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もも

 格子越しに青空が拡がっている。
 儚い猫の鳴き声が漂うように近づいてくる。

① 恋猫姫

「ゴメン。ちょっと用事できて。また今度お願い」見方くんは小さく手を合わせてぺこりと頭を下げると部室の外で待っている友達のところへ小走りに駆けていく。私は彼らの姿が消えたのをちゃんと見届けてからのろのろとアトリエへ向かい、肘掛椅子にゆっくりと体を静めた。商店街のアーケードで買い物をするとお楽しみくじが引けるのだとクラスメートたちが話していた。一等賞はラジオだっけ。きっとみんなで繰り出すのだろう。私も花房さんに誘われたけど断った。「今日先約があって」と頭を下げた。誰だって心の中に優先順位はあるだろう。私は罪悪感でやんわりとそれを隠したけど、世はすべてこともなしのような見方くんの明朗な提示はしみじみと私を傷つける。このまま帰るとどこかで花房さんたちと会ってしまいそうで、罰を受ける子供みたいに美術室に引き返し、膝の上に両手をのせたお行儀のよいポーズでぼんやりと座っている。
 見方くんから絵のモデルを頼まれた時は当惑したけど嬉しかった。でも後から伝わるような形で、彼が知り合いから思いのほか大きなキャンバスを譲り受け、大柄で体格のいい私をモデルに選んだと知った。用意してくれた衣装だって綿のはいったこたつ布団みたいな代物だった。「イメージ、イメージ」と口癖のように告げる。だから和服もきちんと着付けせず羽織るだけでいいし、ポーズだって特定されない。楽な格好で座っていればいい。
「でもね。下描き見たけどふんわりとやさしく収まっていたよ」おかっぱ頭の女の子が云う。キノコみたいに柔らかい曲線で顔の周りを包んでいる。「あんなおっきな横長キャンパスだから、もっと前衛的だったりデフォルメされたりもあったかもしれないのに」
 外からは小さな誹謗の矢を受けて、内からは自信のなさの針でつつく。そんな私の瑕疵を瑕疵のうちに通りすがりの少女が手当する。「イメージ」という言葉が暖かい色合いを帯びてくる。それでも見方くんを前にすればキュッと口を結んでこわばった表情を作ってしまうのだろう。自分の気持が外に漏れないように。静物画のようにひっそりと存在していたいのだ。

 もうみんな帰った頃かしら。ゆっくりとたちあがってカーテンの隙間に手を入れ窓の外を見下ろした。中庭の百葉箱の下にすっぽりと猫がうずくまっている。ベージュにブルーグレーの斑点。表面をこそげる前のお正月の鏡餅のようだ。私は美術室を出て階段を急ぎ足で駆け下りた。そうだ。猫もいっしょに描いてもらおう。あんな広いキャンバスに私だけなんて贅沢だ。身に余る。猫を抱いていたら気持も紛れる。猫ばかり気にしていればいい。絵の名前だって「猫」になるかもしれない。猫がいれば猫になる。そんな絵はいっぱいあるような気がする。
 しゃがんで手を伸ばせば猫は頭をもたげて神妙な顔で私を見て、そうして添えた手に頬をすりよせた。「わが恋は容れられたり」か。こんなところで。そっと抱き上げて今度は静かに階段を上る。見方くんが用意してくれたのがどてらみたいな着物でよかった。この子の柔らかい長毛がくっついても気にならない。
「でもその猫どうするの。ここで飼うの?」外巻の髪型の女の子が云う。朝からこてで巻くのかしら。制服よりもパラソルみたいに拡がったスカートが似合いそう。「美術室では飼えないし、家に一緒に帰ったら学校には連れてこられないし」「だったらビジターさんだね」「ビジター」「うん。通ってもらうの。どっか決まった場所に餌とか置いとけばいいんじゃないかしら」「じゃあ初めて会った場所にしようかな」運命のような云い方をしてしまった。「お弁当の残りとかでいいかしら」「え、ミルクでいいんじゃない」「ミルク」「うん。購買で帰るし」
 彼女の提案に私が知らず知らず構築していた気負いがすうっと解消される。「よかったね」そう云って彼女は猫の喉元に手を添える。柔らかい振動が私の胸に伝わってくる。

