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『よかったやん』と言われるけれど

娘も息子も家を出て行ったことを知っている人に、

「どっちも帰って来てるねん」

と言うと、みんな声を揃えたように言う。

「よかったやん」

よかったのか?

私はどうやら、単純に「よかった」とは思っていないようだ。

確かに、どこにいるのか、何をしているのかもわからなかった娘の生活がわかるようになったことは、よかった。

以前より自己中心的なところも減った。

……減ったというより、マシになった、くらいだけど。

息子もそう。

ゴミ屋敷のような部屋に住み、家賃も光熱費も払わず、仕事もしなかった。

そんな息子が家に戻り、とりあえず働き、家に生活費を入れ、自分の支払いもするようになった。

前を向こうとする姿勢が見えるようになったことは、よかったと思う。

でも今は、週に2、3日のバイト生活。

それ以外の日は何をしているんだか、と思うこともある。

じゃあ、私はどうだろう。

孤独ではなくなった。

寂しくなくなった?

いや。

人がいるのに、寂しいと感じることもある。

気持ちが一方通行だと感じたり、思いやりが感じられなかったり。

そして、当然ながら家事は増えた。

手伝ってくれることもある。

でも基本的には、私がやるものだと思われているように感じることもある。

だからといって、以前のような「家族軸」の生活に戻ったわけではない。

ご飯は作る。

洗濯もする。

掃除もする。

でも、

「家族のためにやらなければ」ではなく、「私が心地よく暮らしたいからやる」

と思うようになった。

嫌なものは嫌と言う。

家庭のルールを乱すことがあれば注意もする。

先日は、何度言っても同じことを繰り返す息子に、とうとう警告を出した。

以前の私なら、怒って、怒って、最後には自分まで疲れ果てていたかもしれない。

今は、

「私はこれは嫌」

「この家で暮らすなら、これは守って」

と伝える。

相手がどう受け取るかまでは、背負わない。

二人とも一人暮らしをして、そしてうまくいかずに戻ってきた。

だから、そう簡単には出て行かないだろう。

「この生活、いつまで続くんだろう」

そう考えると、正直、ゾッとすることもある。

私も一人暮らしの楽さを知ってしまったから。

誰かの帰宅時間を気にしない。

ご飯のことを考えなくていい。

自分のペースでお風呂に入り、自分のペースで眠る。

あの自由を知ってしまった。

だから、「子どもたちが帰ってきてよかったね」と言われても、素直に「うん」とは言えないのだと思う。

だけど。

休みが合えば娘と買い物に行く。

そんな日は「楽しいな」と思う。

3人で外食することもある。

そんな時間も「悪くないな」と思う。

出ていくお金は増えたけれど。

たぶん、よかったか、よくなかったか。

そんな二択じゃないんだと思う。

楽しい日もある。

鬱陶しい日もある。

一人になりたい日もある。

家族がいてよかったと思う日もある。

その全部が、今の私の生活。

だから今は、

家族がいることを幸せの基準にするのでもなく、
一人でいることを自由の正解にするのでもなく、
その中で自分がどう心地よく暮らすか。

それを考えている。

とりあえず今日も、自分軸をキープしながら。

一日、一日を過ごしています。

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