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ベトナム南部の麺フーティウ(Hủ Tiếu)について。

 チャウドックで食べたフーティウ・ナムヴァン(Hủ Tiếu Nam Vang)が美味しかったので、この料理について調べてみました。

フーティウとは?

 フーティウとはベトナム南部で人気があるもちっとした食感の米粉麺です。ベトナムの麺はフォーにしてもブンにしてもコシよりも歯切れの良さが重視されているのに対し、正反対の麺です。ちなみにですが、日本でよく出回っているフォーはタピオカでん粉が混ざっているものが多く、そういったものがコシや弾力が割り増しされています。

 フーティウは麺の名前なので、そのフーティウを使った麺料理はいくつもバリエーションがあります。上の写真だと、上から3つの料理がそうです。ここでは全て汁アリで、具をヤギ、ナムヴァン、イカと選ぶようになっていました。他にも汁無しの混ぜそばっぽいものがあったり、いくつかの街では御当地フーティウがあったりするようで、所によってはフーティウの太さも違うようです。

 こちらはフーティウ・ナムヴァン。ナムヴァンというと色々な具材が少しずつ入った具沢山豪華版みたいな雰囲気のようです。ここではフィッシュボール、豚足、エビ、イカ、アサリのような貝の取り合わせでした。スープは透き通った感じでやや甘い口当たりですが、くどくはなく見た目通りあっさりと食べられます。またネギ、香草、葱油のトッピングがとても香りが良いです。

 ではフーティウをご覧ください。見た目にもコシが強そうです。噛めば噛むほど美味しいです。

 フーティウのトッピング野菜&ハーブですが、春菊が入るのが一つの定番のスタイルのようです。このトッピング文化はベトナム南部で特に盛んで、料理によって定番の野菜やハーブがあるという話も聞きました。

名前の由来

 タイ料理に詳しい方ならフーティウの名前を聞いた時にアレ?っと思ったかもしれません。タイにはクイティアオ(Kuai Tiao)という米麺があります。実はカンボジアにもクイティウ(Kuyteav)という米麺があって、このことからもしかしてフーティウは純粋なベトナム語ではないのではと考えられます。実際、タイのクイティアオの袋には粿條と書いてあったりします。
 そこで粿條について調べてみると、粿條は中国広東省の米粉麺のことで、現地で話されている言語の一つ、潮州語での名前であるということが分かりました。そしてその潮州語が話されている広東省の潮州は中国国内でも随一の華僑排出地域だったのです。潮州出身の人々が東南アジアに広く進出した結果、潮州人のソウルフード一つであった粿條が東南アジアにも広まり、それがそれぞれの国の言葉で呼ばれるようになったという歴史があったのでした。
 まとめるとタイ-クイティアオ(Kuai Tiao)、カンボジア-クイティウ(Kuyteav)、ベトナム-フーティウ(Hủ Tiếu)です。さらにはマレーシアとシンガポールにもあって、クイティアオやクウェイティオウ(Kway Toew)のように呼ばれています。

華僑

 余談ですが、よく聞く華僑とは一体どのような人達でしょうか。華僑の歴史を探り始めると大変なことになるので、ここではごく簡単に定義だけを確認します。
 華僑とは中国の国籍を維持しながら中国、台湾以外の世界中の国に移住した漢民族とその子孫を指します。東南アジアには相当数の華僑がいますが、実はその出身地域は中国あちこちから満遍なく、ではなく特定地域に偏っています。それが広東省と福建省、それから海南省の三省です。そして東南アジアの華僑は広東省の潮州出身の人たちが多かったようなのです。
 

ベトナムでのフーティウの歴史

 ベトナム南部のフーティウは、華僑が直接潮州から持ち込んだものと、カンボジア経由で持ち込まれたものがあったようです。なぜフーティウが南部で根付いたのかと言うと、南部の方が歴史的に華僑の人数が多かった上、潮州出身者が多数派だったことと、ベトナムは北部で中国と国境を接していますから、北部の華僑はベトナムと隣接する広西チワン族自治区からの移住者が多数派を占めたということが理由でした。また南部にはフーティウ作りに適したお米が豊富にあったとも言われているようです。
 当時のフーティウは潮州人が潮州から持ち込んだ粿條だったのでしょうが、ベトナム南部の気候と現地で手に入る原材料や新しい食材、それから現地ベトナム人の文化の影響を受けて、今のフーティウが形作られていったと考えられます。そしてその過程で生まれたアレンジの一端が、麺のコシであると言われています。これは麺を作るときに乾燥させることによって生まれると言われており、これが南部の気候によって育まれた南部料理の味付けに噛み合ったのだそうです。北部のフォーは歯切れの良さが大事ですが、本場潮州の粿條もコシよりは歯切れの良さが大事なのだそうです(潮州、まだ行ったことないんですよ。)地理的にもベトナム北部は広東省に近いので、麺の共通点もあったりするのかもしれません。まだ行ったことない地域なのでそこは調べたうえでの想像なのですが、一つ手がかりもあります。それが台湾の高雄で食べた板條麺です。