 よく晴れた秋の午後も終わろうとしていて、夕焼けの前の山吹色の光が空を覆っている。美術室の入り口に明るい髪色の女の子が佇んでいる。私と目が合うとためらうように部屋に足を踏み入れた。
「あのね、カーテンの隙間の加減かな。頭の上に三角形の光が出来ていてティアラみたいだったの」「ティアラ」「うん。王冠。お姫様みたいで」だから入ってくるのをためらったの。はにかむように笑って行ってしまった。
 あと少しこの肘掛椅子に座っていよう。帰る間際にそっと学帽を被る見方くんを見ているのが好きだ。もう少し寒くなればマントを羽織る姿も見られるだろう。チャコールの陰影が色濃くなっていく部屋で過去と未来の残像を見つめている。

② 理科部の春と秋

 九月の初めの水曜日。学校ごと蒸気に包まれているような暑い午後だったけど、図書室の窓は深緑色の厚いカーテンでぴったり覆われていて、薄暗くひんやりとした空間に身を置くと、季節も時間もどこか別の場所で行われているような感覚になった。私と永美(えいみ)ちゃんはいつものように顧問の里見先生にカウンターから本を出してもらうところだった。待っていると理科部の人たちに声をかけられた。「お願いがあるんだけど」
 里見先生は手ぶらで中から戻ってきて私たちに「行ってきなさい」と促した。

 私は文芸部だ。水曜日の六時限目は「必修クラブ」で、課外クラブと違ってこちらは誰もが所属しなければいけない。私は運動神経が悪く、手先が不器用で、楽器もひけない。文芸部を選んだ理由はほぼほぼ消去法だ。選択肢は他にもいろいろあった。「占い」「手品」「源氏物語を読む」「モーツアルトを聴く」週一時間・一年周期のクラブの項目は教師の趣味で発足されたものもあり、深入りや持続を求められるものでもなく、入学時に渡された色画用紙に印刷された一覧を見ていると、カルチャーセンターの広告を吟味しているような気分にもなった。それでも「図書室で本を読む」という「放置」という言葉に近い説明に魅かれて私は文芸部を選んだ。小学校の頃図書室でよく本を借りた。本が好きだったのだ。
 文芸部の部員は二人だった。そうして一人は二か月で辞めてしまった。私より「文芸部」という響きに対する意識が高かったように思う。物足りなくて辞めたのだ。もしかしたら私のことが物足りなかったのかもしれない。私は語ったり勧めたり視野を広げたり、そういうことをする人じゃなかったから。
 文芸部で私が一人になった時、木曜日のお昼休みにこちらを見てくすくす笑っている人たちに気づいた。「一人クラブ」私はとても鈍感だから、たぶんその人たちは私が気づくまで一生懸命電波を送っていたような気がする。じれったかっただろうな。やっと反応してくれて嬉しかったのかな。それよりも何が可笑しいのかがよくわからない。でもなんとなく悲しい。その行為が。あのくすくす笑いに名前があればいいのにと思う。寒い日お布団の中に猫が入ってきて暖かい私の足に冷たい鼻の先をくっつけた時だって「くすくす」笑う。でもあの「くすくす」は全く別のものだ。明らかに意地悪なんだから「いじわら」なんてどうだろう。悪意を持った行為として名付けられたら、それを恥じて少しは押しとどめらるかもしれない。でもきっとたぶんだめなんだろうな。その言葉は変な風に応用されて結局誰かを傷つけるのだろう。たとえば誰かが何かひどいことをしているときに、何も云えず黙って見ていた子に、「今笑ったでしょ。いじわら。私いじわらされた」なんて暴力的な使われ方をされちゃったりするんだろう。ネガティブなことに命名をするのはやめよう。とりあえず一人になっても文芸部が持続するなら何の支障もなかった。図書室に行くと里見先生がカウンターの中のスツールに腰かけて待っていて、奥から本を出してくれる。そうして一時間私は本を読む。

