【妄想Divers】#034 観測されない“可能性”に重さはあるのか―啓示哲学的・多世界論と、95%の見えない世界へ潜る―

ー啓示哲学的・多世界論と、95%の見えない世界へ潜る―
世界の95%は見えない。
これは妄想Diversの合言葉みたいなものだけれど、
今日はその“見えなさ”を、
いつもよりもう一段深いところまで潜ってみたい。
量子の世界では、私たちが観測している現実は
「波動関数が収束した結果」 にすぎない。
つまり、私たちが“現実”と呼んでいるものは、
無数の可能性のうち、たったひとつが姿を現した状態だ。
では、収束しなかった可能性たちはどこへ行ったのか。
消えた?
無?
それとも、まだどこかで漂っている?
■ 多世界論の海で出会う、奇妙な哲学者たち
この問いに真正面から向き合った変わり者たちがいる。
ヒュー・エヴァレット
量子力学の多世界解釈を提唱した男。
彼にとって世界は「分岐し続ける巨大な波」であり、観測とはその波の一部を切り取る行為にすぎない。デイヴィッド・ルイス
「可能世界は全部、本当に存在する」と言い切った哲学者。
彼の世界観では、あなたが“選ばなかった人生”も、どこかで普通に進行している。マックス・テグマーク
宇宙そのものを数学的構造とみなし、レベルIV多元宇宙という“数学的に可能なすべての世界”を想定した物理学者。
彼らの言説を並べると、ひとつの奇妙な共通点が浮かび上がる。
「観測されない可能性は、ただの“想像”ではなく、何らかの“実在性”を持つ」
この“実在性”こそ、作者の持論の 「可能性の重さ」 に近い。
■ 波動関数の“95%”は、どこに沈んでいるのか
私たちが観測できるのは、波動関数が収束した“1つの結果”だけ。
だが、波動関数の大部分は収束せず、可能性として漂い続ける。
この“漂い”を、に言い換えるなら、
「観測されなかった95%の世界は、深海のように静かに重みを持っている」
質量はない。
エネルギーもない。
けれど、“存在の圧”のようなものが確かにある。
それは、あなたがふと感じる déjà-vu のような感覚かもしれないし、
選ばなかった人生の影が、ふと横を通り過ぎるような瞬間かもしれない。
■ 啓示哲学的・多世界論
―観測できない世界が、あなたに触れてくる瞬間―
これらの「啓示哲学的・多世界論」は、
物理学と哲学の境界線を曖昧にしながら、こう問いかける。
「観測されない世界は、本当に“無関係”なのか?」
もしかしたら、
収束しなかった可能性たちは、あなたの意識の外側で静かに揺れながら、
ときどき“ささやき”のように影響を与えているのかもしれない。
たとえば、
なぜか胸騒ぎがする日。
なぜか選びたくなる道。
なぜか惹かれる人。
それらは、あなたが観測しなかった別の世界線からの“微弱な干渉”なのかもしれない。
■ 妄想Divers的結論
―世界は、あなたが観測していない部分の方が深い
多世界論は、単なるSFではない。
量子論の延長線上にある、れっきとした“世界の見方”だ。
そして妄想Diversはこう考える。
「観測されない世界こそ、あなたの世界観を広げる最大の資源だ」
見えない95%は、
あなたの想像力を刺激し、
あなたの意識を揺らし、
あなたの世界を静かに形づくっている。
だからこそ、私たちは潜り続ける。
観測できない世界の深層へ。
波動関数の海へ。
無限の可能性が重みを持つ場所へ。
今日も妄想Diversにお付き合いいただき
ありがとうございました。
また次回、さらなる深海へ、
ダイブご一緒しましょう…
疲れたら癒し音楽で一休み…
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