「干支憑」第二話

「…眠い」

カーテンの隙間から差す微かな光で自然と目が覚めた。時計を見ると1月2日午前6時。一人暮らしをしている格安家賃のこの家は断熱性が壊滅的に悪く、酷いときは室内で白い息が出る。
子どもの頃からの友人である鈴と初売りに行く約束までかなり時間がある。寝るときに切った暖房の電源をつけて部屋が暖まるまで布団にくるまる。ぼうっと昨日のこと、亥と会ったことを思い出した。

「強く当たりすぎたかな…」

どうしても子であろうとすると、きつい態度になってしまう。それに、もともと年下の相手をするのは苦手だ。

「鈴に相談しよ」

多少は室温が上がったので、欠伸を噛み殺して私は布団からでた。眠気を覚ますために珈琲を淹れ、のんびりと身支度をする。身支度を終え、ぼんやりと新年の番組をテレビでつけていたらいつの間にか家を出る時間になっていた。なんとなく誰もいない部屋に「いってきます」と声をかけ、私は家を出た。

待ち合わせの駅に着くと、既に鈴は待ち合わせ場所に立っていた。
「鈴!」

声をかけてから、小走りで駆け寄る。

「あけましておめでとう、麗奈」

「あけましておめでとうございます」

二人で頭を軽く下げてふっと笑う。

「亥は、会えたの?」

「うん、無事にね」

鈴は干支の神と関わりがあるわけではない。けれど、昔からの唯一の友達である鈴には全て話してしまっている。
12歳になったとき、私の中にも神が入った。悩みを相談できる相手もおらず、ずっと悩んでいたところ鈴に心配されて全て打ち明けてしまったのだ。
二人で駅の改札に向かって歩き始めると、改札の向こうに見覚えのある人物が視界に入った。

「あ…れ…?あのこ…」

「どうしたの?」

小さな声で呟いたつもりだったのに、鈴の耳には届いたようだ。

「亥、だ」

「へぇ、あのこが。やっぱり12歳は若いというか、子供だね。なんか、かわいい。でも、思っていたより普通なんだね」

さすがに興味があるようで、向こうに気づかれていないのをいいことにじっくり観察している。

「あっはは、そうだね。私だって普通だしさ、案外そういうもんだよ」

返しに困ってから笑いをすると、麗奈は子供得意じゃないもんねと笑われた。

「でもね、麗奈は自分が思っているより普通じゃないよ」

「え?」

「なんだか人の目を惹くんだよ麗奈は」

「そう・・・?」

思いがけない親友の言葉に戸惑う。

「そう。私のクラスで中学のときとか麗奈に話しかけてみたいけど緊張して話しかけられないって言ってる話けっこう聞いたよ」

悪目立ちって意味じゃないから気にするなよと言って鈴は私の背中をバンッと叩いた。

「でも、亥のいる場所が近いならいいんじゃない?新入りだしなにかあったら守ってあげられるし。今まで誰も近くにいなかったんでしょ?」

少し私の表情が曇ったのを気にしてか、鈴は話題を変えて明るい声を出した。

「そう…ね。といっても、私まだ猫憑にあったことないけど」

さらに顔を曇らせると、もしかしたら今回はなにもないのかもと鈴は私を安心させるように言った。

「さあさ、初売り行こ!戦おう!」

ちょうど、ホームに電車が到着して干支の話はそれっきりになった。


鈴とは夕飯を食べて解散した。さすがに人ごみに疲れてぐっすり眠っていると、突然起こされた。正確には誰かが呼んでいるのを感じた。
咄嗟に時計を見ると午前2時。

「誰が呼んだの…?」

さすがに寝間着の状態で行くのはどうかと思い、慌てて気がえて目を覚ますために顔を洗う。そして、近くの神社へ行き、境内の前で三度手を合わせた。いつも通り、身体がすこし引っ張られる感覚がしてからあの場所に着いた。

「戌?」

まず、視界に入ったのは踞っている戌と傍にいる申。申は寝起きのまま来たようでスウェット姿で戌の側に寄り添ってる。
私が来たことに申が気づいた。口パクで「どうした?」と訊ねたが、申は首を振っただけだった。そうこうしているうちに、他のメンバーもどんどん集まっていく。時間にルーズな酉も、さすがに今回はすぐに来た。深夜に呼び出されるなんて初めてのことだからだ。

