久々に勤めた病院は奇妙な職場だった〜‼️退職の話し合いは堂々と!
院長との面談は、3日後の昼に決まった。
アコガレクリニックでは、退職を申し出たスタッフが、
・嫌味を言われる
・脅される
・退職時期を一方的に引き延ばされる
という話をよく聞いた。
一方、辞めさせたいスタッフにはあっさり「今までありがとうね」と笑顔で見送るらしい。
どっちに転んでも気持ちの良いものではない。
でも、どんな態度で来られようと、私が伝える内容は決めていた。
「引き留められるような曖昧な理由は言わない」
「不満は口にしない」
「ポジティブな理由だけを伝える」
円満退社のための戦略だ。
いざ、出陣。
面談当日、私はいつもより早く出社し、院長室の前で静かに待った。
やがて現れた院長は、不機嫌そうな顔で口を開く。
「まずはアミコさんの退職理由から聞きます。
これまで、私の言動に不適切な点もあったかと思いますが、あくまで“私個人の意見”です。それが絶対というわけではありません。
形式上、退職する人には理由を聞くことになっていますので」
-つまり、“本音は聞きたくない”ってことね。
文句を言わずに、さっさと辞めてくれってこと。
こちらに得はない。
用意していた通り、建前で乗り切る。
「クリニックに対して不満は一切ありません。これまで大変お世話になり、心から感謝しています。
ですが、私には以前から“小説家になりたい”という夢がありまして、今後はそちらに挑戦したいと思い、退職を決意しました」
静かに、はっきりと。
「どうして今なんですか?」
また深掘りしてくる。
本音を言えば、暴言が飛んでくるだけでしょう?
乗りません。
「私の都合で恐縮ですが、年齢的にも今が最後のチャンスだと感じたからです」
……ここで働くことに、もう心がついていけないんです。
「それはアミコさんにとっては都合が良くても、こっちは困るんです。
仲間に迷惑をかけるような辞め方は、人としてどうかってことです」
脅しのような言葉が続く。
でも、私はすでに二ヶ月前から仲間には伝えてある。
水面下で引継ぎも進め、外堀は固めてある。
「物書きなんて、もっと年齢を重ねてからでもできるね?
それに、仕事しながらでもできる。ずっと書きっぱなしというわけでもないでしょう?」
-確かに。でも、それでも私は今を選んだ。
「どうしても、小説だけに集中して過ごしたいという思いを、もう抑えられなくなったんです」
無駄な議論はしたくない。
それでもなお、院長は私に罪悪感を抱かせようとしてくる。
「アミコさんの人数も加味してシフトを組んでるんです。辞められたら困る。残った人に負担がかかる」
……なるほど。
“罪悪感”という武器を使ってくるのね。
「私はこれまで、辞めていった人の穴埋めをずっとしてきました。
でも、今度は私が辞める番です。
残る人に迷惑をかけたくないという気持ちはありますが、それでも、誰かがその役割を担う時が来ると思っています」
そして、彼はついに本音を口にした。
「辞めていく人間より、残るスタッフの方が大切だ」
……ああ、そうですか。
私はもう“大切ではない人間”なんですね。
オープン当初からいた受付スタッフは全員辞めた。
私はその穴を、何度も、何度も埋めてきた。
なのに、最後くらい気持ちよく送り出してくれてもいいじゃない。
ここで院長は、信じがたいことを言い出した。
「アミコさんが“社員になりたい”と言うから、その熱意に応えて社員にしたのに……」
「それなのに“社員は辛い”と我儘を言ってパートに戻りたいと希望し、
今度は“辞める”とまで言い出す。自分勝手で、残念です」
-心が爆発しそうだった。
💣 サービス残業の日々。
💣 心を病んだセッカチさんを支えた。
💣 理不尽なボーナス減額。
💣 直属の上司ではなく、無関係な部署の評価。
💣 コロナで10日間休んだだけで「残念だ」と言われた。
💣 日曜手当は打ち切り、他スタッフはもらってるのに。
それでも私は、何も言わず、耐えてきた。
それでも、自分勝手で残念な人間だと?
心底悔しかった。
でも -感情をぶつけてはいけない。
私は静かに拳を握り締め、深く深呼吸をした。
「院長、一つだけ訂正させていただきたいことがあります」
私は、社員になった経緯を話し始めた。
「3年前、院長とセッカチさんから“社員になってほしい”と声をかけていただきました。
私は本当は、パートのままでよかったんです。
でも、二人の期待に応えたい気持ちで社員になりました。
“自分から希望した”というのは、事実とは違います」
院長は、しばらく黙った後 -ふっと笑った。
「そうだったか〜」
椅子にもたれ、頭をぽりぽりかきながら、力の抜けた表情を見せる。
そして、急に態度が一変した。
「ここからは雑談にしよう」
たぶん、もう勝ち目がないと悟ったのだろう。
そこからの院長は穏やかで、まるで別人のようだった。
「退職は了承します。
今後、残る受付スタッフとシフトを相談して、穴埋めができそうなら一か月後でOKです。
もし厳しそうなら、少し協力してもらうことがあるかもしれません。あくまで“保険”として」
数分前の険悪な空気はどこへやら。
まるで少年のようにけたけた笑う院長の姿に、私は背筋に薄ら寒さを覚えた。
でも -無事に話が終わった。
長引かずに済んだことに、心から安堵した。
その日の夜。
私は夕食を終えると、布団にもぐり込んだ。
コロナ療養以来、こんなに深く眠れたのは久しぶりだった。
独り言
面談は、1時間にも及んだ。
院長は何度も「嘘をつく人間が一番嫌いだ」と言っていた。
でも、嘘をついてきたのは誰ですか?
最後にこうも言っていた。
「アミコさんは“70歳まで働きたい”って言ってたよね。
それを信じて社員にしたのに、嘘だったんだな」
私は微笑んで返した。
「人の心は変わるものですよ。
社員になった頃の私は確かに、ここで70歳まで働こうと張り切っていました。
でも、状況も気持ちも変わったんです。
嘘をついたわけではありませんよ」
……伝わったかどうかは、わからない。
けれど、この瞬間から私の心はすでに“次”を見ていた。
いいなと思ったら応援しよう!
ここまで読んで笑ってくれたあなたに、心からありがとう!
「続きも書けよ〜!」と思っていただけたら、チップでツッコミを飛ばしてもらえると、ますます元気にキーボード叩けます(笑)