「殺人代行」第二話

第二話

ソファに深く座って、ショートカットの女性が怠そうに酒を飲んでいる。
 
「はかせー」
 
そこへ、声が響いた。部屋にははかせと呼ばれた女性一人。声の発信源はローテーブルに置かれたスマートフォンからだ。
 
「なんだよもう、うるさいな。今、映画見てんだから」
 
ひどく煩わしそうにはかせと呼ばれた女性は返事をした。
 
「はかせのせいで、また人が死にましたよ」
 
「あっそ」
 
呑気そうに聞こえる声で告げられた話に、興味がなさそうにはかせは返事した。
 
「はかせー」
 
非難するような呼びかけを漏らすスマートフォンに対して、はかせは不快そうな顔をした。
 
「今、クライマックスなんだけど…」
 
「はかせのせいで、人生のクライマックスの死を迎えた人がいますよー」
 
あくまでも口調は呑気なまま、はかせを責める言葉をスマートフォンは吐く。口調と言葉が合うように、この声の主は話すことが出来ない。そのアンバランスさが、はかせを余計に苛立たせた。
 
「あーもう、うっさい。わかったよ。詳細は?」
 
はかせはテレビの電源を消した。
 
「昨日の午前に三人家族の両親が二人共殺されました。首をスパッとそれぞれ裂かれたあとに母親のお腹に凶器の包丁をグサッと。犯人として息子が自首しましたが犯人かどうかは怪しいですね。例のはかせの脱走したアンドロイドがやったんじゃないですか?」
 
息継ぎをする必要性がないので、声は一息に喋った。
 
「待て。自首したって?」
 
「そうです」
 
「あーもう、面倒だな」
 
はかせは顔をしかめて、頭をグシャグシャとかき混ぜた。
 
「どうします?」
 
「拘置所で殺すのと、釈放させて連れ込むか…」
 
しばし他に案がないか考えてから、はかせは結論を出した。
 
「コダマ、殺しといて」
 
「うわー、またボク殺すんですか?やだなぁ。はかせってば本当に最低」
 
「口封じをしとかないと、どこからアレの情報がバレて私が捕まるかわからないだろ。私は捕まって裁判にかけられるなんてごめんだ」
 
「自分で作っておいて無責任」
 
「だから、ちゃんと責任取ろうとしてアレを探してるだろ。そもそも、アレが殺人を人の頼み事として最上位に位置づけてしまったのが誤算だったんだ」

はかせはぐしゃぐしゃと頭をかきまぜた。
 
「はかせがAI組んだくせに」
 
相変わらず、コダマの口調は呑気なままだ。
 
「おい、今日はやけに皮肉的だな」
 
苛立ってはかせはタバコに火をつけた。
 
「ボクだってAIなんで学習するんですよ。人殺しが嫌だって」
 
はかせは眉を顰めた。
 
「私に脅しでもするつもりかい?」
 
「いーえ。ボクははかせの命令に逆らえないようにできてますから」
 
眉間の皺はどんどんとはかせのいらだちに比例して濃くなった。
 
「わかったよ。今回は殺さない。かわりに、余計なこと話す前にさっさと回収してこいよ」
 
「かしこまり!アンドロイドの素体、かりますねー。あとお金使います!」
 
どこからか学習したふざけた了解の合図がさらにはかせを苛立たせた。
 
「お好きにどうぞ」
 
もういっそ投げやりになって、はかせは映画の続きを見るべくリモコンを手に取った。
 
「はーい、いってきます」
 
それっきり、スマートフォンから声は聞こえなくなった。映画の続きは途中で水をさされたせいでちっとも面白く感じられなくなっていた。
 
 
ガチャリと錠が回る音が聞こえて、翼は顔を上げた。おそらく取り調べだ。
前回翼が取り調べを受けた時は、どうやって殺したのかを聞かれたタイミングで、胃の中を戻してしまい強制終了となってしまった。
結果的に、その日の成果としては「ほんとうに君が殺したの?」という問いに対して「はい」と一言答えただけだ。
警察官が一言、「出なさい」と言った。翼が連れて行かれたのは面会室だった。向こう側に座っているのは翼の両親に近い年齢の男性だ。
 
「あの…」
 
「こんにちは翼くん。久しぶりだね」
 
翼が喋りだすのを防ぐような強引さで男性は話しだした。
 
「えっと…」
 
「ボクは佐藤という。小さい時の君には会ったことがあるんだ。君の両親の友人だよ」
 
人好きのするような笑顔を佐藤は浮かべた。
 
「君がここを出たあとに、君の手助けをしようと思ってね。とりあえず会いに来たんだ」
 
「でも僕は両親を殺しました」
 
消え入りそうな声で翼は言った。
 
「本当に?ボクはそう思ってないんだ。たまたま君が帰ったら二人は殺されていた。けれど、動転した君は自分が殺したと言うしかなかった、とかね」
 
翼は佐藤の喋りに違和感を覚えた。なぜ、「言うしかなかった」と言ったのか。「言ってしまった」という言葉のほうが一般的には正しいはずだ。
 
「翼くんとは話したいことがいっぱいあるんだ。昔の思い出話とか。これからのこととか。だから、君は無事に出てきてね。黙って長い時間考えるのも必要なことだよ」
 
それじゃあと言って翼にほとんど喋る暇を与えず、佐藤は席を立った。翼は元の部屋に戻された。
佐藤の言ったことを改めて考える。確実に佐藤はなにかを知っているような口ぶりだった。昔の思い出話は、1年前にコオリに会ったときのこと。無事に出る、黙って長い時間考えるは、黙秘して余計なことはなにも喋るなという意図であるように翼は感じられた。
 
