「二十歳の帰郷──慰霊碑の上で眠っていた少女の記憶」
🍃コンテスト投稿 エッセイ
可絵流 久美子(著者)
幼き日 ~いつもの場所に座って~
ネグレクトを受けていた幼いころ、
家にいても学校にいっても
心が休まる場所がなかった。
だから私は、家の近くの神社の裏にある
“石の山”に座り、
時間が過ぎるのをただ
待つことが多かった。
「早く大人になりたい」
その石に座れば、早く
20歳になれるという
ひとり遊びのような、
そんな幼い妄想をして
自分をはげましていた……
その石は、一か所だけ、まるで
子ども用のソファのように窪んでいて、
七つか八つの小さな体がぴたりと
うまく収まった。
すぐそばには一本の大きな木。
そこに座ると風が踊りだし、
葉っぱや小枝、どんぐりが
あいさつしがてらに降ってきた。
その木を見上げながら、
私はよくそこで眠った。
隣はにぎやかな商店街で夜も明るい。
なので朝までいてもこわくなかった。
なぜか「ここだけ」はいつも静かで、
誰もこなかった。
石だから冷たいのだが、
私にとっては、世界でただ一つ、
安心していれる、あたたかい場所だった。
十歳のとき、複雑な事情で
地元を離れた。
月日が流れ、待ちに待った
二十歳の成人式。
私はふと、その
“石の椅子”を思い出した。

地元の成人式をおえたあと、
久しぶりに訪れた神社。
石の山は昔のまま残っていたが、
思ってたより小さかった。
隣にあったあの大きな木は、
もう影もかたちもなかった。
ぽっかり空いた空が、私の心まで、
ぽっかりあなをあけた。
近づくと、立て看板があった。
それは慰霊碑で、
”戦時中に亡くなった方々を悼む積石”
だと書かれていた。
息をのんだ。
――なんてところで
眠っていたんだろう。
だから人が来なかったのか。
そして入口には小さく
「立ち入り禁止」とある。
子供のころ、そんな文字があった
記憶はない。
ただ見えていなかったのかもしれない。
どうしてもあの日々の場所を
確かめたくて、人がいないのを
確認して、石をよじ登った。
そこに――あった。
小さな、あの“くぼみ”。
手のひらでそっとなぞると、ひんやりと冷たく、そして懐かしい。
その瞬間、心地よい風が頭をかすめ、
泣いていた幼い自分が
今の私と重なり合うような、
不思議な感覚になった。
あの大きな木があった場所には、
ただ土がかぶさっているだけだった。
私はその場にうずくまり、
声を押し殺して泣いた。
嗚咽(おえつ)━━━
それが悲しみなのか、寂しさなのかは
わからない。
ただ――もう、あの石の椅子に
座れないことに言い表せない感情が
押し寄せていた。
しばらくして涙がおさまったころ、
下から人の気配がした。
慌てて石を降り、何事もなかったように
腫れぼったい顔をかくして
手をあわせた。
自分が慰霊碑の中で眠っていたなんて、今思い返しても複雑な気持ちだ。
けれど、あの頃の私には、
あそこしか居場所がなかった。
自分の人生の門出、二十歳の節目に、
あの場所へ戻れたこと。
それは私にとって、とても大きな意味があったと思う。
幼少期に自分に起こった大きな問題も、あのくぼみに触れた瞬間、
すべて“やっと飲み込めた”。
受け入れられた気がした。
みなさんもきっとあるはずです。
思い出のどこかに、
誰かの膝の上のぬくもりや、
背中にしがみついた安心感──
心が帰っていける“場所”。
あの”石の椅子”は、幼い私にとって
なくてはならない居場所だった。
そして今も、私の原点であることに変わりはない。
(幼かった私へ………)
残念なことに20歳をとうにすぎても
問題はおこる。
そのたび、人は悲しみにふりまわされ、さみしさに、こころが負けそうになる。
でも、心の居場所が
「大丈夫」だと見守ってくれる。
応援されるのだ。
そんなとき、記憶のあたたかさに
後押しされる。
自分を持って生きるということを。
「二十歳の帰郷──慰霊碑の上で眠っていた少女の記憶」

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