【アマノ文筆クラブ】ショートショート『本日は人柄もよく』
オラは冒険者ギルドの受付嬢、ジゼルと申します。先月、遠い田舎からこのギルドに雇っていただきました。都会のギルドは、オラのような不細工で訛りの抜けない娘には、もったいねえ場所でごぜえます。
オラの故郷は北の果ての貧しい村で、厳しい冬を越すための脂肪を蓄えた、岩のようにたくましく、たくさん子供を産めそうな身体のおなごが一番の美人なのです。オラのように身体が細く、なま白い幼児体型は「不細工な穀つぶし」として、孤児院でも引き取り手もごぜえませんでした。
それなのに、こんな小さな身体で、なぜか人の三倍は飯を食うもんだから、肩身が狭かったのです。孤児院では誰も面と向かっては言いませんでしたが、経営が厳しいのは知っていました。
王都では他国の出稼ぎ人は動物扱いで、殺されても文句は言えねえと聞いておりました。だから、正直怖かったけど、人減らしで孤児院が助かるならと決心して、王都から来た受付嬢のスカウトを受けたのです。
ギルドのスカウト様が「お人形さんのように美しい」とオラを選んでくださった時は、都会には変わった物好きな方もいるもんだと驚いたものでごぜえます。
だども、王都はすばらしい所です。
大食いのオラでも、パン屋さんではパンの耳を腹いっぱいタダでいただけるのです。
パン屋の奥さんに「あんた、ギルドでいくらもらってんの?」と聞かれて「月々銀貨5枚もお給金をいただけて夢のようです」と元気に答えたら、なぜか奥さんは涙ぐんで「売れ残りで悪いけど、これも持っていきな」と言って黒パンをたくさんいただきました。ホントに王都の方は親切な方ばかりです。
それでも、辛いことはあります。
ベテラン受付嬢のティネッテさんからオラの面のことで悪口を言われたのです。
「あんた、色が白くて、身体が細いと思ってあたしのことバカにしてるでしょ!この幼児体型が!」
オラは目の前が真っ暗になりました。自分でも不細工だと自覚はありましたが、面と向かって罵られるなんて……。オラはショックを隠せず、必死で首を振りました。
「とんでもねえことです。オラ、村では一生懸命に野良仕事をして少しでもたくましくなるように頑張ってきたのでごぜえます。
だども、いくら頑張っても、いっこうに腕は太くならねえし、色もなま白いまんまで。
オラ、ティネッテさんのような立派な丸太のような腕足、たっぷりついたお肉、そして何よりその健康的に日焼けした黒い顔……村なら誰もが放っておかねえ美人さんをバカにするなんて滅相もねえだ!」
すると、ティネッテさんの顔は、どす黒く変色しました。オラは本気でほめてるのに、なして、こんなにオラは嫌われるんだべ……
先日、ギルドマスターのセバスチャン様から「裏帳簿の整理をしろ」と言いつけられました。
「これは秘密の帳簿だ。裏での人身売買や暗殺の記録も載っている。お前のような賤民の命など、代わりはいくらでもある。秘密を漏らせば、その瞬間に首を撥ねてやるからな」
仕事が辛いのは我慢できます。だども、自分のしてることが人殺しの手伝いだと分かると……ショックでした。
「お願げえだから、こんな悪いこと止めてけろ」
そう言う勇気もありません。辛くて、苦しくて死にそうになります。
だども……オラが死んでも、代わりの娘っ子が、このギルドに連れて来られると思うとそれも出来ません。そんな自分が嫌になってしまいます。
でも、大丈夫です。私には、心の中に友達がいます。
彼女の名前はハイジと言います。私が辛くなると、いつでも笑って励ましてくれます。
「私がなんとかするから。もう少し、我慢して」
だから、さみしくはありません。
ジゼルとハイジ……二人は永遠の友達なのです。
依頼者の薬剤師、ダークロットさんが受付にいらっしゃいました。オラ、この方が大好きです。他の受付嬢の方は「変態だ」「ロリコンだ」なんて嫌いますが、オラのような不細工な娘にも優しく声をかけ、差し入れまでして下さるありがてえお方でごぜえます。
