【第2号】リテールAI業界分析日記
東京はここ数日、晴れているかと思えば急に雨が降ったりして、なんとも読めない天気が続いています。
天気と同じで、世の中もなんだか読めないことが増えてきましたよね。
先週あたりから、AI関連のニュースを眺めていてひとつ強く感じることがあって。
「すごい技術が出た」「業界が変わる」という表面的な話ではなく、どこかで静かに、でも確実に「AIの使われ方の重心が移動している」んですよね。
スポットライトが当たる派手な場所から、もっと地味だけど本当に儲かる場所へ、という移動です。
個人的には、この「重心の移動」こそが今のリテールAI業界で最も注目すべき動きだと感じています。
特に日本市場にとっては、むしろ「地味な場所に光が当たる」ほうが、構造的に向いている市場かもしれないと感じます。
その理由を今日は少し掘り下げてみたいと思います。
というわけで今日の見どころは以下のとおりです。
・「スマートストアの真実」── AIは接客より在庫管理で本領発揮する件
・エージェンティックAIという「代理購買人」の登場と、ブランドが直面する見えない脅威
・サプライチェーンの静かな革命 ── 日本のコンビニが世界に教えられること
上記が以下各記事にちりばめられておりますのでご高覧ください。
「スマートストア」の幻想 ── AIは舞台裏でこそ輝く
Retail Diveに面白い記事が出ていました。
Sensormatic SolutionsのTony D'Onofrio氏による寄稿ですが(https://www.retaildive.com/spons/smarter-stores-start-behind-the-scenes/817600/)、タイトルが「Smarter stores start behind the scenes」、つまり「賢い店舗は舞台裏から始まる」という話です。
これ、読んでみると非常に真っ当なことが書いてあって、ひと言で言えば「AIは消費者向けの派手な体験よりも、バックエンドの業務改善に向いている」ということ。
LLM(大規模言語モデル)はどこにでも使える万能ツールではなく、「高度にカスタマイズされ、精密に配置され、解釈に使われるとき」に最も価値を発揮する、と。
なるほど・・・!という感じがしましたね。
消費者向けの派手なAI接客は「一度は試してみたい」体験にはなるけれど、長期的なロイヤルティには繋がりにくい、というのはかなり正直な分析だと思います。
小売業者はフロントよりバックエンドの改善に注力したほうがいい、と。
これ、日本市場で考えると余計に説得力がありますよね。
日本の消費者は世界でも屈指の「接客への目が厳しい」客層です。
AIチャットボットが多少賢くても、「なんか違う」という違和感を瞬時に察知して、むしろ印象が悪くなることさえある。
その一方で、店頭の棚に欠品がない、商品の陳列が整っている、レジの待ち時間が短いといった「当たり前品質」への期待は世界トップレベルで高い。
つまり日本の小売に必要なのは、AIによる「おもてなしの演出」ではなく、AIによる「当たり前品質の担保」なんですよね。
この視点は、Retail Brewの分析(https://www.retailbrew.com/resources/the-state-of-stores)と組み合わせると、さらに意味深になります。
Retail Brewの記事では、AIを活用したWalmartアプリを店内で使ったショッパーは平均的に多くの支出をしていることが報告されており、これは「面白い体験を提供したから」ではなく、「必要なものを確実に手に入れる体験の精度が上がったから」ではないか、という仮説が立てられますよね。
体験の「感動」ではなく体験の「精度」がロイヤルティを生む、という話でもあります。
正直に言うと、私たちが運営しているトクスルビジョンも似たような問いを常に抱えています。
消費者が広告動画を見てポイントをもらう、という体験は一見地味ですよね。
でもその「地味さ」の中に、購買行動との紐付けという「精度の担保」があって、それこそが広告主に価値を生んでいる。
派手さより精度、という話は、リテールAI全体に共通する時代のトーンなのかもしれません。
「代理購買人」の出現 ── ブランドの見えない脅威
もう一つ、今週追いかけていたテーマがあります。
「エージェンティックAI(Agentic AI)」という言葉が急速に広がっていて、これがリテール業界の構造を本当に変えるかもしれない、という話です。
ひと言で言うと、「あなたの代わりに買い物してくれるAI」です。
消費者がAIアシスタントに「いつものシャンプーが切れたら自動で注文しておいて」と頼んでおくと、AIが条件を満たしたタイミングで勝手に購入を完了してしまう。
