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【アマノ文筆クラブ】ショートショート『色眼鏡』

 経理の田中課長は仕事一筋のまじめ人間である。バーコードのような頭頂部に牛乳瓶の底のような分厚い眼鏡、ほとんど無駄話もしない面白味のない男と思われていた。
 だが、そんな見た目に反し、彼は密かに乙女な心を持ち、かわいいものには目がないのだ。

 ある日、オシャレな女子社員がかけた「チークメガネ」に心を奪われた。
 レンズの下に色がついていて、まるでチークを塗ったように見える。

(カワイイー♥ 定年も近いし、私もメガネくらいならオシャレしてもバチは当たらんだろう)

 早速会社の帰り道にWebで調べたメガネ屋へ立ち寄り「ピーチピンク」色のメガネを注文する。

 一週間後、ほんのり桃色に染まったレンズをかけ、田中はウキウキと出社した。
 しかし、彼を迎えたのは経理課の凍りついた静寂だった。分厚いレンズの向こうで、田中の貧相な両頬だけがポッと桜色に染まっている。本人は至って真面目なのが、余計に異様な雰囲気を醸し出していた。去年入社した新人がポカンとした顔で彼を見ていたが、田中と目が合った瞬間、サッと目を逸らした。
 部下たちは目を逸らし、ひたすらパソコンの画面と向き合っている。カタカタとキーを打つ音だけが、重苦しく部屋に響く。

 そんな息詰まる静寂を破り、営業の山田課長が経費の精算で勢いよく部屋に入って来た。

「おお、田中! 昼間からほろ酔い加減でご機嫌だな!」
「ち、違うんだ。山田君、これは――」
「ハハハ、照れるな、照れるな! 面倒な決算期だ、一杯ひっかけたくなる気持ちも分かるぞ」

 口下手な田中の言い訳を聞く耳も持たず、山田はガシガシと田中の背中を叩く。

「見直したぞ……会社で堂々と酒を飲む度胸があったとはな!」

 それ以来、田中は山田に誘われ夜の赤ちょうちんに繰り出すことが増えた。ほんのりピンクの田中の頬を見ると、見知らぬ客から話しかけられることも多い。

「このチークメガネをきっかけに若い女の子とオシャレ談義をしたかったのだが……人と話をする機会も増えたし、まあいいか」

 この色眼鏡は若い女の子にとっては、確かにおしゃれアイテムだが、田中課長にとっては単なる「酔っぱらいおじさん変身グッズ」になってることに気づいていない。だが、思い切ってメガネを新調したことに満足していた。

 了


こちらの企画に参加させていただきました。ありがとうございました。

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