7大商社を同じ物差しで測ったら、最も割高なのは三菱商事だった──地政学ストーリー×残余利益モデルで序列をつける

※2026年7月17日時点の公開情報に基づく分析です。

■バフェット銘柄の中核が、高値から24%下げている

三菱商事が5月中旬の年初来高値6,012円から4,585円(7/15終値)まで、約24%下落しました。個別株の弱気相場入りの目安(高値−20%)を超えた調整です。

SNSでは「バフェットが持っている商社株、この下げは買い場では?」という声が増えています。2020年にバークシャーが商社株を買った時、PBRは0.5〜0.7倍、配当利回りは4〜5%でした。あの時に買えた人は大きな利益を得ました。では今回も同じでしょうか。

私は「同じではない」と考えています。ただし「商社株はもう終わり」でもありません。7社を同じ物差しで測ると、買っていい会社と買ってはいけない会社が分かれる、というのが本記事の結論です。

多くの商社株記事は「配当利回りが高い順」「PERが低い順」で並べて終わりです。しかしPERや配当利回りの単純比較は、収益力(ROE)が違う会社を同列に並べる時点で物差しとして壊れています。ROE16%の伊藤忠とROE10%の双日のPBRが違うのは当たり前で、問題は「その収益力の差に対して、株価の差は適正か?」です。

本記事では、(1)地政学の構造変化が商社ビジネスに何をもたらすか、(2)そのストーリーを7社それぞれがどう体現しているか、(3)残余利益モデルとPBR-ROE回帰という2つの手法による割高/割安の定量序列、(4)どんな投資家がどの銘柄に向くか、を一気に整理します。結論だけ先に言うと、2つの手法で「割安」判定が一致したのは7社中1社だけでした。

■1. 地政学ストーリー:なぜ「分断の時代」は商社の追い風なのか

【効率の世界から安全保障の世界へ】

冷戦後の30年間、世界は「最も安いところから買う」効率最優先の時代でした。この時代、商社の中抜きはコストであり、商社不要論すら語られました。しかし今起きているのは逆回転です。米中対立、中東の緊迫(米イランは足元で再び交戦状態)、資源ナショナリズム──調達の判断基準が「最安」から「確実に手に入るか」に変わりました。

サプライチェーンが安全保障になった瞬間、世界中に権益・物流・人脈を張り巡らせた商社の存在自体が戦略資産に変わります。これが商社セクター全体を貫くメタ・ストーリーです。エネルギーと資源を持たない日本にとって、商社は事実上の「経済安全保障インフラ」であり、この構造は1〜2年で消えるものではありません。

【ストーリーが「言葉」から「行動」に変わった証拠】

このストーリーは観念論ではなく、企業行動として観測できます。象徴的なのが、三菱商事が2026年5月、2030年度までの脱炭素目標を後退させ、天然ガスへの回帰を打ち出したことです(日経報道)。中東緊迫で揺らぐエネルギー調達を、中東以外──特にカナダLNG──への投資拡大で固め直す。脱炭素の看板より安定調達を優先するという意思決定そのものが、時代の転換を物語っています。

各社の2027年3月期予想も同じ方向を向いています(図3)。7社全社が増益予想、うち5社(伊藤忠・住商・丸紅・豊田通商・双日)が過去最高益。突出しているのが三菱商事の+37.4%(1兆1,000億円)で、カナダLNG本格稼働と銅価格が牽引します。伊藤忠は+5.5%(9,500億円、3期連続最高益)と非資源で着実、三井物産は+10.3%(9,200億円)で、中計では2029年3月期1.1兆円への引き上げも公表済みです。

【ストーリーの弱点も直視する】

ただし、このストーリーには2つの急所があります。第一に、増益の中身が資源価格前提であること。世界景気、特に中国のデフレ圧力と原油需要の弱さが想定以上なら、前提ごと崩れます。第二に、AI相場との間接的な連動。商社はAIバブルの外側にいますが、AI設備投資の減速が世界景気後退の引き金になれば、資源価格経由で商社の業績にも波及します。「直撃を受けない」ことと「無関係」は違います。

■2. ストーリー投資の観点:7社それぞれの「物語」と、それが崩れる条件

ストーリー投資とは、テーマや指標の羅列ではなく「この会社が数年後にどうなっているか」の筋書きを持ち、その筋書きが生きているかを定点観測する投資法です。筋書きには「何が実現したら達成か」と「何が起きたら破綻か」をセットで持つのが鉄則です。7社の物語は表1にまとめました。

重要なのは、7社ともストーリー自体は生きていることです。つまり物語の優劣では差がつかない。差がつくのは「その物語に、市場がいくらの値段をつけているか」です。ここから定量分析に入ります。

■3. 定量分析(1):PBR-ROE回帰──セクターの評価ルールからの乖離

7社のPBRとROEに回帰直線を引くと、市場が商社セクターに適用している「評価ルール」が推定できます。結果は 適正PBR ≒ 0.170×ROE(%) − 0.27、決定係数R²=0.86。商社のPBRの86%はROEで説明できるということです。残りの14%、つまり直線からの乖離が「物語プレミアム/ディスカウント」です。

