犬の最後②「獣医の涙」

深夜1時ごろ、犬が息を引き取って、悲しみで一睡もできない夜を過ごした。
朝になり、報告と葬儀をどうするかなどの相談も兼ねてかかりつけの獣医に電話をしたら、ペット霊園で葬儀も行っていることを教えてもらった。
その数時間後、獣医から花が届いた。
ダリルのことを思ってくれる人が、自分たち以外にもいる、という事実が嬉しくて泣いた。

葬儀を終えて数日間は、何もする気が起きずとにかく悲しみに暮れた。
ただ、お花やこれまで診てくれた獣医のところにお礼と医療物質の返却にいかねばというのだけがずっとあった。
1週間ほどして、お礼を言いたい旨の電話をして病院に向かった。

かかりつけの病院の院長先生はとても丁寧で治療に熱心。責任者らしいとても落ち着いた大人の人物だった。
ダリルは3歳の時からこの病院と先生に7年間お世話になっていた。
ダリルは「治療は嫌だけど、病院では可愛がってくれる人がたくさんいるので病院が好き」という珍しい犬だった。
診察台に乗る直前は嫌がるけど、診察台に乗って獣医師を目の前にすると喜んで尻尾を振る。
病院でも愛嬌たっぷりのダリルは、スタッフみんなに可愛がってもらえていたと思う。
状態が悪化してからも、病院の休日でも処置をしたほうがよいか電話をくれたり、自宅看護のやり方を教えてくれたり、飼い主の負担がなるべく少なくなるようにと心を配ってくれた。
ダリルのいない診察室

ダリルだけがいない、人間だけでの病院の訪問は不思議な感じがした。
診察室に呼ばれて夫婦で院長先生と対面する。
何を話していいか分からず、少しの沈黙が流れた。
その後、院長先生の方が気を遣ってから病状の説明なんかをしてくれて、何となく流れで「そういえばこの頃はこんな様子だった」とぎこちない雑談をした。
院長先生はいつもどおり落ち着いていた。
単に間を埋めるための会話でしかないのはお互いわかっていた。
どこでお礼を言って、どう切り上げようかと思っていた時。
院長先生が少し黙ったあと
「本当に…いい子だったから」
と言いながら涙で声を詰まらせた。
それをきっかけに、感情が決壊して
「本当に、こんなによくしていただいて…ありがとうございました」
と嗚咽しながら繰り返すだけになった。
夫は気まずさからか足早に診察室から出ていき、私も後を追った。
毎日たくさんの子たちを診て、たくさんの子たちを看取っていくであろう獣医は、こうした現場に慣れているのだと思い込んでいた。
だから、院長先生の涙には正直びっくりした。

ダリルのことを、1匹の犬として、こんなにも愛情を注いで診てくれて、悲しんでくれている。
それが本当に嬉しくて、そしてもうダリルがこの世にいないのが悲しくてたまらなかった。
病院のみんなへの感謝は尽きない。
でも、ダリルがいない今、もう病院に行く用事もなく、お世話になった人たちに会うこともない。
それが今でもどこか寂しい。
(続くかもしれない)
