お外猫に教わった“生きてるだけでえらい”と思ったこと
韓国の旅先で出会った“お外猫”との小さな出会いから、
「生きてるだけでえらい」と思えた瞬間の記録です。
韓国のカフェで、1匹のお外猫に出会いました。
外の席でコーヒーを飲んでいたら、ふと視界の端に映ったその子は、
体が細くて、毛も少し汚れていて…
思わず「大丈夫かな」と心配になるほど、ガリガリでした。
しばらく見ていると、隣の席に後からきたお客さんが、
持参していたキャットフードを差し出し、
猫は夢中で食べ始めました。
その姿を見た瞬間、「本当によかったね」と
心の底からそう思いました。

私は小さな声で、「頑張って生きてね」とつぶやきました。
でも、その言葉が口から出た瞬間…
なんだか、胸の奥がざわっとしました。
“この子は、すでに頑張って生きてるんだよね。
これ以上どう頑張ればいいのだろう”
そんな想いがこみ上げてきたのです。
毎日、食べ物を探し、雨の日も風の日も、
どこかで小さく身を寄せながら、
それでも人のそばに来てくれる…
それだけで、もう十分に生き抜いている。
それに気づいた瞬間、涙があふれてきました。
「頑張ってね」ではなくて、
「今を生きてるだけでえらいよ」
「もう頑張ってるよ」
そう伝えたくなりました。
猫の姿を見ていたはずなのに、
いつの間にか、自分に向けた言葉になっていた気がします。
私たちは、何かを成し遂げなければ、
誰かに認められなければ、生きる価値がないように
感じてしまうことがあります。
でも、本当は、
“生きてる”ということ自体がすでに奇跡で、
それだけで尊いのかもしれません。
あの日の猫は、食べ終わったあと、ほんの少しだけ私を見ました。
目が合って、何かを伝えてくれているような気がしました。
その後そっと去っていきました。
その後ろ姿を見ながら、私は静かに思いました。
――生きるって、本当に大変なことだ。
でも、生きてるだけで、もうそれだけでえらい。
その言葉を、あの日出会った猫に、
そして、今を生きている自分にも、
そっと贈りたいと思います。
