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あの日の覚悟と、偽造グリーンカード【NY回想録 #4】

T社をクビになり、O-1ビザも却下された私。合法的に米国に居られる時間は、あとわずかでした。
他の同級生の様子が気になりビジネスSNSの「LinkedIn」でチェックすると、誰もが知る有名なファームや大企業へ次々と就職を決めてる子がたくさんいました。
台湾人をはじめとした、同じ留学生だった仲間たちと久しぶりに集まって近況報告をしたときも、その子たちはお互いに仕事を紹介し合い、助け合いながら、有名な企業で就労ビザ(H-1B)のサポートを進めてもらっている最中でした。

それを知ったとき、なんとも言えない惨めさと情けなさ、嫉妬の気持ちが湧き上がってきました。

それでいて「私もそこで働きたい、紹介してほしい」と、泥臭くグイグイ行くことすらできない自分自身のもどかしさ。半分諦めたような、冷めた気持ち。
私は一人、完全に置いてけぼりになっていました。

アメリカ政府から届いた、アーティストビザ却下の通知を部屋でじっと見つめながら、しばらく深い絶望に浸っていました。でも、あまりにも情けなくなりすぎた結果、私の心の中に、ある種の「開き直り」が生まれました。

「うん、もう居よう。ここに。普通に居座ろう」

自室でひとり、なんでもないような軽い口調で、ポツリと独り言を言いました。
それが、二十代の普通の女子だった私が、不法滞在者(オーバーステイ)になる覚悟を決めた瞬間でした。

どうしても、今この街を去ることは考えられなかったし、考えたくもありませんでした。
どうしてそこまでニューヨークに固執していたのか、現在の私から見ても、正直よくわかりません。「キラキラした世界の中心」という記号のような憧れに、ただ執着していただけだったのかもしれません。大人になってからの人間関係のすべてがここにある、という言い訳もありました。

(今振り返れば、日本に帰国した後だって、自分から少し動けば新しい友達や温かい人間関係はいくらでも作れました。あの時の固執は、本当にただの意地だったのだと思います。それでも、あの過酷な時期を含めて、自分の気持ちが完全に「やりきった」と思えるまで15年間をこの街で生きて、自分の足で帰国したことに、今の私は1ミリの後悔もありません)

居座ると決めてからは、思考は一気に現実的なサバイバルへと切り替わりました。

ビザがない状態では、まともな企業に雇ってもらうことはできません。そもそも、「私は外国人だから、ビザのサポートが必要で……」と面接のたびに神経をすり減らすこと自体に、私はもう、心底疲れ果てていました。

就労ビザも、アーティストビザもしゃらくさい。
もし、私に「グリーンカード(永住権)」さえあれば。

それさえ持っていれば、外国人の雇用手続きに慣れていないローカルの小さな会社であろうが、どこだってなんの面倒もなく雇ってもらえます。自分の実力だけで、就職ができる。
そんな、ローカルにとっては当たり前のことが、私にとっては果てしなく高い壁であることが、どこか不思議で不条理にさえ思えました。

でも、どうせ私はもう不法滞在になる身です。ビザのルールなんて真面目に考えなくていい。
就職の時に必要なのは、結局のところ、人事部に「カードを1枚提出する」だけの手続きのはず。

「なければ、偽造すればいいのだ」

そこまで考えたとき、実際にそれを実行に移そうという気持ちは、まだ半分くらいしかありませんでした。当然ですが、偽造身分証を使うのは犯罪ですし、そもそもどこに行けばそんなものが手に入るのか、見当すらつかなかったからです。

けれど、そこはネット社会。
好奇心もあり、パソコンで「forged greencard NYC(偽造グリーンカード ニューヨーク)」と検索してみたのです。

すると、ある潜入記事に行き着きました。
クイーンズの「ジャクソンハイツ(Jackson Heights)」という駅周辺で、偽造グリーンカードを含む偽の身分証を売るアングラビジネスがある。それを知ったあるジャーナリストが、実際に現地へ行って偽の永住権を作ってみた、というルポでした。

そこには、記者が駅前で偽造ビジネスに関わる南米系の「商人」を見つけて話しかけ、実際に160ドルを支払って本物そっくりのクオリティのカードを手に入れるまでの流れが、生々しく細かく書かれていました。

その可能性を知ってしまった瞬間から、私の心は、徐々にその「グリーンカード」に取り憑かれていきました。

そして数日後の、ある日曜日。
私はついに、地下鉄に乗ってクイーンズのジャクソンハイツ駅へと向かったのです。

駅の階段を降りるとき、心臓が今までにないほど激しくドクドクと脈打っていました。引き返して帰りたい、という気持ちと、「ここまで来たら、絶対に手ぶらで帰ってはいけない」という執念が、頭の中で激しく殴り合っていました。

ジャクソンハイツは、クイーンズの中でも屈指の多国籍エリアです。あらゆる人種が入り混じり、世界中の美味しいレストランが集まる街。以前友人が住んでいたこともあり、私もこれまでに何度も遊びに来たことがある、馴染みのある駅でした。
まさかその慣れ親しんだ場所に、これほどの尋常じゃない緊張感を抱えて降り立つことになるとは、夢にも思っていませんでした。

ネットの記事によると、メキシコ人と思われる偽造カードの商人たちは、「高架下の大通りに、何をするわけでもなく等間隔で壁際に立っている」とのことでした。
駅の階段を降りてすぐ、あらためてその大通りを見渡してみました。

等間隔とまではいきませんが、確かに、日曜日の雑踏の中で、何をするわけでもなく、ただ壁際に立っている南米系の男たちが、何人かいました。

(あの人たちかな・・・)

けれど、いざ話しかけようとしても、なかなか一歩が踏み出す勇気が出ません。心臓のバクバクは限界に達していました。
もし、私の勘違いだったらどうする?
普通に立っているだけの人に向かって「偽造の身分証を作ってくれ」なんて話しかけたら、大失態どころの騒ぎではありません。

私は大通りの片隅で、車の携帯ホルダーの移動販売をしていた優しそうな南米系のおじさんに目を止めました。目が合うと、おじさんはにっこりと笑って挨拶をしてくれた。その温かさに、張り詰めていた私の心が少しだけホッと緩みました。

私はおじさんに近づいて聞いてみることにしました。

「すみません。あそこの壁際に立っている人たちって、身分証を売っている人たちですか?」

おじさんは柔和な顔を少しキョトンとさせた後、

「そうかもしれないね。でも何、身分証買うの? ああいう連中は悪いやつらだから近づかないほうがいい。危ないよ」

確証は得られませんでしたが、とにかく、ここまできて逃げ帰るわけにはいきません。私は覚悟を決め、おじさんにお礼を言うと、大通りの壁際に立つ男たちの中から、直感で一人に狙いを定めて話しかけに行きました。
キャップを深くかぶり、ダボダボのTシャツを着た、ニューヨークのストリートにどこにでもいるような、ごく普通の30代くらいの兄ちゃんでした。

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読んでいただき、本当にありがとうございます。ここから先は、私が人生で初めて一線を越えてしまった、当時の私にとっても非常にデリケートな裏社会の実話になります。プライバシーを守るため、そしてこれからの執筆を続けていくために、ここから先は有料(300円)とさせていただきます。
もし良ければ、ぜひこの先もお付き合いいただけると嬉しいです🙇‍♀️

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