「殺人代行」第三話
第三話
「佐藤さん、騙したんですか…?」
佐藤は階段の傍にいるため、翼は逃げられないことを悟った。
「おい、それは佐藤じゃなくてコダマだ」
コオリは翼の反応など我観せずといった様子だ。
「おい、教えてないのか?」
「最近ボク、サプライズっていう概念を学んだんですよ。なので、サプライズを翼くんにしてみようかと。ただ、あんまり喜んでないようですね」
「ふっ、悪趣味だね」
コオリの言葉尻には隠しきれない笑いが滲み出ていた。
「はかせが笑ったってことはサプライズ成功ですか?」
「まあ、驚くって意味では成功なんじゃないか?」
翼は会話についていけず、おいてけぼりを食らったまま呆然としている。
「コダマ、説明」
はかせはまた前を向いて翼からは顔が見えなくなった。
「はーい。じゃあ最初にサプライズの種明かし。はかせは翼くんが言うところのコオリではないよ。顔がそっくりなのはね、はかせが自分の代わりができるようにコオリを作ったから」
「代わり…?」
「はかせはね、人間嫌いなんだ」
脈絡もないことを突然言われて、翼はポカンとした。
「はあ」
道中に、翼はあまり人が立ち寄らなさそうだなと思ったことを思い出した。
「だから、はかせは自分の代わりをいろいろやってもらおうと思ってあれを作ったんだ。それがちょっとした手違いて殺人マシンに…」
「ちょっとした手違いで済まされるものですか!?そもそもなんであなたはそんなに呑気な口ぶりで喋ってるんですか?」
なんでもないことのように話すコダマに、翼は声を荒げた。
「ボクだって呑気に話したいわけじゃないよ。けど、はかせが一生呑気に喋ってろってボクに言った命令を実行してるだけなんだ。一生って言われたことの上書きはできないからボクはずっとこんな口調のまま。はかせも我ながら口調をキャンセルできないことに苛立ってる」
ため息をつくことはできるらしく、コダマははぁとわざとらしく息をはきだした。
「まさか、コオリさんも博士が…」
「そ。はかせがなにも考えずに発した言葉のせいで殺人マシンになって、止める間もなくいなくなっちゃった」
コダマが自分の話をしているにも関わらず、我感せずといった調子ではかせはタバコに火をつけた。
「なんでそんなことを!」
とっさに翼ははかせのほうにズカズカと近づいて食ってかかった。手違いで人を殺すなんてあってはならないと翼は自分のことを棚に上げて憤った。
はかせは気だるげに顔を上げて、初めて翼の顔を真っ直ぐ見た。
「そっくりそのままかえそう。両親を殺すことを依頼する。なんでそんなことを?」
翼はぐっと言葉に詰まった。
「私が本意ではなくうっかり口を滑らせたことに対して、やり方がどうであったかは知らんが君は両親をたしかに殺そうとして依頼したのでは?不明瞭な殺意と明確な殺意とどちらが悪い?そもそも、世の中に…」
へその曲がったようなはかせの言い分に、翼は何一つ反論できず言葉に詰まった。翼にはかせはタバコの煙を吹きかけながら言った。
「はかせ!」
目に涙を浮かべ始めた翼を認識してコダマが遮った。
「そもそもはかせがボクたちを使うのが下手くそだから、余計なことを優先して動いちゃってるんですよ」
ふんっと不機嫌そうに鼻で笑ってから、悪かったよと見かけの謝罪をしてはかせはあっさりと矛先を収めた。
「まったく、私がやること言うことが不満ならその翼とやらの言うことを聞いてろ」
はかせはまた、タバコを一本箱から出して火をつけた。
「はーい」
コダマはその命令に返事をした。命令されたので返事をした。
「あ」
タバコを咥えようとして口元に持っていったまま、はかせはしまったというような顔をした。
「だから、はかせはボクたちを使うのが下手なんですよ」
相変わらず、場に不釣り合いなくらいに明るいコダマの言動の理由に翼だけがついていけてなかった。
「あの?」
はかせはまだ吸ってないタバコをジュッと手で握りつぶした。
「要するにだ。コダマの命令権は翼、お前に移った」
翼がコダマの方を向くとこくこくと頷いている。腑に落ちていない様子の翼にコダマが説明を始めた。
「翼とやらの言うことを聞いてろっていうはかせの命令をボクは実行しなければならない。でもこの命令をボクが実行する限り、もうはかせの命令を実行できないってことだね」
苛立ったようにはかせはもう一度タバコに火をつけた。
「ええと、じゃあコダマ。博士の命令も実行して。これで大丈夫ですか?」
「だいじょーぶです」
コダマは翼の命令を受け付けた。
「大丈夫だが、どうして完全に私に命令権をすべて渡さなかった?」
はかせはタバコの火を翼のほうへ向けた。
「はかせは最初に僕を殺そうとしていたので、コダマの命令権をはかせだけに戻さないほうが、次にはかせが僕を殺そうとしたときに…」
「ふうん、なんでみなまで言うかねぇ」
はかせは翼の言葉を遮ってしばらく考えるようにくゆるタバコの煙を眺めた。
「コダマ、私よりもお前がこいつと話しているが正しい喋り方をするか?」
「そうですね。はかせよりは正しくAIに命令できるかと…あたっ!」
はかせがクッションを腹いせのようにコダマに投げつけた。どうせ痛みなど感じんだろとぼやきながら、はかせは不満げに足を組んだ。
「うん、決めた。翼、お前ここにいていいぞ。用がなくなったら口を割らんようにして放り出そうと思っていたが、使えないわけではないようだしな」
「拒否権ってあるんですか?」
おそるおそる翼ははかせにきいた。
「あるぞ」
その言葉に、翼の顔はパッと明るくなった。
「その場合は、口を割らんようにして放り出す。なにをするか聞きたいか?」
そう言ってはかせはニヤリと笑った。
「いえ、いいです」
拒否権などないではないかと翼は内心でごちた。
「じゃあ決まりだな。さて、改めて自己紹介だ。私ははかせだ。と言っても、君は無礼にも年上の私をさっきから呼び捨てしているが」
「え?でも博士って」
「苗字がはかせだ。誰が好き好んで自称はかせにする?」
気に食わないようにはかせは鼻でわらった。
「はかせ、さん」
そう呼ばれると、はかせは居心地の悪そうな顔をした。
「…やっぱ気持ち悪いからさんづけはやめろ。昔媚を売ってきた嫌な人間を思い出す。敬語もいらんぞ。尊敬していない人間に使う敬語に意味はないからな」
お前は自分を尊敬していないだろうと問いかけるような底意地の悪い目ではかせは翼を見た。
「私はこれまで通り、私のやりたいようにやる。お前も好きなようにやれ。ただし、ここらから無許可で出ること、場所を外部に漏らすこと、勝手に機械を触ることも厳禁だ。ああ、もし私たちに一生見つからず逃げ続ける自信があるのなら出ていってもいいぞ。そればっかりは手に負えん。話は以上。質問は?」
「ない、よ。」
翼は目まぐるしく変わる環境にヘトヘトだった。おまけに、拘置所にいたときもほとんど眠れていない。やっとのことで返事をすると、限界を越えた翼の身体はスイッチが切れたようにその場でへたり込むようにして眠り込んだ。
