【ショートショート】二階席からの眺め #あなたの旅ショートストーリー
「ちょっと、ネエチャン。ここ二階席なのに、一階席と眺めが変わらないんだけど」
田中さんは窓の外をのぞきながら、キャビンアテンダントに文句を言った。
ここは国際線ジャンボジェットのビジネスクラスの二階席。
奮発した理由はただひとつ――「二階なら景色がいいはずだ」と思ったからだ。
「お客様……」
アテンダントは一瞬、眉をひそめた。
『ネエチャン』と呼ばれたのは久しぶりだった。
心の中で(昭和の映画かよ……)と毒づきながらも、笑顔を崩さずに応じる。
「もしかして、『二階席のほうが眺めがいい』と思ってお選びになったんですか?」
「そりゃそうでしょ。バスでも電車でも、二階の方が見晴らしいいだろ?」
彼女は一瞬、口を押さえて笑いをこらえる。
「おっしゃるとおりです。二階席は一階席より三メートルほど高いですから。高度一万メートルを飛んでいても、大体0.03%ほど眺めがよろしいかと存じます」
さっき、ネエチャンと呼ばれたことの仕返しとばかり、思いっきり皮肉を込めてアテンダントは説明した。だが、そんなものはどこ吹く風、田中さんは思ったことを口に出す。
「へぇ、そんなもんか。そんだけのためなのにビジネスクラスって高いんだなあ」
田中さんの声がやたらと大きいものだから、座席の少ない二階フロアの乗客全員が振り返った。
アテンダントは苦笑しながら説明を続ける。
「二階席はですね、エンジン音が静かだったり、座席数が少なく落ち着けるという理由で、旅慣れたエグゼクティブのお客様に人気なんですよ」
「……へぇ」
「それに、機長が操縦するコックピットが二階にありますので、すぐ後ろという特別なポジションに座れるのも魅力です」
田中さんは理解が追い付かず苦笑したが、その会話は狭い二階席フロア全体に伝わっていた。
「今どき、アテンダントのことを“ネエチャン”って呼ぶ人、珍しいわね」
「二階席、初めてなんだな」
クスクスと笑い声が広がる。
やがて、二階席の乗客が次々と田中さんに声をかけるようになった。
彼の言動が通訳されたのか外国人の乗客まで「グッドワン!」と親指を立てていく。
さらに、アテンダントの聖域といわれる二階後方のギャレーでも噂が広まっていた。
「ねえ聞いた? 二階席の方が眺めがいいと思って座ったお客様がいるんだって」
「どの人? 私も顔見たい!」
「私、次のドリンクサービスの時に見てこようっと」
「ずるい、じゃあ次は私ね!」
まるで珍しい動物でも見に行くかのように、アテンダントたちは交代で田中さんの席へ向かう。
ビールを飲めば、すぐに「お代わりはいかがですか?」と声をかけられる。
最初は「さすがビジネスクラス、サービスがいいな」と感心していたが、あまりに頻繁で、さすがに落ち着かなくなってきた。
やがて――。
ビールを飲みすぎて居眠りしていた田中さんの前に、背の高い人物が立っていた。それは、二階フロアの騒ぎを聞きつけた“ある人物”だった。
「そんな乗客がいるのか」と噂を聞きつけ、“自らお酌をしよう”と出てきたのだ。
「ビールのお代わり、いかがですか?」
田中さんは目をこすりながらつぶやいた。
「ずいぶんゴツいスチュワーデスさんだなあ」
「いえ、スチュワーデスではありません」
「じゃあ、車掌さんか?」
「いえ――私、この飛行機の機長です。
そろそろ操縦席に戻らなければならないのでお休みの所を失礼しました」
田中さんは目を丸くした。
「なるほど。スチュワーデスのネエチャンだけじゃなくて、機長までお酌に来るのか。
――道理でビジネスクラスが高いわけだ」
チャンチャン
こりゃ、小説じゃなくて落語ですね。
半分実話です。
こちらの企画に参加させていただきました。ありがとうございました。
