小説家の連載 ミッション・ニャンポッシブル 第七話
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第七話
カメラの前でセクシーに決める若い女。
パシャ。パシャ。強いフラッシュ。
女は単独で撮ったり、飼い猫を抱いて飼い猫と一緒に写真に写ったりしている。抱っこされているアメリカンショートヘアのオスは、飼い主と同じぐらいの決めポーズで決め決めに決めている。
「はい、お疲れ様でした~」
撮影が終わり、女は猫を持ったまま笑顔でスタッフに愛想を振りまいた。
「流石マリーちゃん、猫ちゃんもプロ意識強いね~」
「いいえ~それほどでも~トムもプロだからかな~」
大勢のスタッフに囲まれて、白い撮影スタジオの中。トムは自分のキュートなイメージを崩さないよう可愛い顔をキープ。
トムを抱っこしているのはモデルのマリー。日本人の父と、若い頃モデルをしていたフランス人の母を持ち、可愛さと綺麗さの両方を兼ね備えた美女だ。身長は百七十センチあり、ブラウンの瞳と同じ色の髪をナチュラルに巻いている。幼い頃はパリで育ち、フランス語は今でも話せる。パリから帰った後に育った父の地元である北海道を愛しており、売れっ子モデルになっても未だ頑固に住み続けている。
「今日これから札幌に帰るんでしょ?もう東京に移住しなよ~札幌も東京もそんな変わんないって」
「でも、わたし地元が好きなんです。それにトムも」
マリーはトムののどを撫でる。トムは嬉しくてのどをごろごろ鳴らした。
「トムもおうちが恋しいみたいだから」
そう、このマリーこそがトムの飼い主なのだ。美人の飼い主に抱っこされ、自分も飼い主も高く評価され、トムは得意げな顔をする。
多くのスタッフ達に惜しまれつつ、トムとマリーは撮影終了後、北海道へとんぼ返りする事になった。マリーはどれだけ仕事が忙しくても、自宅でトムと一緒に過ごす事を大切にしている。
札幌の自宅へ帰ったマリーとトムは、ソファに座ってゆっくりくつろいだ。マリーはワインを開け、トムはお皿に入れられたちゅーるをなめて、ゆっくりする。
すると、インターホンが鳴って、マリーが確認すると、ハンサムな青年が立っていた。
「え?!翔君?!」
マリーがドアを開けると、一年前からマリーと付き合っている彼氏の翔が笑顔で立っていた。翔は一般人だが、有名企業に勤めている高給取りである。マリーの兄が翔の同僚で、マリーの兄が転職した会社が翔の勤め先だった。兄を介して知り合い、交際に発展したのだ。仲の良い同僚の妹が有名モデルである事に翔は初めびっくりしたものだ。
「もう、翔君来るならメイク落とさなかったのに!びっくりした!」
「マリー、明日誕生日だろ?前祝いだよ」
「え?でも翔君明日も仕事でしょ?」
「有休取ったんだ。今から飲みに行かない?おすすめのバーがあるから」
「ええ~?!もう、そんな事言われたって。しょうがないなあ」
文句を言いつつマリーはソファーの前にメイクボックスを出して、メイクを始めた。マリーが支度をしている間、翔はトムを抱っこして、窓際に行き、マリーに聞こえないように小声で会話する。
「トム、実は今からマリーにプロポーズするつもりなんだ。だから俺はトムの・・・パパになる訳だ。プロポーズが成功するように応援してくれよ」
「にゃあ」
おいおい、マジかよ。トムはちょっとびっくりしたが、翔がマリーの夫になり、自分の新しい飼い主になるのは嫌ではなかった。二人が付き合いたての頃、トムはよく翔に威嚇したが、翔は負けずに真剣に向き合ったので、今ではトムも翔の事を認めている。それにマリーもいつまでもモデルを続けられる訳じゃないし、子供が欲しいという願望もあるようだから、このへんで結婚するのも悪くないだろう。
「バーに行くから酔っ払って帰るのが朝になるかもな。だけど明日の朝になったら必ず帰ってくるし、明日はここで、マリーの部屋で一緒に過ごすつもりだから。ちょっとの間だから、待っててくれよ」
トムは翔の顎をぺろぺろとなめた。翔はくすぐったそうにして、トムを床に降ろすと、マリーのメイクが終わったので、カップル二人は夜の街に繰り出していった。
マリーはきっとウェディングドレス姿が似合うだろうなと想像しながらトムがソファの上で眠りに落ちかかっていた時・・・カチャっと音がして、誰かが入ってきた。
飼い主二人が戻ってくるには早すぎるにゃ・・・と思って目を開けたが、目に入ってきたのは以前メインクーンのメイベルを誘拐して警察に突き出した(結果的に)、あの老人カップル二人だった!