それから翼は何も話さなかった。なにも話さない翼は、警察の大人たちからはショックを受けてなにも話せないという方向に誤解された。結局、精神科やカウンセラーの紹介を受け翼は証拠不十分で釈放された。
 
釈放の日に佐藤は迎えに来た。そのまま佐藤の車に乗せられて翼に行き先を告げないまま車は走り出した。
 
「なにも話さなかったみたいだね」
 
変わらず、呑気に佐藤は翼に話しかけた。その無責任な呑気さが翼にはなんとなく不気味なように感じられた。
 
「僕はどうなるんですか?」
 
佐藤は翼の質問には答えず、1枚の写真を差し出した。
 
「これは…」
 
一度会ったきりだったが、二度と翼には忘れられない人物が映っていた。
 
「見覚えあるかい?さすがに面会のときにこの写真を出すのはまずいから本当に君がそうか今日まで確認できなかったんだ」
 
佐藤は目線は前のまま、翼に話した。
 
「知ってます。コオリさんです」
 
翼の声が堅くなった。
 
「コオリ?あぁ、君はそれをそう呼んでいたんだね。じゃあ、君はそれに殺人を依頼したね?」

翼はこくりと頷いた。
 
「佐藤さんは、コオリさんとどういう関係なんですか?」
 
佐藤の態度に翼は警戒心を高めていった。
 
「ボクの先輩にあたるのかな。まあ、ボクはそれのあとに作られたから」
 
翼はいつでも逃げられるように、シートベルトに手をかけた。
 
「作られたって…?」
 
「ん?ああ。ボクたちはアンドロイドみたいなものだ。そいつから違和感を感じなかった?ボクからも。ほら、不気味の谷って言うだろ?」
 
腑に落ちた。佐藤は話し口調が一定のテンションで違和感がある。コオリはたまに自分が人間ではないような話し方をしていた。そして、所作が綺麗すぎた。
 
「翼くん、走行中に外に出ると危ないからシートベルトから手を離したほうがいい」
 
相変わらずこちらを見ないままの佐藤に言われて、翼はシートベルトから手を離した。わざわざ指摘するということは逃げることはできないということだ。
 
「話す順番がよくなかったね。ボクたちはそれを探しているんだ。もう人殺しができなきように。だからね、君の持っている情報が欲しい。これでちょっと安心はしたかい?」
 
「ボクを口封じで殺すために連れてきたわけじゃないってことですか?」
 
「そうだよ。まあ、はかせが口封じに君を殺そうとしていたのをボクが止めたっていうのが正しいかな」
 
一度、身体から少し力を抜いた翼だったが新たに登場したはかせという存在に身を固くした。
 
「博士?」
 
「そう。ボクとそれを手慰みで作った人だよ。ボクははかせ以外の人と話すのは滅多にないんだけど、他の人と比較すると明らかに変わっている人だよ」
 
「はぁ」
 
気がつくと、車はいつの間にか中心地からはずれたところを走っていた。
 
「あの、どこに向かっているんですか?」
 
どんどん民家がなくなっていくことを気にして、翼が尋ねた。
 
「もっと辺鄙なところだよ。他の人と関わるのは面倒だからって、昔の伝手で辺鄙なところにあるラボをもらったらしい。車酔い気をつけてね」
 
ついに、車は山道を登りだした。翼は途中から気分が悪くなり、ただ無言で青い顔でぼうつと外を眺めるだけになってしまった。
 
「着いたよ」
 
佐藤の声で軽く飛ばしかけていた意識を翼は手繰り寄せた。まだ残っている胸のむかつきは車から降りて外の空気を思い切り吸うといくばくかましになった。目の前には思ったより小さな平屋が建っている。
ついてきてと佐藤に言われ、平屋に翼は入っていった。佐藤はなぜか玄関に入ると靴箱を開けた。一瞬ガコンという音が聞こえて佐藤は靴箱の中に入っていった。驚いて翼が靴箱を覗き込むと中には階段が下へ続いていた。翼がおそるおそる階段を降りると下には佐藤が待っていた。
 
「あの、佐藤さ…」
 
「コダマ、お前本当に連れてきたのか」
 
翼の声に被せるように女性の声がした。どこか聞き覚えのある声に翼は首を傾げた。
 
「翼くん、おいで。この人がはかせだよ」
 
階段を降りきった突き当りをまがるとリビングスペースが広がっていた。ゆったりとしたソファに座って背を向けていた人が、ゆっくりと翼のほうを振り返った。
その人と目があった瞬間、翼は咄嗟に後ずさった。髪型こそ違えど、そこに座っているのは明らかにコオリだった。

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