「戌、なにがあったか言えるか?」

まだ亥は来てないものの、他のメンバーは集まったため戌が一番懐いている未が聞いた。

「亥…が、死んだ」

下を向き震えながら、戌は掠れた声でやっと吐き出した。全員が衝撃で身じろぎもしなかったせいで時間が止まったかと錯覚するほどだった。頭の冷静な部分が、だから亥はここにいないのかと納得していた。

「は?」

なにか喋らなければと思って咄嗟に漏れた声がそれだった。なんて言った?だって、さっき駅で見かけた…。

「…なんで、死んだと思った?」

未は、あくまでも静かに取り乱さずに尋ねる。けれど、わずかに声は上擦っている。

「オレは、一度匂いを覚えたらどこにいてもその匂いを認識できる。どんなに遠くても。オレこの前、亥に初めて会ったとき匂いを覚えておいたんだ。もし、近くに住んでいたら嬉しいなって思って」

そこで、戌は言葉を切った。口元が震えている。

「…さっきね、亥は、どこにいるんだろうって思って匂いを嗅いでみたら血の匂いがした…」

誰かがヒュッと息を呑んだ音が静寂の中で目立った。

「少しだけ、怪我をしたってことはないのか?」

本人ですらも意味がないと思っているだろう質問を未がした。

「違う!明らかに血の匂いが、尋常なく濃かった。過去の記憶で知った、死の匂いを嗅いだときのそれだ!それに、なによりここに亥が来ていないじゃん…!」

誰も何も言えなかった。戌の声を殺した泣き声だけが響く。どれだけ時間が経ったかわからない。戌のしゃくりあげる声が小さくなったところで、寅が近寄っていった。

「戌、今日はもう帰りなさい」

そう言われて、戌はノロノロと立ち上がり自分の椅子の下まで行って元の世界へ帰っていった。寅は、戌が帰ったのを見届けてから私の方を振り返った。

「どうします?」

口の中が乾くのをひどく感じた。慎重に言葉を選ばなければならない。唇をなめる。

「まず、私たちが気にするべきなのは亥は何故死んだのか?」

「そうだね。猫に殺されたのか、たまたまなのかのどちらかで状況がかなり変わる」

間髪いれずに、私に丑が同意した。

「そもそも、猫が殺したとしたらいったいどこから情報が?正直、一昨日に合流した亥を見つけるのは難しいと思う。最初の方からいた私たちならともかく」

私がそう言うと、みんな困ったように黙ってしまった。

「ねえ、今まではここでしか連絡をとっていなかったけどやっぱりオンラインで連絡取れたほうがいいと思う。チャットルーム建てよう。先代たちの頃はそもそも、ネットワークが発達してなかったから連絡をとっていなかっただけでしょ?」

亥とは面識のない酉がそう言うと、「そうだな」と午が同意した。その時点で「まずい」と思った。いつも軽いノリの申の様子が明らかにおかしい。ギュッと固く手を握りしめている。

「ねぇ!なんでみんなそんな平気に話を進めているの!?亥が死んだんだよ。そりゃ、まだ仲良くなる前だったけどこんなに淡々と進めるのおかしい」

予感は的中し、珍しくずっと黙っていた申が耐えきれないように叫んだ。

「申…待って!」

丑が止める間もなく、申は消えてしまった。

「申は優しいねぇ」

巳が茶化すように言った。巳は苦手だ。巳の神憑である彼は、巳の神の不老不死の力の影響で唯一代替わりがなかなか起こらない神だ。今の巳になってからどのくらい経つのかわからないが、得体が知れない。

「ちょっと巳…!その言い方は」

「自分たちが優しくないように聞こえてイヤかい?まあ、酉は亥に会ったことないから一番なにも思わないかねぇ」

反射的に噛みついた酉に容赦なく巳は言葉を叩きつける。

「論点、変わってる」

辟易したように、ずっと黙っていた卯がポツリと呟いた。

「そうだな、話を戻そう」

今までにはなかったくらいに、私たちはギクシャクと話し合って結局何も進展せず互いのチャットIDだけ交換して別れた。

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