裏帳簿の整理で、連日、夜中まで一人で裏帳簿の整理をしてフラフラになっていた時もいらっしゃいました。ギルドの重い扉は夜間は閉まって入れないはずですが、わざわざ入って来られて、お菓子や疲労回復のお薬まで差し入れをくださったくらい親切なお方なのです。
「ジゼルちゃん、あなたはお人形さんみたいにかわいい。……さあ、これを飲みなさい。あなたの心のフタを壊して、解放してくれる特効薬だよ」
お世辞とは分かっていても、涙が出るほど嬉しかったっぺ。オラは、怪しい紫色のポーションを一気に飲み干して……。
不思議なことに、そこから記憶がないのでごぜえます。気が付いた時、なぜか、ダークロットさんが目の前で土下座をされていました。
「姐さん! 今後はどこまでも、地獄の果てまでついていきます!」
何のことかさっぱりわかりませんでした。ただ、オラの制服がなぜかボロボロに裂けていて。幸い、予備の制服があったのでなんとかなったのですが。
ギルドの職員様も、冒険者の常連様も、皆さまお人柄がよく、オラを娘や妹のように優しくしてくれます。オラは人見知りが激しく、初対面や乱暴な方と接すると緊張で固まってしまう悪い癖がごぜえます。村では気絶したことさえありましたが、幸いここではそこまで粗相をしたことはごぜえません。
本日も、いらっしゃる冒険者様のお人柄がよろしいように……毎朝、神様にお祈りしています。
ですが、今日はギルドに見慣れない冒険者様がいらっしゃいました。身体が岩のように大きく、人相が……いえ、恐ろしい顔つきの方でごぜえます。
「やべえ、乱暴者のビラノだ!」
「先日もパーティの仲間を皆殺しにしたらしいぞ。……証拠はないが」
「西の都のギルドは出入り禁止になって、ここに来たらしい」
周りのざわめきに、オラは震えながら祈りました。
(オラの窓口に来ねえでけろ、来ねえでけろ……)
しかし、その男はオラの顔を見てニヤリと笑い、こちらへ来ました。止めてくれようとした冒険者のペーターさんが、一瞬で殴り飛ばされました。おそろしくて声も出ません。
男の、オラの胴体よりも太い腕が窓口を越えて伸びてきて、オラの襟首を鷲づかみにしました。
「ガハハ! こいつぁいい、いい玩具を見つけたぜぇ……」
何か言っていますが、恐怖で何も聞こえません。オラは、そのまま意識を失いました。
ジゼルの意識が飛んで、ようやく私の番が来た。
私は常にこの内側から奴らを見ている。ジゼルの絶望に呼応し、私の意志がこの「器」を支配する。
ミシミシと骨格が鳴り、華奢だった肩幅が、腕が、胸が、私の意志に従って鋼の肉厚へと再構築されていく。悲鳴を上げたのは制服の繊維だ。袖が弾け、背中の縫い目が無残に裂け、布地がはち切れんばかりに私の肉体へ張り付く。私の視線はどんどん高くなり、最終的には190センチを超えた。目の前の薄汚い大馬鹿野郎を見下ろす形になる。
目の前の男――ビラノの顔から、一瞬で血の気が引き、目玉が飛び出さんばかりに見開いたのが分かった。
つい先刻まで、片手で捻り潰せると確信していた小娘が、目の前で自分を上回る巨躯の「戦士」へと変貌したのだ。男の口が、間の抜けた魚のようにぱくぱくと動く。その濁った瞳には、理解を絶する事象を目の当たりにした原始的な恐怖が浮かんでいた。
「て、てめえ……化け物か! 何者だ!」
男は掴んでいたはずのジゼルの襟首から、反射的に手を離そうとした。だが遅い。
「我が名はアーデルハイド。ハイジと呼ぶがいい」
私は、逃げようとした男の手首を、逃がさぬよう鋼鉄の万力で掴み返した。指先が男の肉を割り、骨が軋む音が心地よい。先ほどまでニヤついていた男の顔面が、驚愕と、そしてこれから始まる蹂躙への予感にどす黒く染まっていく。
「……おい。誰の許可を得てジゼルに触れておるのだ、あぁ?」
150キロの肉塊を軽々と宙へ吊り上げる。男の瞳に、初めて「捕食される側」の絶望が宿った。
「くさい息を吐きかけるではないわ。ゴミめ」
片手一本で、男を天井近くまで持ち上げてやる。
「ひっ、あ、がっ……!?」
男は宙で足をバタバタさせながら、必死に酸素を求めている。ジゼルを怖がらせた罰だ。たっぷりと恐怖を味わえ。男が腰の剣に手をかけようとした瞬間、私の左拳が唸りを上げた。
ドゴォッ!!