図1を見てください。直線より上(割高側)に最も大きく乖離しているのが三菱商事(+12%)、下(割安側)に最も乖離しているのが双日(−18%)です。伊藤忠・三井物産・住友商事はほぼライン上、豊田通商はややディスカウント(−6%)、丸紅はややプレミアム(+6%)です。

■4. 定量分析(2):残余利益モデル(RIM)──絶対評価での答え合わせ

回帰は相対評価なので、セクター全体が割高ならそれを検出できません。そこで絶対評価の物差しとして残余利益モデルを全社に統一適用します。理論PBR = 1 +(ROE−r)÷(r−g)、前提は株主資本コストr=8%、永久成長率g=2%です。結果は表2と図2のとおりです。

性質の異なる2つの物差し(絶対評価のRIM、相対評価の回帰)の両方で、割高側の最大乖離は三菱商事、割安判定が一致したのは双日だけでした。前提(r、g)を変えれば絶対水準は動きますが、7社の「序列」は前提を変えても保たれます。ここがこの分析の頑健な部分です。

■5. 解釈:三菱商事プレミアムの正体と、双日ディスカウントの正体

三菱商事の+19%プレミアムの構成要素は、(a)バフェット保有の「お墨付き」、(b)1兆円自社株買い・発行済17%消却という還元実績、(c)+37%増益のモメンタム、と考えられます。問題は、(a)(b)は既に株価に織り込まれた過去の材料であり、(c)は資源価格頼みだということです。地政学ストーリーは本物でも、その物語に市場はすでにセクター最高のプレミアムを払っています。「良い物語」と「良い値段」は別なのです。

一方、双日の−18%ディスカウントにも理由はあります。規模の小ささ、資源権益の質、歴史的な最下位評価の定着。つまりバリュートラップ(万年割安)の可能性は残ります。ただし、双日も今期過去最高益・セクター最高水準の配当利回りであり、業績が物語を裏切っていない以上、「最下位常連」という定性イメージだけで−18%が妥当かは疑う価値があります。回帰分析の含意はこうです──双日のROEが1%改善するだけで適正PBRは0.17上がる。改善の兆しが出た時の見直し余地が、7社で最も大きい。

■6. テクニカル(直近90日)

三菱商事の直近90日は明確な山型です。決算好感(5/1、+37%増益と増配発表)で上昇加速→5月中旬に年初来高値6,012円→以降は調整トレンドで7/15終値4,585円、高値から約24%下落。注目節目は、1月安値3,610円→高値6,012円のフィボナッチ61.8%押し=4,528円で、現値はこの直上での攻防中です。割れると心理的節目4,000円、1月安値3,610円が視野に入ります。上値は5,200円前後(決算ギャップ水準)が最初の抵抗帯。移動平均は下向きで、テクニカルに「買い急ぐ」局面ではありません。

■7. 結論:買うべきか、買わないべきか──投資家タイプ別の最適解

三菱商事: 現値では買わない(が、監視リストの筆頭)。2つの物差しの両方で最も割高、テクニカルも下向き。買うなら(1)RIM理論PBR1.6倍前後(株価4,200円近辺)への接近、(2)銅・LNG価格と四半期決算での前提維持、の2条件を確認しながらの3〜4回分割買いです。逆に言えば、地政学ストーリー自体は7社で最も濃いので、プレミアムが剥げた時は最優先の買い候補になります。

双日: 唯一の定量的割安。ただし性格を選ぶ。配当をクッションに数年待てる高配当長期投資家向け。見直しを待つ投資なので、ポジションは商社配分の一部に留めること。

伊藤忠・豊田通商: フェアバリューの優等生。新規に買う妙味は薄いが、高ROEが続く限り保有継続は合理的。豊田通商は回帰上ややディスカウントで、10年連続増配という「増配ストーリー」を評価する人には7社中もっともバランスが良い選択肢です。

三井物産・住友商事: ほぼフェア。買うなら個社の物語(三井=中計1.4兆円への道筋、住商=構造改革の持続)を信じられるかどうかで決めるべきで、バリュエーションは後押しも反対もしません。

【タイプ別まとめ】

・高配当インカム派 → 双日(+豊田通商)

・クオリティ長期保有派 → 伊藤忠、豊田通商

・地政学テーマ&押し目待ち派 → 三菱商事(4,200円接近を待つ)、三井物産

・AI偏重ポートフォリオの分散先を探す人 → セクター自体が候補。ただし「AIと無関係」ではなく「直撃されにくい」だけ、という認識で

・「バフェットが持っているから」派 → その根拠だけなら再考を。2020年と現在では、買値の前提がまったく違います

最後に本記事の限界を明示します。ROEは会社予想ベースの推計であり、実績が下振れすれば序列は変わります。回帰は7サンプルの簡便法です。地政学ストーリーは中東・米中情勢次第で強度が変わるため、四半期ごとの再点検を前提にしてください。

【免責事項】本記事は情報提供を目的としたものであり、特定銘柄の売買を推奨・勧誘するものではありません。記載の数値は執筆時点の公開情報に基づく推計を含み、正確性・完全性を保証しません。投資の最終判断はご自身の責任で行ってください。

【出典】日本経済新聞(2026年5月)、日刊工業新聞/ニュースイッチ(2026年5月)、Yahoo!ファイナンス、株探、各社決算資料・IR(2026年7月17日閲覧)

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