 ある日私が「我が愛する詩人の伝記」を読んでいると、里見先生がそっと傍らにミルクティを置いてくれた。図書室は飲食禁止だ。私は融通が利かない子だからちょっと困った表情をしてしまったんだと思う。
「紙コップでごめんね」私はぶるんぶるんと首を振った。「うん。確かに禁止なんだけど。あれね。モラルハザード。いやちょっと言葉の使い方間違ってるかもしれないけど、でもそんな感じ。こんなに静かで穏やかな場所でも、空のちょっこっと残ってたりするペットボトルがぞろぞろ転がってたりする日もあるから。ねえ。おうちのカギをいつもしめなきゃいけないのは一番悪い人に照準を合わせなきゃいけないからでしょう。それと同じかな」里見先生は私の紙コップの横にマリメッコのリンゴの模様のマグカップを並べた。「コーヒーも紅茶も作るとちょっと余っちゃうの。もったいなくて。今日はもらってください。雨と詩人と紅茶」里見先生の方は透明な琥珀色だったから、砂糖もミルクもきっと私のために用意してくれたんだと思う。「ありがとうございます」それからカップを両手で包んで一口飲んだ。「おいしいね」心の声が私に語りかけた。甘く柔らかい湯気にいつまでも顔を当てていたいと思った。

 六月の終わり、クラスメートの永美ちゃんが「お願いがあるの」と云った。「私も文芸部に入れてくれませんか」私には権限もなにもないのだけど「え、いいよ」と云った。
 永美ちゃんはホームライフクラブに所属していた。お菓子を作るクラブである。フリルのエプロンが似合いそうな人だ。例えていうならスフレ菓子みたい。色白でふっくらとかわいい。辞めたいなんて不思議な気がした。学校帰りにドーナツショップで永美ちゃんの話をきいた。「ごめんね。こんな話」たぶん先に全部話しておきたいんだろうと思った。終わらせたいのだ。人気のあるクラブで一年生でもたくさん部員がいて、五人ずつ班分けがされているのだが、ある日自分がなんとなくはずされているのに気がついてしまったそうだ。わかりやすいところでは「グループライン」とか。四人の中にはそれを楽しんでいる人もいるし、なんだか悪いなあと思っている人もいる。でも大きな行動にでるわけでもないし活動に支障がでるものでもないのでぼんやりと流されている。それは「楽しんでる」も「悪いなあ」も永美ちゃんもだ。永美ちゃんは最初「気づかないふり」それからあとは「気にしていないふり」をした。そうしてなんだか疲れてしまった。六月祭が終わった頃、辞めようかなと思った。「悪いなあ」の人はちょっと楽になるかな。そうでもないかもしれない。逆に心配している永美ちゃんを見乍ら、とりあえずこの人が楽になりますようにと思う。

 理科部に案内されたのは三棟のはずれにある一年九組の教室だった。北浜高校は各学年八クラスで構成されている。少子化でクラスが減らされたためにできた遺物かと思ったが、理科部の説明によればもともと八クラスだったのが子供が増えた時期に作られたものだという。八クラスがデフォルトなのだ。だからこんな二棟の裏の藤棚を潜り抜けたルートで到達する場所にあるらしい。入口には木製の「理科部」の看板が立てかけられていて、まるで道場破りに負けた後みたいだ。ひどく古びた看板で見上げたところにある「一年九組」の札より年季物に見える。だいたい「理科部」ってなんだろう。水曜六時限目に来訪するということは「課外」ではなく「必修」だろう。理科って学校が上がるにつれどんどん細分化される。カテゴライズされその後専門分野に分かれていく。正確には分裂と統合と微調整なんだろうけど。北浜高校でも課外クラブはたくさんの分野に細分化されている。ささやくように伝えられる「特許」、熱を持って発せられる「コンテスト」、丁重に扱われるОBからの寄贈品、そうして専門用語を使って交わされる「部活ジョーク」。そんな積み重ねを排除した必修クラブでの活動。理科的って意味合なのかしら。情緒的ではなく。「二年九組も三年九組もあるんですよ」理科部は云う。「どこに」「どこかに」きっとちりばめられているのだろう。

