「スタッフがやった方が早いから」──その一言に、立ち止まる
「スタッフがやった方が早いから」
実習で学生から返ってきたその一言に、私は言葉を失いました。
けれどその後、心の奥からモヤモヤと、、、
「じゃあ実習って、なんのためにあるんだろう?」
ある日の病院実習🏥
A学生は1人の患者さんを受け持ち、その日は3つの援助が予定されていました。
でも実際に行ったのは、そのうちの1つだけ。
午後に残りの援助について確認すると、学生はこう言いました。
「時間がないから、スタッフにお願いしようと思ってました」
正直、その言葉にがっかりしたのが本音です。
けれど、それ以上に感じたのは——
看護を教える以前の“土台”が、いま揺らいでいるのかもしれない。
カンファレンスの場で
その日の午後、私はこの出来事を学生カンファレンスの中で取り上げました。
学生たちが自分で出した議題のあと、「私からもひとつだけ」と、そっと投げかけるように。
「確かに今日は援助がたくさんありましたね。リハビリの合間を縫って動くのも大変だったと思います。
だからこそ、あのとき“どう考えたのか”を、少しだけ一緒に振り返ってみたいんです」
できる限りフラットな口調で、責めるでもなく、諭すでもなく。
問いの時間として、学生と向き合いたかった。
そこで返ってきた一言
「スタッフがやった方が早いから」
その判断は、本当に患者さんのためだったのか?
それとも、“予定通り終えたい”という自分の都合だったのか?
たった一言の中に、「やらない理由」を探してしまう習慣と、
「実習の意味」への無自覚な距離を、私は感じとったんです。
学生たちの反応は
そのときの学生の表情が、忘れられません。
6人中1人は、何度も頷きながら必死に考え込んでいました。
もう1人は、じっと私の目を見つめながら、頭の中で何かを整理しようとしているようでした。
けれど、あとの4人は、その話題にあまり反応を示しませんでした。
「届いている学生もいれば、届いていない学生もいる」
そんな当たり前のことを、実感として噛みしめる時間でもありました。
実習の“意味”を問い直す
実習は、“やってもらう場”ではなく、“やってみる場”。
失敗してもいい。不器用でも、遠回りでもいい。
大切なのは、「どうすれば自分でできるか」を考え抜く経験そのもの。
看護は、“自分の手でやってみたい”という気持ちから始まる。
そしてそれは、ただの“やる気”ではなく、
「自分の関わりが、患者さんに影響する」ことを知る、小さな芽生えなのだと思います。
おわりに
私自身、あのときどう関わるのがよかったのか
今も、正解はわかりません。
だからこそ、カンファレンスではあえて明確な答えを急がず、問いかける形にとどめました。
こうしたことは、すぐに答えが出るものではないのかもしれません。
けれど、いつかどこかで、ふと腑に落ちる瞬間が訪れる。
そのタイミングは、人それぞれ。
だから私は、学生たちに届く瞬間を「無期限」にしました。
指導はいつだって手探りです。
届く言葉もあれば、届かない言葉もある。
それでも、問い続けることをあきらめなければ、
きっと誰かの中で、静かに何かが芽生える
私はそう信じています。
🪴読んでくださった方へ
学生さんにも、教員・病棟のスタッフ・指導者の方にも、ぜひ聞きたいのです。
もしあなたが、実習でこの場面にいたとしたら——
どう声をかけ、どう向き合ったと思いますか?
最後まで読んでくださりありがとうございます🌟
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