 少し厚みのあるフォーみたいな米粉麺ですが、これもコシはなくぷりっとした歯切れの良さを楽しめる麺です。この板條麺は客家人が台湾に持ち込んだと言われており、実は客家も華僑の中で大きな存在感を持っている民族です。その客家人ですが、広東省と福建省、江西省の三省にまたがった地域に多く住んでいます。なので彼らの米粉麺がコシがないのであれば、広東省潮州の粿條ももともとコシがなかったと言われればそれは腑に落ちます。ちなみに、現在の台湾の板條麺はタピオカでん粉やサツマイモ粉などを使ってコシがあるものも増えているとのこと。

ナムヴァン(Nam Vang)

 カンボジアの華僑がカンボジアで独自に進化させたものがベトナムに持ち込まれたのが、どうやらフーティウ・ナムヴァンらしいのです。カンボジアの華僑はポルポト政権時代に難を逃れてベトナムに渡って来たと言われています。
 料理の名前について調べてみるとナムヴァンの意味は”南蛮”だという説があるようですが、そうではなく南旺と中国語で書いていたものをベトナム語発音したのだという説もありました。どちらにしてもカンボジアの首都プノンペンを指しているということで、この料理の名称としてはプノンペンのフーティウということになります。

 最初に触れたとおり、このように様々な具が取り揃えられるのがフーティウ・ナムヴァンの特徴です。
 ではプノンペンは南蛮なのか南旺なのかですが、普通にAIに聞くと、プノンペンをかつて漢字で南旺と表記していたと出てきます。ただこれだけだとあまりにも説得力がないので、まずプノンペンのウィキペディア中国語版ページを読んでみました。

金邊、舊譯南旺或百囊奔、是柬埔寨的首都⋯

wikipedia

と書かれています。プノンペンはかつて中国語(もしくは中国南部の方言や華僑の言葉)では南旺もしくは百囊奔と書かれていた(呼ばれていた)ようです。
 次に、ベトナムも以前は漢字を使っていましたから、”南蛮”と”南旺”のベトナム語発音も調べてみましょう。まず”南”ですが、これはベトナム(Viet Nam)のナムが”南”なのでNam。一致していますね。というか南蛮にしろ南旺にしろ、一文字目はどっちにしろ”南”だったのでここは問題ではありませんでした。では”蛮”ですが、これは日本語ではバンですが、ベトナム語ではManと読むようです。ちなみに中国語でもMánなので、ベトナム語は中国語の発音をほとんどそのまま採用したようです。
 ”旺”については、”An khang thịnh vượng”というベトナムの新年の挨拶にそのまま残っていました。漢字で安康盛旺と書くようで、ベトナムの旧正月時期にはこのフレーズが書かれた飾りがそこら中に飾られます。旺=vượngということでVangと完全に一致しているわけではありませんが、子音"v"+母音+鼻音"ng"と音の連なりはかなり近いですね。完全に一致していないのは、”南旺”が古い時代の言葉であり、かつ外国の都市の名前を表すのに使われた当て字みたいなものですから、今と発音が少し違った可能性がありますし、”プノンペンのフーティウ”がベトナムに伝わってきた当時にフーティウ・ナムヴァン(Hủ Tiếu Nam Vang)として定着したのであれば、その後漢字を使わなくなったベトナムのベトナム語の発音が時代とともに変化しても、フーティウ・ナムヴァンという固有名詞化した料理名の呼び名は変わらないでしょう。これがもし漢字表記されていれば、もちろん漢字の読み方が変われば発音も変わるのでしょうが。私にはこれ以上深掘りする知識も手段もないですが、以上のことからおそらくナムヴァンの漢字はおそらく南旺であろうし、もしそうでなかったとしてもそれが南蛮である可能性はかなり低いのではないかと思います。
 うっかりフーティウについて調べ始めたらかなり面白い歴史が潜んでいました。面白かった。

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