そんな!何で!第一ここオートロックだし!どうやって入ったにゃ?!パニックになるトムに、老人カップルはにこにこしながら近づき、あっという間に老女がトムを抱え、老人がキャリーに素早くトムを入れた。老女が何かの液体を含んだハンカチをトムの口に当てて気絶させられる前に、トムは出せるだけの音量を出して力の限り首輪に向かって猫語で叫んだ。
「メーデー!メーデー!助けてにゃ!猫泥棒の老人達に誘拐されそうにゃ!助けに来て!」
そう言い終わった途端老女のハンカチがトムの口を塞ぎ、あっという間に気絶させられてトムは誘拐された。
トムのSOSを聞いたCATメンバーはすぐさま行動に出た。
「トムを救うんや!飼い主さんが戻ってくるまでの間に救うしかない、急ぐんや!まず、すずちゃん、ハッキングするんや。トムの首輪のGPSの位置を調べて!」
ごん太が指示を出す。CATのメンバーが身に着けている首輪にはGPSが仕込まれており、今回のような誘拐事件においては重宝する。
「了解にゃ!」
すずがすぐさまハッキングする。ごん太は令と陸にも指示を出す。
「令ちゃん、陸、トムの位置が判り次第向かうんや!」
「了解にゃ!」
「了解」
令と陸が返事をする。令は夜更かししているママの首筋をビンタして眠らせて、「げふっ」と言いながらママがパソコンに突っ伏すのを確認して、出動の準備。
「ごん太、居場所が判ったにゃ!札幌市内のホテルの地下駐車場に居るにゃ。もしかしたら仲間のお年寄り達と合流するつもりなのかも・・・」
「それはまずい!令ちゃん、陸!ただちに向かうんや!」
「ラジャー!」
戦闘担当の兄弟猫達は、ほぼ同時に札幌に向かって出発した。
ホテルの地下駐車場。
トムを誘拐した老人カップルは、真っ黒いワゴン車からキャリーを持って降りると、あたりをきょろきょろと見渡す。
しばらくすると同じような真っ黒いワゴン車が次々と到着し、中からは老人達が降りて来た。このようにして全国猫泥棒連盟に所属する老人達は集合し、これから悪事について思う存分語り合うのである。
「やっとCATのメンバーを捕まえてやったわい!」
と老女がキャリーの中で眠っているトムを高々と抱え上げ、彼氏であるじじいも誇らしげになり、それに対して他の老人達も拍手喝采。
「すごいのお!やるのお!」
「何、わしらもあれぐらいの悪事を働けるわい」
「わしなんて若い頃はもっとすごい事を・・・」
「あたしだって若い頃銀行強盗ぐらいしましたとも」
「あたしももうちょっと若ければあれぐらい」
最初はリーダーカップルを褒めていた老人達も、だんだんと「若い頃いかに悪い事をしたか自慢」に変わっていき、次第にリーダーを放っておいて話し始める。
「それより最近は腰が痛くて眠れん」
「わしなんかどこも悪くなくても眠れんわい」
「あんたはええなあ、わしはどこもかしこも悪くて」
「年取るとがたがきて嫌よねえ」
「あんたいい病院知らない?」
「そう言えばうちの嫁が生意気で・・・」
と、いつの間にか、老人あるあるな体調不良の話、病院の話、果ては息子の嫁、孫の嫁が生意気で可愛くないと話し始める。ぽかんとして見ていた老人カップルも、トムをほっといて全然関係無い話をし出す。
「ところで幸三さん、一体いつになったらあたしにプロポーズをしてくれるんだい?!あたしゃこの勢いだとウェディングドレスを着る前にあの世に行っちまうよ!」
「そんなわしを責めるな・・・年金じゃティファニーとやらの指輪は買えんわい」
「何だって?!若い頃からちゃんと貯金してなかったのかい。だらしがないねえ、この調子じゃいつになったら結婚してくれるのか・・・こんな事なら元カレの源造と結婚しとけばよかったよ」
「何?!げ、源造って、何であいつと比べるんじゃ!あのしょーもない弁護士崩れじじいが!」
「その元弁護士じじいが手をまわして保釈金払ってくれたからあたしらは娑婆に戻れたんじゃないか!」
「うるさいわい!あんなじじいと比べるな!わしゃまだまだ若いし若い女とも遊べるわい!」
「ああそうかい!でも源造はあんたみたいな老けたじじいと違って身なりもきちんとしてるし素敵な人だけどね!あんたそんなんだから前の彼女にも逃げられたんじゃないかい?!」
「何じゃと?!」
「何だい?!」
老人二人がまるで二十代のカップルみたいな痴話喧嘩を始めてしまった。「彼氏が結婚してくれない」だの「指輪はティファニーがいい」だのと、若い女子ならそういう夢があってもいいかもしれないが、ウェディングドレスより死に装束の方が似合う歳の老女がそれを言うのはもはや痛いを通り越して寒すぎる。
こんな風に老人達がわーわー騒いでいるのを尻目に、令と陸はそうっと地下駐車場に忍び込んでいた。助っ人として一応着いてきた、普段は経理担当のみたらしと一緒に、老人達の黒ワゴンの陰から様子を伺う。