  教室に入って目を引いたのは壁の一角を伝うように配置されたオブジェだった。「タイムマシーンです」理科部は云った。段ボールでできている。教室の後ろ黒板側だけを使った縮小されたお化け屋敷みたいだ。入口があって出口がある。それだけ。「毎年文化祭でタイムマシーンカフェというものを行うのです。それを手伝ってほしくて」入口で百円を払って、タイムマシーンをくぐって、出口でクッキーをもらう。「ルーシーヴァンペルトのレモネードスタンドみたいなもんです」それから「くぐってみますか?」と云った。
 これには永美ちゃんが思いのほか激しい拒絶を示した。永美ちゃんは今「安房直子コレクション」の「迷い込んだ異界の話」に突入しているのだ。壺の中から出てこられなくなるよ。そんな風に首をぷるぷると振っている。「ひとり乗りなんですね」「そうなんです。だから常にきちんとしたチェックが必要で」健康診断のレントゲンカーで男子と女子が混ざらないように入口と出口でチェックするようなものか。なんだろう。真面目そうだから選ばれたのかな。真面目というより小心者なんだけど。トラブルが嫌いだから基本いろんなことをきちんとこなすのだ。通り一遍の私と違って永美ちゃんは細かいところまで気が回りそうだから、コンビとしてはちょうどいいのかもしれない。そう思い乍ら私はほとんど無意識にタイムマシーンの中に足を踏み入れた。外側と相違ない段ボール製で、ただよくこんな大きな段ボールを手に入れたななんて考えていた。継ぎ目がないのだ。何が入っていたんだろう。薄明りの中を進んですんなりと出口に到達した。多分私は異界で一時間程の制限時間を過ごしたんだろう。でも経過したのは十五秒。「大丈夫だった?」永美ちゃんが心配そうに覗き込む。「うん」
 理科部は「今日のところはお願いに上がっただけなので後日また説明があるときに参加していただけないでしょうか」と云った。永美ちゃんの方を見たらにこにことしていたので、「いつでも」と答えた。教室を出るときにふと気づいて云った。「あの、鍵かけなくて大丈夫なんですか」もともと鍵などなさそうだけど。「大丈夫ですよ」理科部が云った。「ユキノシタさんが管理してくださっているし」「ユキノシタさん?」「理科部の顧問の先生です」

