかーっとなって心臓がどきどきします。
ほっぺたも真っ赤です。
お母さんはそらくんの前にしゃがみこんで、じっと目を見つめると
「これからは気をつけてね。また、おてつだい、お願いしてもいいかな?」と優しい声で言いました。
「うん」
泣きそうになるのをぐっとこらえてそらくんは返事をしました。
「おなか、すいたでしょう。おやつ食べようか」
「うん」
お母さんはホットケーキをレンジに入れた後、コップを2つ持ってきました。
1つはそらくんの空色のコップ。もう1つは、そらくんが学校で作って母の日にプレゼントしたものです。
お母さんの好きなお花をたくさんかきました。
「大切なコップが割れちゃったのは悲しいけれど、コップの思い出はここにちゃあんと残ってるからね」と胸に手をあてて言いました。
「それに、そらからもらったこのコップもすごく大切なものなんだよ」
コップを嬉しそうに両手で包みこみます。
そらくんはくすぐったい気持ちになりました。
ピピピッ。
レンジの音が聞こえてきました。
どうやらホットケーキがあたたまったようです。
「さあ、手を洗って…」
お母さんが言うとそのあとをひきついで
「うがいをして、ホットケーキ食べる!」
そらくんが手をあげていいました。
お母さんは笑っています。
「いただきます」
二人の声が重なります。
お母さんはコップに牛乳を入れながら
「そら、今までどこにいってたの?」とたずねました。
「えーっと、となり町の…」
そこまで話すとそらくんは首をかしげました。
いくら考えても思い出せないのです。
「うーんと、どこだったかなぁ」
もう『ねじまきや』もコンシェルジュのことも覚えていません。“ゆうきだま”もそらくんの手の中からすっかり消えていました。
「なぁに、それ。へんなの」
お母さんはふふっと笑いました。
そらくんはお母さんが笑ってくれて嬉しくなりました。
ふわふわのホットケーキでおなかも心もぽかぼかです。
あまいかおりが部屋を包みこんでいます。
窓からさす光はやさしいはちみつ色をしていました。
おしまい。
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