彼らはしゃべる事に夢中で、誰もトムに注意を向けていない。助けるなら今だ。
目で合図し、三匹の猫は動いた。令は音も立てずに素早く走り、キャリーの方へ向かった。そうっと慎重にキャリーを開ける。キャリーは牢屋のようだ。開けると、トムが飛び出してきた。
「令ちゃん、ありがとうにゃ」
「トムが無事で良かったにゃ」
小声で会話し、二匹の猫は素早く走って、先程まで隠れていたワゴンの陰に再び隠れる。老人達は誰も気づいていない。
メンバーの一人が、スマホ片手に画面を見ながらもう一人としゃべっている。女子高生かと突っ込みたくなるが、最近は高齢者でもスマホを持っている人も増えたのだ。
「それでね、こないだ同窓会のお知らせが来たんだけど、もう私らの年齢になると、皆死んでるでしょ?」
「そうよねえ、もうなんか歳だし・・・・」
おしゃべりしている老女二人の背後に、みたらしが近付いた。かと思いきや、みたらしはぱっと彼女のスマホを口に咥えて奪い去る。
「あっ、私のスマホ、返してええええええええ!」
「猫が、猫が!」
叫ぶ老女達を見て、他のじいさんばあさん達も話すのをやめて、何処かへ走り去るみたらしを見て口々に叫ぶ。
「ああ、あの猫!CATのメンバーだ!」
「敵にばれたぞ!」
「このままではやられる!」
言い争っていた老人カップルも、ようやくキャリーの中のトムが居ない事に気が付いたようだ。
「あ、猫が居ない!幸三さんがちゃんと見てないからよ!」
「何じゃと!わしのせいにしとるが、あんたの責任でもあるだろ!」
「何ですって!」
またもや言い争う老人達。と、その時、スパイ道具を身に着けた陸が後ろ足で老人達の前に仁王立ちした。かと思いきや、ジャンプし、自慢の猫パンチを繰り出して次々と老人達の顔面にパンチを叩きこんでいく。
「ぐはっ!」
「げぼっ!」
「げはっ!」
敵がどんどん倒れていく。令もそれに加勢し、今度は自慢の爪をかっと出して、老人達を次々引っ掻いていく。
「ぎにゃあああああああああああああああああ!」
雄叫びを上げる令。引っ掻かれた老人達は口々に、
「痛い!」
「うわあああああああ!」
「痛いいいいい!」
と叫んで散り散りに逃げる。
最後に化け猫マントを被ったトムが彼らの前に立った。
「僕を誘拐した恨み、晴らしてやるにゃ!」
「「「うわああああああああああああああああああああああああああ!」」」
この恐ろしさには全員が悲鳴を上げ、あまりの恐ろしさにしゃがみこみ、次々と気絶していった。
老人カップルの彼氏は、彼女の手を取って、
「すまん、もうここまでかもしれん・・・ムードも何も無いが、わしの嫁さんになってくれんか?」
「ええ、一緒の墓に入りましょう!」
と言って二人は気絶した。
敵を一掃したところで、スマホを奪っていたみたらしが110した。これで警察が逆探知して、逮捕しに来てくれるだろう。
「みんな、ありがとうにゃ」
「お礼を言う必要は無いにゃ。トムは仲間なんだから。ね、陸、みたらしちゃん?」
「もちろんにゃ!」
「令ちゃん、せやけど、トムの飼い主さんが帰ってくるまでの間に帰ってへんとあかんのやろ?」
「そうだったにゃ!急いで帰らないと!」
トムの無事を分かち合っていたものの、みたらしの発言に我に返った猫達は、猫用ジェットに乗って、慌ててそれぞれの自宅へと帰っていくのであった。
令達と壮絶な戦いを繰り広げた猫泥棒連盟の老人達は、今度こそ全員逮捕された。駆け付けた警察によってこれまでの悪事が明らかになったからだ。但し、トムの誘拐の件については、警察が駆け付けた時には既にトムは解放された後だったし、彼らの戯言だという事で片付けられた。やれやれ、今後どうなる事やら。
令が自宅に戻って、朝が来て、仕事に行くために起きてきたパパは、パソコンに突っ伏したママを発見して、びっくりして揺り起こした。
「夏葉!また徹夜したのか?」
「ううん・・・あ、譲君、私また寝ちゃったみたい」
と言いながら、誤字だらけのワードの原稿を見て、またかとがっかりする夏葉。
「もう夏葉だけの体じゃないんだから、徹夜は控えてくれ」
譲はそう言って、妻の頭を撫でる。
夏葉は立ち上がって、夫とハグをした。
二人は寝室に行き、猫用ベッドで丸まって幸せそうに眠っている令を見下ろして、小声で会話する。
「人間の弟か妹ができるよって、あの子にいつ言う?」
「そうだなあ・・・。でも、そもそも令ちゃんがちゃんとお姉ちゃんをできるかどうかも判らないけど」
「きっとできるよ」
そう言って微笑む妻。夫は、まだ全然目立っていない妻のお腹を愛おしそうに撫でた。
次回に続く