 二週間後の水曜日の六時限目に私たちは一年九組の教室で雪之下先生の説明を聞いた。
 本当にいたんだというのが率直な感想だった。終始化かされているような気分だったんだもの。きつねかたぬきか山猫のお招きみたいに。あとから理科部の人たちの顔を思い出そうとしてもなんだか靄に包まれていて、とりあえず三人だったような。賢げな女子が一人見ていたような。次に招集された時にこの人数があっていて安心した。凛とした女子は生徒会長だった。参加するのではなく状況確認がミッションだと云っていた。文化祭用のファイルを抱えいろいろなところを巡回しているそうだ。
「…以上が概要です」
 雪之下先生の言葉はフェイドインするように入り込んできて、私はなんだかジョパンニが午後の授業を受けているような気分になった。開襟シャツの上に白衣を纏っている。小柄な女性なので教壇を上り下りするとき床をこすりそうになるが、すんでのところで免れている。もしかしたら念密に計算されているのかもしれない。入口のところに白衣は何枚もぶら下げてあった。私たちも本番ではあれを着て理科部モードになるのだろう。
 課せられた主な作業は「クッキー」と「ノート」だった。タイムマシーンで差別化を図っていても体裁はカフェだ。お菓子を提供して、気が向けばノートに感想を書いてもらう。牧歌的な内容だ。私と永美ちゃんが招かれたのもまるで誂えたみたいじゃないか。こんな学校のはずれの場所で、あんまり認知されていないマイナーなクラブで、お菓子作りの好きな子と活字が好きな子がひっそりと模擬店の番人をする。
「クッキーはここで作ります。文化祭の前の土曜日に。一週間は保存がきくから」「クッキーってもっと保存がきくんじゃないかなあ」素人の私の小さなつぶやきに永美ちゃんも「うん」とうなづいた。「でも作成時期としては順当かなあ」
「家庭科室は借りられないんですか」一応参加して質問してみた。「この時期は調理部とホームライフクラブがしのぎを削っていますから」雪之下先生は云う。「クッキングファイターですね」なんだかとても強そうで熱そう。雪之下先生は黒板に大きな渦巻きを描いた。「右回りと左回り」なんだかよくわからない。でもコンセプトは何となく伝わる。所謂「ぽい」感じ。プレーンとチョコレートの渦巻きクッキー。混ぜて、こねて、巻いて、寝かせて、輪切りにして、焼く。永美ちゃんならおちゃのこさいさいだろう。
「それからノート」雪之下先生は実物を掲げる。綴りの部分が紐綴じになっていて昔の文献みたいだ。これも「ぽい」かな。「戻ってきた人に気が向いたら感想を書いてもらうんだけど。監修してほしいの」今度は雪之下先生の方が直接私に語りかけるように云った。「監修?」「ええ、期末の学校誌への掲載可否を」生徒会長がうなづいている。生徒会と模擬店を結びつけるものはこれらしい。「適当でいいのよ」先生の言葉に生徒会長はもう一度うなづいて、それからもたげた首をこきこきと左右に動かした。

 翌週の水曜日、私は図書室で理科部から借りたノートを読んだ。最初に見たときには妙に神聖なものに思えていい加減な書き込みなどしたら何か報いでもありそうな気がしたが、預かったそれは十冊ほどあり私の中でデフレーションを起こした。開いてみると「クッキーおいしかったよ」「過去も現在も未来もず~っといっしょ」等の普遍的な書込みとともに「優勝」「解散」などの言葉をもりこんだ時事ネタが並んでいて、このノート自体がちょっとしたタイムマシーンだなと思った。ラベンダーを文化祭の頃に満開になるキンモクセイに置き換えた有名なジュブナイルのパロディも周期的に出現した。誰が書くのだろう。お客さんが途絶えたときに理科部の番人が書くのかな。リバイバルするたびに書き加えられてちょっとしたノルマみたいになっている。ノートのタイトルは「備忘録」。三年から五年程の周期でいっぱいになると次のものにうつり、通番は十一番までふられていた。

 いっしょに生徒会が発行する学校誌の最新版も読んだ。こちらは前年の残りを生徒会長が私にくれた。タイトルは「北燈」。巻頭に生徒会長の挨拶。それからいくつかの寄稿。投稿。詩歌。漫画。挿絵。此頃北高ニハヤル物。「二条河原の落書」をもじって試験や補習の日々をつづった文章がよくできていて感心して読んだ。文芸部って本来こういうものに係るのだろうな。それからその年の出来事が世界・日本・北浜高校と三段書きで記録されていて、この辺りはそのまま卒業アルバムに転記されそうだ。そして編集後記。あれっと思って後ろからページを捲り返すと、編集後記と一年年表に挟まれて「備忘録」の頁があった。 
 見開き二頁に三段組でつづられている内容は、あえて表現するなら辞書に近いもので、ランダムに並べられた項目にいくつか説明が付与されている。例えば。

