小説家の連載 ミッション・ニャンポッシブル 第十話
第十話
「どうや、調子は」
「元気だにゃ」
「そうか」
大阪市内某所。
令はごん太の家に居た。ごん太の家という事は、市長の家という事になる。
令とごん太は、猫が座るサイズのソファに座り、猫サイズのテーブルを挟んで、向かい合う形で座っていた。テーブルの上には、猫用コーヒーが入ったマグカップが二つ置かれている。
ごん太の家は広い。今二人が居るのは、これまた広い地下室。古い荷物なども置いてあってごちゃごちゃしてはいるものの、きちんと片付けられている。前述の通り、猫用のソファなどもあるが、その他に、書き物等をするための、これまた猫サイズのデスクや椅子、猫用コーヒーを作ったりできる簡易キッチンや、猫用パソコン、ごん太が仕事を快適にできるようにするためのものが沢山あった。猫サイズの本棚には、代々受け継がれてきたCATの重要ファイル等が保管されている。リーダーの書斎にふさわしいように整えられているのだ。
ごん太はコーヒーをすすった。令もそれを真似して、自分もすする。コーヒーはほどよい温度で、美味しかった。
「令ちゃん、おふくろさんに赤ちゃんができたんやってな?」
「うん、そうにゃ」
猫は環境の変化が苦手で、現状維持を好む生き物。そのためCATのリーダーは、何か変化が起こったメンバーがいると、メンバーのメンタルケアのために、一度は必ず面談をしなければいけないのだ。リーダーとの面談を望まない猫の場合は、ドクター担当の猫、またたびが代わりに面談しても良い事になっている。CATの規則にある。飼い主が家を買った、引っ越す事になった、仲良しだった飼い主の子供が進学や就職で家を出てしまった、等。今回の令の場合は、飼い主二号が妊娠し、いずれ新しい家族が増える事が、環境の変化だと認められた。
「ほんで、今の心境はどうや?」
「うーん・・・正直言って、不安が大きいにゃ。令にとっては新しい家族が増える事になるし、それにママも・・・赤ちゃんができる事でママが今までと違って変わっちゃったらどうしようって」
「そうやなあ」
ごん太は重々しくうなずく。
「令ちゃん、人間にとって、赤ちゃんができるって事は相当な事や。わいら猫は妊娠期間も短いし、子育て期間もそう長くはないけど、人間はわいら猫とは違うさかい、赤ちゃんができた飼い主を持つと、生活は一変するんや」
そこでまたコーヒーを飲むごん太。
「どうしても飼い主も赤ちゃんにかかりきりになるし、赤ちゃんは夜泣きするわな。生まれる前も、お腹が大きくなって、そういう状態やとなかなか猫にまで手が回らん状況らしい」
「にゃ・・・」
神妙な顔つきになる令。
「令ちゃんは今まだ甘えん坊やって事で、親父さんやおふくろさんに甘やかされて、可愛い子やなって笑ってもろてるけど、赤ちゃんが生まれたら今まで通りにはいかへんで。おふくろさんからしたら、令ちゃんは別に守るべき存在やないけど、赤ちゃんはそうやないからな。赤ちゃんが生まれてもこれまで通りべたべたに甘やかされると思うのは間違いや。むしろ、変わらずべたべたしとったら、おふくろさんに愛想尽かされるで」
「にゃ・・・・」
ごん太の正論に、しょぼんとする令。
ごん太は諭すように言った。
「令ちゃん、わいら猫は可愛く媚びを売る事で人間社会に溶け込み、上手く生き残ってきたんや。犬と違って、可愛いというだけでここまでのし上がってきたんやで。甘えるのと冷たくするのを上手い事駆使して、ここまでやってきたんや。せやけど、いくら可愛いからって何をしても許される訳やない、例えば令ちゃんが人間の赤ちゃんに危害を加えるような事があったら、いつ保健所に連れていかれてもおかしくないな。人間に気に入られる事で生き残ってきたのに、人間の気に入らん事したら終わりやで」
「うん・・・・」
リーダーの言葉が、令に重くのしかかる。
「でも、令、どうやって赤ちゃんの世話をしたらいいか判らないにゃ」
「そうやな。そもそも令ちゃんはまず、他の猫とも仲良くするのが上手やないからな・・・わいらファミーユ時代からのメンバー以外とはほとんど仲良くもしてへんし」
それを聞いて赤面し、黙る令。
「令ちゃんは戦闘担当の猫やけど、赤ちゃんに対して戦ったらあかんからな。そこで、赤ちゃんと接するための練習と言っては違うかもしれへんけど、今日はちょっと、わいが令ちゃんにやって欲しい事に、取り組んでもらいたいんや」
「にゃ?令にやってもらいたい事って?」
にやりと笑うごん太。
「それはな、まあ、後でのお楽しみや」
猫用ジェットに乗ってごん太の自宅を出た二匹の猫は、島根県に向かっていた。令の異父兄弟、陸の自宅に向けてである。令は何故ごん太が陸の自宅へ行くのか、不思議でならなかったが、黙って彼について行った。