PinsentMasonsの法律レポートによると(https://www.pinsentmasons.com/out-law/analysis/retailers-respond-rise-agentic-ai-commerce)、すでに米国消費者の23%がAIを使った購買を行ったと報告しているそうです。
これ、小売業者にとって何が怖いかというと、「消費者と商品の間にAIが挟まる」という構造変化だと思います。
これまでブランドが戦う場所は「店頭」と「検索結果」でした。
店頭ではパッケージデザインとPOPで目を引き、検索ではSEOとリスティング広告で上位表示を狙う。
でもエージェンティックAIの世界では、消費者の目に触れる前にAIがレコメンドを決めてしまうわけです。
eMarketerの調査(https://www.emarketer.com/content/ai-chatbot-recommends-different-brand--nearly-half-of-active-users-say-they-ll-try)によれば、米国のAIユーザーの多くが「AIアシスタントが別のブランドを提案したら試してみる」と回答しています。
これは恐ろしい話ですよね。
ブランドロイヤルティの侵食が、消費者の意識変化ではなくAIのレコメンドアルゴリズムによって起きる時代になってきた、ということでもあります。
PwCの予測では「3年以内にすべての家庭がAIショッピングアシスタントを持つ」とも言われています(https://www.linkedin.com/posts/1jameswilliamson_a-pwc-study-found-that-in-the-next-three-activity-7450428591479185408-V5s4)。
さらにAdobe Analyticsのデータを引用したGlossy誌の記事(https://www.glossy.co/fashion/why-bridal-retailers-are-jumping-into-ai-shopping-before-the-model-is-proven/)では、2025年ホリデーシーズンに生成AIからの小売サイトへのトラフィックが前年比600%超で増加したとあります。
600%というのはさすがに目が飛び出ましたね(笑)。
ゼロからの成長なのでこういう数字になるのは当然ではあるけれど、それでも方向性は明確です。
では、ブランドはどうすればAIに「選ばれる」存在になれるのか。
ここで出てくるのが「機械可読性(Machine Readability)」という概念です。
AIコンシェルジュはどこからレコメンドの根拠を持ってくるかというと、商品データです。
成分、認証、形状、価格、在庫状況、レビュー。
このデータが構造化されていて、AIが読み取れる形式になっていないと、そもそもレコメンドの候補にすら入れてもらえないわけです。
Adobeの分析(https://business.adobe.com/blog/ai-traffic-surge-retail-sites-not-machine-readable)でも、多くの米国小売サイトが機械可読性の不足でAI検索の視認性を失っている、と指摘されています。
これ、日本のブランドにとっては相当な課題だと思っています。
日本のEC化率は先進国の中でも低く、多くのブランドが実店舗中心でビジネスを組み立ててきました。
デジタル商品データの整備が後回しになっている企業も多いはずです。
AIに選ばれる時代に向けて、「商品データのデジタル整備」が次の競争軸になる、というのはかなり真剣に考えるべき話ではないでしょうか。
個人的には、ここは日本市場が最もキャッチアップを急ぐべき領域の一つだと感じています。
サプライチェーンの静かな革命 ── 日本が知っていたこと、知らないこと
今週収集した記事の中で、分量的にも一番多かったのが「サプライチェーン × AI」の話でした。
RELEXの「State of Supply Chain 2026」レポート(https://www.supplychainbrain.com/articles/43849-report-ai-moves-into-core-supply-chain-decisions)によれば、小売・製造業のリーダーの67%が「AIを使ったサプライチェーン意思決定への自信が昨年より増した」と回答しています。
MITの研究(https://ctl.mit.edu/news/ai-not-optional-anymore-omnichannel-supply-chains-new-mit-ctl-research-finds)では「AIはもはやオムニチャネルサプライチェーンにとって任意ではない」とまで言われています。