『北橙』:一九九八年、学校誌の装丁を引き受けた美術部が「燈」を「橙」と誤記。できあがってきて生徒会室で各クラス毎の箱詰めをしているときに「これまちがってるんじゃね」と気づく。余りに芸術性が高く、デフォルメもされていため、それまで誰も気がつかなかった。「まあいいか」とそのまま配布される。何より力作だったのである。欠点を補って余りある美徳。
 約半年後の文化祭にて「課外」調理部と「必修」ホームライフクラブが、「北橙」というお題でお菓子を作成。調理部は白い求肥でオレンジの飴餡を包み天辺にキンモクセイの花の砂糖漬け。ホームライフクラブはオレンジピールを練り込んだパウンドケーキ。天辺はアイシングでコーティング。対決というよりはコラボ。どちらもとてもおいしかったが定着はしなかった。コストパフォーマンスの悪さが要因。二〇〇七年の北浜百年祭のときに復活し、予約制で販売が行われた。
『ピーコートの黄色い裏地』:北浜高校指定のピーコートの裏地は赤ベースもしくは青ベースのチェックの二種類とされているが、一時期黄色ベースがあったと予てより噂有り。文化祭の時期は秋のど真ん中だし、何せ裏地なのでぱたぱた煽りでもしない限り確認は難しいと思われていたが、一九八六年「映画同好会」の衣裳部屋で二着目撃。「緑」や「オレンジ」があるという情報もあるが、赤ベースの格子は緑、青ベースの格子はオレンジのため見間違いの可能性が高い。ちなみに黄色ベースの格子は紫。

 なんだか気が楽になる。毒にも薬にもならない情報なんだもの。「ほら」というものに近い気がするが、それほどの明朗さもばかばかしさも感じられない。でもたいていの食べ物って毒でも薬でもない。摂取次第だ。ただいろいろな項目を読んでいて随所に編集の余地を感じた。『北燈』の間違いを元に他にも何かが行われたかもしれないし、緑の裏地もオレンジの裏地も探せば現れるのかも知れない。

『美術室の壁画』:作者・作成時・タイトル不詳。一九七二年「泣かない女」のタイトルでこの絵をモチーフにした演劇部の上演が行われたため、以後通り名になるが未だ正式な名称はわかっていない。上演時の女性の名前は「燈子」。女性の呼び名は一九七〇年代中盤には「恋子」、一九八〇年代初期から「猫子」、一九九〇年代には「姫子」が通り名となった。「泣かない女」は何度か再演されたため、通り名は「燈子」に戻りつつある。

「備忘録」と照らし合わせてみる。一九七六年「泣かない女、恋なんかでは泣かない」一九八一年「泣かない女、猫がいるから泣かない」一九九五年「泣かない女、姫だから泣かない」几帳面な文字。かわいらしい文字。迷い乍ら記されたような小さな文字。なんだろうこれは。決意表明かしら。

 頬杖をついて読んでいると、里見先生がするっと覗き込んで「雪ちゃんに借りたのね」と云う。「雪ちゃん?」それから雪之下先生のことだと気づき、「はい」と答える。「私も見せてもらっていいですか?」「北燈」「ううん。それはいっぱい持ってる。備忘録」「どうぞ。どれでも」
 十一冊を平積みで並べると里見先生は楽し気に背表紙を指でたどっていたが、そのうちの一冊をそっと抜き出して小学生の国語の授業みたいにカウンターの上に立てて読み始めた。どの辺りを読んでいるか見るのはなんだか失礼な気がしたが、その読み方だと背表紙もよく見えるし、欠番を見れば1999-2002なのもわかる。卒業生かしら。その頃の何かを探してるのかな。デフレーションなんて思ったけど冷静に考えるとなかなかの年季物だ。北浜高校は今年創立百十年。そのうちの半分を網羅している。