でっぷり太った猫であるごん太は、猫用ジェットにほぼ収まっていない。肉がみちみちとして、今にもジェットの運転席から体が溢れそうである。令は彼を見て、
「あそこまで太るのはちょっと嫌だにゃ・・・」
と内心思った。
陸の自宅へ到着すると、陸が二階の部屋の窓を開けて待っていた。二人は窓から入って着陸する。陸が窓を閉めた。
陸の自宅はちょっと変わっていて、二階がひろびろとして、リビング兼食卓、キッチンとなっている。一階が各家族の寝室で、夜になると家族は一階に降りて眠る。陸は二階においてある猫用ベッドで寝たり、誰かと一緒に寝たい時は人間にくっついて同じベッドで眠ったりもする。
陸の飼い主は、警察官のパパ、精神科でパート看護師をしているママ、小学校四年生の女の子の三人。実は飼い主夫妻には、女の子とだいぶ年の離れた大学生の長男がいるのだが、彼は海外の大学に行っているので、ほぼ家に帰ってこない。正月すら帰ってくるのがあやしいレベル。どうも滞在先の国で恋人ができたらしく、そのせいなのか・・・息子が国際結婚したら今よりもっと会えなくなる、と寂しそうに嘆く飼い主夫妻の姿を、陸はたまに見かける。
まあ、陸の飼い主の家族関係はこの件には関係無い。猫用ジェットを元のねずみ型おもちゃに戻して片づけた令とごん太の前に、陸が連れてきたのは、
「子猫?!」
令はびっくりして叫ぶ。
そう、陸が目の前に連れてきたのは、短毛の黒猫。しかし成猫ではなく、まだだいぶ若い子猫である。
「この子はごまちゃん。年齢は生後六か月程や。女の子や」
生後六か月というと、人間で言うと十歳。小学生ぐらいという事である。令が四歳で、人間だと三十二歳ぐらいなので、だいぶ年の離れた猫という事になる。
「陸、ごん太、この子はどうしたにゃ?令に何をしろと?」
戸惑う令に、ごん太が説明を始めた。
「実はな、この子はCATの見習いメンバーになる予定の子なんやけど、元々は陸の家のお隣さん家の前に捨てられてた子猫なんや」
「え、捨て猫?」
「せや。ほんで、しばらくお隣さんが見てくれてたんやけど、どうもお隣さんの家族が重度の猫アレルギーって事になって・・・飼えへんやろ?やから、陸の飼い主さんが一時的に引き取ったらしいんやけど、飼い主さんもずっと面倒は見られへんから、ファミーユに引き取ってもらう事に決めたらしい。陸が来た場所やからな。わいらも。店長に相談したら、店長直々の飼い猫にしてくれる事になったそうや」
「え、ファミーユに?」
令は驚く。令の出身保護猫カフェでもあるファミーユ。岡山市にあるファミーユに、このが行く事になるのか。
「ほんで、まあせっかくわいらとも知り合いになったし、CATの有望見習いにしようと思ってな。まだ子猫やから、見習いっていう事で。で、ここからが本題なんやけど、実はこの子は、令ちゃんと陸に関係がある子なんや」
「え、どういう事にゃ?」
「この子の母親は、どうも令ちゃんのきょうだい・・・陸以外に、別に妹猫がおったらしくて、その子の子猫なんや。つまり・・・令ちゃんと陸の、姪っ子に当たる子なんや」
「ええっ!」
令はびっくりして子猫を見た。姪っ子のごまちゃん。陸はごまちゃんの頭を、優しそうに撫でた。ごまちゃんは横になってお腹を見せて、嬉しそうにする。
「令ちゃん、ごまちゃんは明日ファミーユに向かう。せやから今日しか時間が無いけど・・・赤ちゃんが来るのに備えて、今日は姪っ子ちゃんとじっくり触れ合ったらどうや?自分より小さい子と触れ合う事も大事な事やろ。いつも頑張って戦ってくれてるから、今日はまあ、ゆっくりして。ごまちゃんが大きくなったら、いずれ令ちゃんがこの子に戦闘のやり方を指導する事になる。せやから、まあ今日は挨拶代わりにな」
「私の・・・姪っ子?」
令はごまちゃんにゆっくり近づいた。ごまちゃんは令を見ると、ごろにゃんするのをやめて、四本足で立つ。大きな瞳で令を見ている。令は恐る恐るごまちゃんに近づき、かがんで頭を撫でてやった。
「ごまちゃん」
「令・・・令伯母さん?」
ごまちゃんがあどけない声で聞いてくる。
「そうみたいにゃ。ごまちゃん」
「令伯母さん、大好きにゃ」
ごまちゃんがすりすりしてくる。
令もごまちゃんに頭突きするようにすりすりし返した。
それから、毛づくろいしてやったり、じゃれついたりし始めた。
「令ちゃんもこれで少しは、小さい子をいたわる事を覚えてくれるといいなあ」
伯母と姪が遊ぶ姿を見ながら、しみじみと言うごん太。
「そうだにゃあ。令ちゃんはずっとパパとママに甘える生活だったから、これで少しはいいきっかけになるかも」
微笑ましく見ながら答える陸。
きっと令なら赤ちゃんの良いお姉ちゃんになれる、二人はそう確信したのだった。
次回に続く