テンプルに一撃。男の口から、折れた数本の歯とともに鮮血が霧のように吹き出す。
「アガッ……ギィィィッ!」
情けない悲鳴だ。耳障りなので、そのまま男の顔面を至近距離の受付カウンターへ叩きつけた。
メキメキッ! バキィッ!!
一度、二度、三度。繰り返し、カウンターに叩きつける。
次第に悲鳴はくぐもった断末魔に変わり、最後にはピクリとも動かなくなった。頑丈なはずのオーク材のカウンターが真っ二つに叩き折れたところで、私はようやく手を離した。
だが、ジゼルの悲しみはまだ消えない。胸の奥に澱のように溜まった彼女の涙を乾かすには、元凶を叩き潰す必要がある。
私は呆然と立ち尽くす冒険者たちを一瞥し、ゆっくりとした足取りで二階のギルマスの部屋へと向かった。
扉を蹴り開けると、そこには優雅にワインを傾けるギルマスのセバスチャンと受付嬢のロッテンマイヤーがいた。
「なんだ貴様、無礼……なッ!?」
私はギルマスに裏稼業から手を引くよう、やんわりと注意した。だが、奴は私の警告を鼻で笑い、あろうことか腰の剣を抜いて斬りかかってきた。愚かなことだ。私をただの女冒険者か何かと勘違いしたらしい。
私はその剣先を素手で掴み、飴細工のようにへし折ってやった。
「ひっ、あ、あ……」
腰を抜かした奴の髪を掴み上げ、逃げ場のないデスクの上へ叩きつける。
「痛い、痛い! やめてください、誰か!」
「ジゼルの心の痛みは、こんなもんじゃねえぞ。ゴミが、よくも彼女を泣かせたな」
掴んだ髪の束を握り締め、さらに顔面を木材へめり込ませる。ミシミシとデスクが悲鳴を上げ、奴の髪が頭皮からブチブチと引きちぎれていく。
「痛い、痛い……! 乱暴はやめてくれ、殺さないでくれ!」
「痛みを感じている内はまだ幸せだ。痛みを感じなくなってからが本当の勝負だぞ」
私は奴を掴んだまま、片手で重厚な黒檀のデスクを一撃で粉砕した。爆散する木片の中、私は逃げようとした奴の喉元を万力のような指で掴み上げる。
「あ、がっ、ひ……」
私は机に散らばった裏帳簿を掴むと、奴の口にねじ込んだ。
「この汚らわしい紙切れは、お前が責任を持ってすべて食い尽くせ。……そこに隠れている女も、同罪だぞ?」
衝立の陰で、自家の利権の崩壊を目の当たりにして失禁しかけているロッテンマイヤーを冷ややかに一瞥する。彼女の顔は恐怖で土気色に染まり、声も出せないようだ。
私は、帳簿を口に詰めてもがくギルマスを、犬の首っ玉でも掴むようにして部屋の外までズルズルと引きずっていった。そして、二階の踊り場から一階のロビーまで、奴を勢いよく投げ落としてやった。
前から一度、やってやりたかったのだ。
ゴロゴロと、あるいはバウンドしながら、階段を無様に転げ落ちていくギルマスの醜態。一階に響き渡った鈍い衝撃音を見届け、私はようやく満足して、肉体の主導権をジゼルへと委ねた。
オラは今日も元気です。気を失うとなぜか目覚めは気分爽快、晴れやかになるのでごぜえます。それにしても、お腹が空いてたまりません。
不思議なことに、また制服がボロボロになってしまいました。ですが、先輩のティネッテさんが「予備があるから」と新品の制服を、震える手で差し出してくれました。
