『時同じくして奮闘する仲間達へ』|歌と言葉
こんなに愛しいのに苦しいのは
息抜きの時間が足りないから
恵まれてるのに不安な気持ち
みんなも同じなのかな
振り返る暇も無いから言葉にしきれない
でも息継ぎなしでは到底泳ぎ切れない道のり
この先どれくらい一緒に居れるんだろう?
いつか懐かしくって泣いてしまうんだろう
余白の無い日々を生きるしかない
やれることを今はやり切るしかない
そうやってまた僕ら ともに笑おう
自分の事は後回しで
不自由な毎日を繰り返してる
幸せだけど悩んでばっかり
あなたも同じだろうか
日めくりカレンダーをひたすら破いて
「そして月日は流れ・・・」って語りで端折られる通過点
いつもと同じって、奇跡みたいだね
もっと向き合わなきゃ悔いが残るだろう
時同じくして奮闘する仲間達は今日も
大きな羽を乾かしてる
きっと、不甲斐なさと焦れったさを抱いて
余白は無いけれど 笑顔ならある
大丈夫 意味は自分で作る
伏線ばっかりの この物語
子育て真っ只中の思いを言葉にしたくて、同じ境遇の人達を思い浮かべながら作った歌。
働きながら子どもを育てることは、本当に大変。悩みは常に抱えていたけど(生活リズムとか動画依存とか、きょうだい喧嘩とか、発達遅れとか成長曲線とか)、最大の悩みは「時間が足りない」!
自分の時間が思うようにとれない日々。
息つく間もない、余白の無い毎日。
24時間を子どもに支配されてる感覚。
「あの頃に戻りたい(一日だけとか一週間だけとかはズルいからナシ!!)」と思える時が本当に来るのか?来たら教えてくれ・・・って感じ
「こころのWeb相談担当カウンセラー」にも相談して、いただいた回答はしばしば電車でかじりつくように見返して、心の支えにしていた。
あの頃の「やってみたいこと」と言えば、スカイダイビング、パラグライダー、ハンググライダー、パラセーリング、フライボード、バンジージャンプ、ジップライン、熱気球・・・省みると全部空を飛ぶ系。「ここではないどこか」へ行ってしまいたかったのだろう。
そんな春に、ある結婚披露宴で高校の友達2人と超久々に会って、話せば話すほど自分と同じ現況・身の上であることが分かり、別々の人生で距離も隔ててるのに底で通じ合ってると思えて、なんだか前を向いて毎日生きていける気がした。
職場だと子育て世帯は少数派で、いつもちょっぴり孤独感を抱えてたから。
まとまった時間が確保できる時期は、いつかきっと、必ず戻ってくる。
現状を打開する根本的な解決策は無いから、今はとにかく「あの頃に戻りたい」とならないよう、悔いの無いように目の前のやるべきことを、やれる範囲でやり切るしかない。苦悩を分かち合い共感し合える同じ境遇の誰かと励まし合いながら。
よく言われる「子育てを楽しんで」とは、うまくいかないことの連続の中で、「こうすればうまくいく(ときもある)」という、我が子にfitする方法をトライアンドエラーで見つけていく、その試行錯誤を楽しむということ。悩みを言語化して対策を工夫して奮闘すること。
そして、おもしろエピソードを書き溜めていくこと。子育て中ならではのイベントを体験し尽くすこと。
タイトルは、何かで見かけた「同じ境地で手を取り合えるのは、やはり紛れもなく時同じくして育児に奮闘する父親同士なのだ」ーーーという言葉に触発されて。
▶ 曲はこちらで聴けます
「愛しいのに苦しい」
「恵まれてるのに不安」
「幸せだけど悩んでばかり」→葛藤、矛盾、ジレンマ、ダブルバインド・・・子育て中はどうしたってそうなる。
「息抜きの時間が足りない」
「振り返る暇も無い」
「余白の無い日々」
「自分の事は後回し」
「不自由な毎日の繰り返し」
「不甲斐なさと焦れったさ」→こんなもんじゃない。本当はもっとやれる!もっと役に立てる!
・・・もどかしさ、歯痒さ、申し訳なさ。
「この先どれくらい一緒に居れるんだろう?」
「いつか懐かしくって泣いてしまうんだろう」→長期スパンの視点に切り替えて、なんとか現実を客観的に俯瞰的に見ようとした。
「日めくりカレンダーをひたすら破いて
『そして月日は流れ・・・』って語りで端折られる通過点」→漫画やドラマでは、必ずと言っていいほどハショられる乳幼児期のシーン。過ぎてから振り返れば「あっと言う間だった」となるのは間違いない。でも、今まさにその最中にいるのに「あっという間だから」って声を掛けられても、全く響かない。シーーン。
「今日も大きな羽を乾かしてる」→羽化した昆虫(蝶、ウスバカゲロウ、トンボやセミ)とか、翼が濡れた鳥のイメージ。今に大きく羽ばたいて、再び社会に貢献するぞ。この空に飛び立つぞ。そんな雌伏、虎視眈々、臥薪嘗胆フレーズ。
「余白は無いけれど 笑顔ならある」
「大丈夫 意味は自分で作る」→ 子育て・育児とは何か?どのように子どもと向き合うべきか?という問いへの自分なりの答えを必ず見つけたい。このどうしようもない「時間の足りなさ」と折り合いをつけるタイムマネジメント(本当に大切なことを見抜き最短ルートで取り掛かる姿勢・スタンス)、あるいは諦観・諦念を体得する。そんな宣言。
「伏線ばっかりのこの物語」→60年以上生きてると、人生は伏線回収のフェーズに突入するって、岡田斗司夫さんが言ってた。この毎日は「未来のための布石」を並べ続けているんだと、言い切りたかった。
子育て中の、余白のない毎日を送る誰かへ。この歌が届きますように。