 十月に入ると一年九組でもう一度説明が行われた。
「三つの禁忌があるのです」理科部は云った。
「学校の外には出ないこと。何も置いてこず、何も持ち帰らないこと。過去には現在を伝えず、現在には未来を伝えないこと」
「破ったらどうなるんですか」「学校の外へ出たら戻れません。時間よりも空間が括りですね」「前例はあるのですか」「ありません」「闇にほうむったの?」「ほうむりません」問答みたいだ。
「一度だけ、学校の外にある調理パンを売っているお店。二十年ほど前に店仕舞したのですが、子供の頃から通っていた人がまだあるのを見つけて、どうしてもコロッケパンが食べたくて側溝を越えてしまいました」「どうなったの」「見逃しました。店番のおばあちゃんに会えて喜んでいたし」「人情でまとめたのね」「学外に出るときの許可札をちゃんともらって出たようですし」とりあえずこれは守った方がよさそうだな。情状酌量の目が届かないことだってあるかもしれない。「あと二つの項目は」「わかりません。前例がないので。でも破ったら地球レベルでまずいと思われます」気がつけば大真面目に理科部の話をきいている。ごっこみたいだ。
 もうたいしてすることがないのでタイムマシーンの周りをもう一度観察してみる。入口に「2017」と電車のプレートのようなものが貼られている。「これ、こないだなかったよね」「装備しました。本稼働です。テンションが上がりますね」私は笑ってきいていたが妙に頑丈な作りのそれが気になる。溶かしてくっつけたみたいにしっかりと収まっている。これといって準備もシュミレーションも必要なさそうだ。あとは白衣を羽織るだけだ。

 十月のよく晴れた土曜日。私たちは一年九組でクッキーを作った。材料も道具も全部理科部が用意していた。驚いたのは理科部が運んできた本格的なオーブンで、業務用のものを生徒会ОBから譲り受けたという。このオーブン、このボール、この泡立て器でずっとクッキーを作っているらしい。永美ちゃんはホームライフクラブのものよりも専門的な感じがすると云っていた。「色合いが違うの」「色合い」「うん。なんか蛍光色のものとか多いの。百均、高級ならハンズ。黄緑とピンク。でもここのものって全部銀色」「厨房って感じだよね」
 プレーンとチョコレートの渦巻きだと思っていたが、ペースト状の材料はどうもチョコレートではないようだ。老木のような色をしている。「これなんですか」「ピカンの実です」ピカンの実。私は食べたことも見たこともないけれど、ピカンの実を知っている。トルーマンカポーティの「クリスマスの思い出」の中で少年がおばあちゃんと作るクリスマスケーキの中に入っている。あの物語を思い出すと美しくて胸がツンとなる。そして一部の隙もないような完璧さに愕然とする。「ピカン・プラリネ・ビスタチオ」きちんとマスクをした永美ちゃんが静かに不思議な歌を口ずさんでいる。「クコの実・はしばみ・とうもろこし」なんだかすごくおいしそうだ。私は杏仁豆腐の上に乗っているクコの実が大好きなのだ。永美ちゃんは私よりずっと俊敏な子で、運動神経だっていい。てきぱきと作業をする永美ちゃんの横でうろうろしているうちにどんどんクッキーは焼きあがっていく。「袋詰めとかしないんですか」「このままでいいですよ」白いレースのシートを敷いた木製のボールの上にパラパラとクッキーを注ぎ込む。「トングと紙袋を用意しておきますから、当日出てきた人にその都度入れて渡してください」

 文化祭当日。タイムマシーンカフェは思いのほか盛況で、永美ちゃんと私は文化祭のほとんどの時間を一年九組の教室で過ごした。ホームライフクラブの人たちが来てくれて、備忘録に「クッキーおいしかったよ」と残していった。永美ちゃんと三人で楽しげに笑っていた。模擬店が終わってから点検をしている雪之下先生に「もう一度タイムマシーンに乗ってもいいですか」ときいた。「リセットクッキーは残っていますか」「七枚残ってます」「じゃあいいですよ」私はゆっくりと二〇一七年の入り口をくぐった。薄明るい中を一人通り抜けて二〇一七年を十五秒進んだ。「おかえりなさい」出てくると永美ちゃんがトングに挟んで茶色い袋にリセットクッキーを入れてくれた。

