僕と家族のミートパスタ
キッチンに立つと、いつも彼女の背中を思い出す。
七海(ななみ)がいなくなってから、もうすぐ一年になる。僕――佐々木亮太(ささき りょうた)は、慣れない手つきで玉ねぎを刻んでいた。隣では、五歳になる娘の陽菜(ひな)が、椅子の上に立って鍋を覗き込んでいる。
「パパ、今日もママのパスタ?」
「うん。陽菜の誕生日だから、頑張って作るよ」
陽菜の誕生日には、いつも七海がミートソースパスタを作ってくれていた。特別な日でもないのに、彼女はよくこう言っていた。
「亮太、この日は絶対ミートソースって決めてるの。理由は秘密」
その理由を、僕はとうとう聞けないままだった。
二
七海のレシピノートは、キッチンの引き出しにしまってある。開くたびに、彼女の丸い字が目に飛び込んでくる。
「にんにくは焦がさないこと。トマト缶は必ず二缶。隠し味は、ほんの少しのお味噌」
その通りに作っても、どこか味が違う気がしてしまう。七海の料理には、レシピに書けない何かがあったのだと、今になって思い知らされる。
「パパ、ママの匂いがする」
陽菜が、湯気の立つ鍋を見ながら呟いた。その一言に、僕は思わず手を止めた。娘の方が、僕よりずっと素直に、母親の存在を感じ取っているのかもしれない。
三
食卓に並んだミートソースパスタを、陽菜は嬉しそうに頬張った。
「美味しい! ママの味と同じ!」
本当は、七海の味とは違う。それでも陽菜がそう言ってくれることが、今の僕には何よりの救いだった。
「陽菜、覚えてる? ママがよく言ってたこと」
「んー、なに?」
「家族はね、同じご飯を食べた数だけ、繋がりが強くなるんだって」
七海がよく口にしていた言葉だった。あの頃は、ただの冗談だと思って聞き流していた。でも今なら、その意味が少し分かる気がする。
四
食後、陽菜が眠りについた後、僕は一人でキッチンに立ち、洗い物をしていた。窓の外には、静かな夜が広がっている。
「七海、今日も陽菜、喜んでたよ」
返事はない。分かっている。それでも、こうして話しかけることが、僕なりの供養なのかもしれない。
「秘密にしてた理由、教えてくれてもよかったのに」
ふと、レシピノートの最後のページに、小さなメモを見つけた。今まで気づかなかった一文。
「亮太と陽菜の誕生日は特別だから。二人が家族になった日を、これからもずっと美味しいご飯でお祝いしたいから」
僕は、そのページを見つめたまま、しばらく動けなかった。
五
翌朝、目を覚ました陽菜が、僕の顔を見て首を傾げた。
「パパ、目、赤いよ?」
「ちょっと、玉ねぎのせいかな」
そう言って笑ってみせると、陽菜も釣られて笑った。
窓から差し込む朝日の中、僕はもう一度、七海のレシピノートを開いた。来年の誕生日も、その次の年も、この味を、この家族の形を、守り続けていこうと思った。
――ミートソースパスタの匂いは、これからもきっと、僕らの家族を繋いでくれるはずだから。
