【毎週ショートショートnote】十中八九七五三~ネコの勘違い~
十中八九、今日という日は、何かある――。
そんな胸騒ぎとともに、吾輩は目を覚ました。
障子の隙間から射す朝日が、いつもよりやけにまぶしい。
小宮山家は朝から騒がしかった。
どうやら「七五三」という祝い事をするらしい。
七、五、三。
……七百五十三。
吾輩は、はっと息を呑んだ。
まさか――。
まさかとは思うが、吾輩の七百五十三歳を祝うつもりではあるまいな!?
吾輩は、ネコである。
いや、正確には、ネコをかぶった妖怪である。
体長十メートル、体重は象より重く、尾は二股に分かれている。
それでも今は、小宮山家の座布団の上で丸くなり、
「クロ」と呼ばれてキャットフードを食っている。
この家を守って百五十年。
代々の小宮山家の男児を、ペットとして可愛がってきた。
吾輩にとって彼らは、守るべき人間などではない。
飼っているヒト科の動物――それが正しい認識である。
とはいえ、悪霊や妖が家に近づかぬよう、
陰で手を回してやるのが、吾輩の「飼い主」としての務めだ。
だが、今日の話は穏やかではない。
なぜ吾輩の年齢を知っておる?
七五三などという数字を、なぜ選んだ?
しかも今日は、わざわざ神社に詣でるというではないか。
神社――つまり神々の縄張りだ。
だが、この地域一帯は吾輩が守護しているおかげで安寧を保っている。
いわば吾輩はこの地の用心棒である。
これは、陰謀か?
小宮山家の代々の坊たちが結託して、吾輩を祀り上げる気か?
いや、そんな知恵があるはずがない。だが……。
吾輩は毛を逆立てた。
「……よかろう。真実を確かめる」
昼下がり、マコト坊が袴を着せられて泣いていた。
着物の帯が苦しいらしい。
それを見て母親が笑い、父親がカメラを構えている。
「まさか……生贄の儀式ではないだろうな」
吾輩は縁側の下からじっと見守った。
父母は無邪気な笑顔を浮かべているが、
その裏にどす黒い企みが隠れているかもしれん。
「クロも来る?」とマコト坊が声をかけた。
――むろんだ。主(あるじ)たる吾輩が邪神から守ってやろう。
いざ、神社の真実を暴かん。
神社の境内は紅葉に包まれ、朱の鳥居が光っていた。
だが、吾輩の目には別のものが見えていた。
狐の霊、河童の影、石灯籠の上に座る荒神の気配。
普段は隠れている霊どもが、今日は一斉に集まっている。
まるで、吾輩の誕生祭のようではないか。
「やはりそうか……」
このとき、吾輩は確信した。
――今日、七百五十三年目の大祀(たいし)が行われるのだ。
吾輩を神に格上げするための、壮大な儀式。
……だが、それならばなぜ誰も吾輩に相談をせぬ?
人間というやつは、まったく礼儀を知らん。
「なにをそんなに興奮しているのです、先生」
聞き慣れた声がした。
木の陰から、もみ手をしながら現れたのは、この地の産土神だった。
「先生? お前か、産土。これはどういうことだ」
「どういうこと、とは?」
「とぼけるな。今日、吾輩の七百五十三歳の祝いをするのであろう」
「は?」
産土神は一瞬沈黙し、
そして、盛大にため息をついた。
「いや、七五三は毎年やってますけど……」
「なに、しかし小宮山家では初めてだぞ」
「……先生、七五三はその家の子供の成長を祝う行事です。七歳、五歳、三歳。七百五十三歳の猫妖怪は関係ありません」
「なんだと?」
「そもそも先生の歳は本当に七百五十三歳ですか?」
「むむう、正直言ってよく分からんのだ。吾輩が生まれた頃はサムサイがいたり、元寇で幕府がてんやわんやだったり……。だから十中八九、七百五十三歳だと思っておった」
「十中八九、いや、十中十で勘違いです」
「……ふむ」
吾輩は尻尾をゆっくり揺らした。
境内の空気がぴんと張り詰める。
「つまり、吾輩の七百五十三歳を祝う気はないと」
「ありません」
「七、五、三と素数が並ぶ神秘を理解せんとは、惜しい民族よのう」
「等差数列とか、そういう話じゃありませんから!」
夕暮れ。
小宮山家に戻ると、マコト坊が千歳飴を振っていた。
「クロにも一本あげる!」
吾輩はぺろりと舐めた。
やけに甘い。砂糖の味だ。
「……うむ。まあ、悪くない祝い方だ」
マコト坊が笑い、吾輩も小さく喉を鳴らした。
庭の隅で風がざわめく。
どうやら今日も、悪霊どもは遠ざかったようだ。
吾輩は伸びをしながら思う。
――十中八九、勘違いだった。
だが、あの子がいつか今の吾輩と同じ七百五十三歳になる日がくるかもしれん。
そのときは盛大に祝ってやろう。
それまでは、しばしこの家を飼っておいてやろう。
【了】
こちらの企画に参加させていただきました。ありがとうございました。
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