『カオティックデイズ35』|歌と言葉
I want to...もっと本が読みたい。
I want to...もっと映画を観たい。
I want to...音楽を聴きたい、書きたい、掻き鳴らしたい。
たまにはちょっと飲みに行きたい。
いつももうちょっと働いてたい。
I know I have much more potential to contribute here.
Maybe気儘に生きてきたから余計に不自由と感じてんのかもね
Maybe時間が無い季節だから余計に浮き足だってんのかも
But I think手放した自由と引き換えに手にした幸せが確かにある
望み通りの日々を生きてるのに
「今が最高に幸せ」ってことを
Why do you always forget?
「もっと自由に生きたい」なんて、そんな大袈裟な願いじゃない。
「自分の時間がほしい」ただそれだけ、たったそれだけ
独りでほっとしたり、ほんの少しぼーっとしたり、没頭したり、静かな余白。MP回復
ていうか、そもそも本当にやりたいことなら
もうそろそろ動き出してもいいだろう
「I want to... I want to...」言うばっかで
スマホに手を伸ばすばっかで
今から目を逸らすバカです
本気じゃないのなら結局、余裕があっても結果は同じなんじゃない?
If I had more money,and more time...
NoNoNoNoNo!!!
「足りないもの」を嘆くより
「ここにあるもの」を抱きしめる
誰かと比べるまでもなく愛すべき宝物
決して誰にも譲れないのにこれ以上何を欲しがんのだろう?
「今が最高に幸せ」ってことを
So I had always known. ずっと前から
Thank you for today.
今はかけがえのない日々
二度と戻らない日々
いつか「あっという間」と呼ぶ日々だから
Thank you for today.
今は混沌とした日々を抱きしめ
鬱憤を噛みしめ
いつも葛藤を味わう日々
I always listen to your heart with honesty and sincerity.
・・・今では、懐かしくてたまらないのです。
何も整わないままで駆け抜けた
カオスな日々が
何もかもがままならなかった
あのキセキの日々が
カオティック・デイズ=混沌とした日々。
35は、「直木賞」の直木三十五から。
(三十三、三十四っていう風に、その時々の年齢をペンネームにしてたらしい)
子育て中の思いを吐露した歌。
子どもとハグしながら考えた。
「こんなふうに抱きしめさせてくれるのもあと5年くらいか?今生きてるのは、過ぎてみれば『あっという間』と感じる、そんな大切な日々だよな。仕事辞めちゃったら張り合いの無い恐ろしい日々を過ごすことになる。今は『超張り合いのある日々・張り合いしかない日々』だから、スキマや遊びが無くて窮屈なだけ。もっとメタに、長期・俯瞰で考えて、毎日ご機嫌でいるために『いつでも目の前にぶら下げておきたい歌』を作って謳おう」
【歌詞の流れ】
正直にさらけ出した願望
→ 自分はもっと貢献できる高いポテンシャルを秘めてるのに時間的制約によりそれを体現できずにいる、というモヤモヤ
→ たぶん子育て中ならではの時間の無さは、気の向くまま気楽に生きていたい自分には本来合っていないんだ、という諦め
→ 「でもその不自由と引き換えに手に入れた喜びがあるじゃねぇかよ」という自戒
→ 望み通りの日々を生きてるにも関わらず「今は自分史上最高に幸せ」ってことをいつも忘れてしまってるよな
→ 大それた願望を抱いてるわけじゃなくて、MP回復の少しの余白が欲しいというたったそれだけなんだけどな
→ 本当にやりたいこと(宅レコとか)は無理に年休を取ってでもやってきた。
もしジャズピアノも英会話も音楽療法も、本心からやりたいのであれば、早起きと昼休憩と通勤電車を足せば4時間確保できるからそこに集中すればいい。「既にやってしまっていること以外は、きっと本当にやりたいことではないんだ。ならば時間ができてもどうせやらないだろう」と思考を切り替えて割り切ってしまおう。
Q.もっとお金があれば、仕事を辞めるの?
A. No.
Q.もっと時間があれば、やりたいことを全部やれるの?
A.・・・これもNo.
Q.じゃあ、どうしていくべき?
A.足りないものを嘆くより、ここにあるものを抱きしめる。そのうち必ず区切りが来るから、今はこの混沌とした日々を抱きしめる。
かけがえない今を大切にする。
【メインテーマ】
今が最高に幸せだということを、何故いつも忘れてしまうんだろう?
今の環境は変えられないから考え方を変えよう。
失った時間も感情も取り戻せないから、今を大切にしよう。
心が安定しない日々。
整わないこの毎日を。
溺れながら、息継ぎせずに泳ぎながら、やりたい事はメモに書き残して先延ばし。だって本当に大切なのは自分の娯楽より、子どもの心だって分かってるから。
死ぬまで一生消えない自尊感情の根を育む事。
・子どもの願いに耳を傾けよう
・遊び方はたえず工夫しよう
・子どもの良い所に着目してほめよう
・自分の叱る基準を明確に言語化して、「決して悔いの残らない接し方」を意識して、一瞬一瞬・一挙手一投足・一つ一つの言葉を大切にしよう
あるがままの葛藤を。
今ここにしかない恵まれた混沌を。
やがて靄がかかっていく愛くるしいこのカオスな日々を。
味わい尽くすがいい
楽しみ尽くすがいい
エピソードを連絡帳に書き溜めて、夫婦で悩みを共感し合って、対策を試行錯誤して、ならではのイベントを体験し尽くそう
ねっとり汗ばんだ手を繋いで歩いた三色彩道。
寒い夜、布団に潜り込んでくるきみのぬくもり。
桜舞う中、きみの自転車を押したこと。
4人で毎週市民プールに行ったこと。
6人で見上げた夏空を横切って行った、ブルーインパルスの6本の白線。
やがてほとんど忘れてしまう。
悔いが残らないように、振り返らず前だけ見て進もう。目の前のやるべきことをやろう。今はそれしかない。
「Thank you for today.」→「今日はありがとねー」ではなく、「心の底から、今日という日に感謝。深謝。謝謝。」という意味で。
「I always listen to your heart with honesty and sincerity.」→25歳くらいの頃、「休日の目的は部屋と自分の状態をあるべき形に整えること」だって結論づけた。けど、35歳の頃は「平日の夜および休日の目的は、今ここにしか無い恵まれた混沌をあるがまま味わい尽くす事」だと言語化した。
「今したいこと」はメモして残しておけば、未来の「時間に余裕がある自分」が代わりに思う存分やってくれる。
「今するべきこと」はいつも、いつでも、「子どもと真摯に向き合う事」だ。それさえ忘れなければ、決して人生に悔いは残らない。
結局、他の誰に「あなたは幸せだね」って評価されようとも満足できない。宇宙でたった一人、自分自身が「わたしは幸せだ」って感じられることが、最も重要なこと。一人ひとりが、ね。
父さんは35歳の時、こんなことを考えていたよ。30年後、子どもに是非聴いてほしい。
逆に、不自由とか鬱憤って言っちゃったから10年以内には聴かれたくないかも。
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