「いつも意地悪してごめんね……これ、あげるから。だから怒らないでね……?」
制服は少しサイズが大きいですが、とても親切にしていただきました。誠にありがてえことでごぜえます。
あの事件以来、なぜかギルドの皆さんが前よりも親切になった気がします。
ギルドマスター様は、あの日偶然に階段から落ちる事故に遭われ、しばらくお会いできなかったのでごぜえます。
ようやく出勤された初日のことです。マスターは、松葉杖をつき、痛々しげに顔を歪めていらっしゃいましたが、なぜか頭の毛が一本残らずツルツルに抜けておりました。階段を落ちただけで、なしてそんなことになるんだべと、オラは不思議でなりませんでした。 裏帳簿の仕事をほったらかしにしていたオラは、叱られるのではねえかと生きた心地がせず、「今日からすぐ帳簿に取りかかります」と必死に申し上げました。
その瞬間でごぜえます。マスターの全身が「ヒィッ!?」という、人間とは思えぬ笛のような音を立てて、バネを仕込んだ玩具のように跳ね上がったのです。ええ、確かに目の前でオラの身長ほど空中に飛び上ったのです。
「いいえ! 裏帳簿の件は忘れてください! 私が責任を持って全部燃やしておきましたから!」
マスターは涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、床に額をこすりつけるようにして、全力で拝んでくるのです。
「もう二度と、あんな紙切れをジゼル様に触れさせるような不敬はいたしません! だから、どうか……どうか今日だけは、その、『あっちのお方』とお替わりにならず、その仏のようなお姿のままでいてくださいましぃ!」
なぜかオラのような者に、地面に這いつくばって敬語を使われ、必死に命乞いをするような真似をされました。都会のギルドの挨拶というのは、なんと腰の低い、丁寧な作法なんだべと、オラは感じ入ったのでごぜえます。
それ以来、あんなに恐ろしかった裏の仕事は、一度も言いつけられておりません。
それどころか、毎朝のギルドは夢のようでごぜえます。
伝説の受付嬢と言われるロッテンマイヤー様が来られました。お貴族のご令嬢で大変礼儀作法に厳しいお方です。今日も、優雅なお作法で、トレイに載せた紅茶をオラの席に置いてくださいました。
「紅茶は遠い東の国から運ばれる高価な飲み物だから、本来、貴族しか飲めないのよ。でも、あなたはお友達……そう、親友だもの! さあ、お仕事前にゆっくり召し上がれ」
ガタガタとトレイを鳴らしながらも、必死に微笑んでくださるお姿には頭が下がる思いです。
ギルドマスター様もオラにとても優しくなりました。毎朝ニコニコ笑いながら、揉み手をして近づいてきます。
「本日は……いえ、本日、ジゼル様におかれましては、大変『お人柄』もよろしいようで。何よりです、はい」
なんで、こんな偉い方が、不細工なオラをこれほど気遣ってくださるのか分かりませんが。本日も、皆さまのお人柄がよくて、本当にありがてえことでごぜえます。
了
#アマノ文筆クラブ
#小説
#ショートショート
#ファンタジー
#ライトノベル
#掌編小説
#超短編小説
以下の企画に参加させていただきました。ありがとうございました。