 三月最初の水曜日。もう今年の必修クラブは終わってしまったからただの放課後。私は図書室のカウンターの中にこっそりと入れてもらってスツールに腰かけている。「私のお仕事は十文字くらいだったの」「十文字」里見先生は首をかしげる。それからできたばかりの今年の「北燈」の頁を後ろからめくって「あら」って笑う。「なかなか画期的だと思うけど。備忘録って更新されないことも多々あるのよ」

 『美術室の壁画』:作者・作成時・タイトル不詳。一九七二年「泣かない女」のタイトルでこの絵をモチーフに演劇部の上演が行われたため、以後通り名になるが未だ詳細はわかっていない。上演時の女性の名前は「燈子」。女性の呼び名は一九七〇年代後半には「恋子」、一九八〇年代中盤から「猫子」、一九九〇年代には「姫子」が通り名となった。「泣かない女」は何度か再演されたため、通り名は「燈子」に戻りつつある。猫の名前は「もも」。

③ もも

 北浜祭最終日。友人と三人で模擬店と展示の間を徘徊していたのだが、午後になると一人は物販に駆り出され、一人は舞台の設営を手伝いに行った。手芸部と演劇部。覗いてみてもいいのだが、あまり早く顔を出すと人恋しいのかとからかわれてしまいそうで、とりあえず自分は気ままな散策を続けようとまだ見ていない三棟へ足を踏み入れた。こんなところに藤棚があるのか。学校の階段ってどうしてこんなに幅が広いんだろう。上った先にある教室の入り口で白衣の男が後手に佇んでいて、僕を見ると「どうぞ、今ちょうど空いています」と云った。文化祭の風物詩、キャッチセールス。返ってその静かな物腰にいざなわれて中に入った。『タイムマシーンカフェ・百円』同じように白衣を来た女の子が抱えた木製の大きなボオルに渦巻き状のクッキーが盛られている。「三枚ください」律儀に友人の分も頼むと「自分の分しか買えません」「え、そうなの」「乗車料込ですから」そう云って段ボールの大きなオブジェを促した。「じゃあそれで」なんだかよくわからないままに百円払い搭乗する。部屋の窓は厚いキャンパス地のカーテンに覆われているのに、オブジェの中はほのかに明るい。出たところであのお母さんみたいな女の子がクッキーを与えてくれるのだろう。

 それなのに今藤棚の真ん中に女の子みたいにぺたんと座っている。竹でできた枠組にチャコールの老木が魔法使いの杖のように絡みつき、足元は背の低い小さな花で覆われている。ところどころ小さな袋状のオレンジの花がピュンと顔を出している。階段から落ちたのかもしれない思った。どこから始まっている?大丈夫か?目の前にべっこう色の瞳があった。長毛まじりの大きな猫が僕の顔を覗き込んでいる。キミはブルーチーズみたいな模様だなあ。少し居住まいをただして正座すると、猫は僕の膝の上に徐に上り手足を隠して収まった。動けないじゃないか。もしかしてここは天国なのかしら。それともあわいの様な場所。だったら誰かの呼ぶ声を聞き逃さないようにしなくちゃ。

 「もも、もも」不安げな声が聞こえる。きょろきょろと戸惑うように放たれている。そうしてこちらを見て、今度は華やいだ声で「もも」と云った。セーラー服を着ているのだが、髪は心なしか日本髪を結ったような形をしている。とても背が高い。どこかで見たような気もする。演劇部の人かしら。じゃあキミも出演者なのかい。僕は猫を抱き上げて、静かに立ち上がった。手足をぶらんとさせて引き渡すと、彼女はゆったりと猫を受け止めた。やわらかいベージュの長毛に絡んだキンモクセイの花をそっとつまみ乍ら「ずいぶんと冒険したのね」と云う。「貴方も」微笑んで薄橙の肉球を見せた。「気をつけて帰ってね」僕はやっぱり帰るのだ。

※ 引用 晩年 太宰治

      


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