ただ、ここで一点だけ強調しておきたいことがあります。
同じRELEXの調査で「AIに完全独立した意思決定を任せたい」と答えた人はわずか10%で、54%は「AIはレコメンドを出すが、最終判断は人間がする」形を好んでいます。
つまり、AIが「決める」のではなく「提案する」というかたちがまだ主流になっているということです。
ここは行動経済学的にも面白くて、人間は「自分が決めた」という感覚がないと行動に納得感を持てない生き物なので(フランクリン効果の逆というか)、この比率はしばらく動かないかもしれませんね。
さて、日本市場の話をすると、実はこの「サプライチェーンAI」の文脈で日本は世界から一目置かれている部分があります。
IGD(https://www.igd.com/commercial-insight/retail-analysis/channels/convenience/articles/learning-from-technological-innovation-in-japanese-convenience/72995)の分析を見ると、日本のコンビニが約56,000店舗という世界有数の規模で高精度の商品管理を行い、AI・ロボット・デジタルツールを駆使して労働力不足を補ってきたことが海外からの学習対象として取り上げられています。
例えばナチュラルローソンでは、AIを使ったワインソムリエサービスを日本語・英語・中国語対応で提供していて、BWS(酒類)カテゴリーの購買単価向上に貢献しているとあります。
ただ、正直に言うと、これは「日本のコンビニはすごい」という話の一方で、「でも、その優位性はどこまで続くか」という懸念も同時に感じます。
日本のコンビニが強かったのは、長年の現場最適化と、膨大な実店舗データの蓄積があったからです。
でも今、BCG(https://www.bcg.com/publications/2026/how-agentic-ai-is-transforming-retail-merchandising)が「マーチャンダイジングは常時稼働するAIエージェントによって変わる」と言い始めている世界では、その蓄積が「AIが自律的に価格・品揃え・在庫を最適化する基盤」として活用できるかどうかが問われてきます。
単に「データがある」だけでは不十分で、「AIに読めるデータとして整備されているか」が本当の競争力になるということですね。
日本の倉庫物流AI市場に関する分析(https://www.linkedin.com/pulse/japan-artificial-intelligence-warehouse-logistics-application-4cqbc)では、市場規模が今後大きく拡大すると予測されており、少子高齢化による労働力不足がAI導入の最大の推進力になっているとされています。
「危機がイノベーションを促す」という典型的なパターンですよね。
ある意味、日本は「追い詰められているから先に行く」市場なのかもしれません。
トクスルビジョンの現場感覚から言っても、小売パートナーとの会話の中で最近よく出てくるのが「棚前の行動データと購買データを繋げたい」という話です。
月間20万行の行動データを扱っていると、「広告が届いた人がその後どこで何を買ったか」というデータが少しずつ見えてきます。
これはまさに「機械可読なリテールデータ」の一形態ですね。
サプライチェーンの需要予測から広告効果の実証まで、データの整備と活用が一気通貫でできている事業者が次の時代に強いポジションを取る、というのは間違いない方向性だと感じています。
今日の締めに
まとめると、今日見えてきたのは「AIのリテール活用は、派手な場所から地味な場所へ重心が移っている」というお話です。
消費者向けの体験はあくまでも入口で、本当の価値はバックエンドの精度、商品データの機械可読性、サプライチェーンの自律最適化にある。
そしてその「地味な精度」の積み重ねが、エージェンティックAIに「選ばれるブランド」になるための条件にもなってきている、という構造が見えてきます。
日本市場はこの変化に対して、コンビニという世界最高レベルの現場データ資産を持ちながらも、デジタル整備という観点では遅れを抱えている部分があります。
「ある」と「使える形にある」は全く別のお話です。
そのギャップを埋めることが、日本のリテールAI関係者全員の宿題でもあるのだろうと思います。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございました。
次回もどうぞよろしくお願いいたします。
永井俊輔 / LMIグループ株式会社 代表取締役社長

