【アマノ文筆クラブ】ショートショート『ハラハラするんですけど』
俺は平凡な営業マン。ある日、外回りの最中にいきなり光に包まれ、気がつけばそこは異世界だった。中世風の街並みに石畳の道。
周囲には、見上げるほど背が高い冒険者風の男たちばかり。どいつも筋骨隆々で、ひげ面の凶悪そうな顔つきだ。
ここは剣と魔法の世界。ヤバい! 法も秩序もない無法地帯なんだ。何をしても後腐れの無いよそ者と知られたら、これ幸いと身ぐるみ剝がされ殺されるかもしれない。
とにかく、身バレしないようキョロキョロ辺りを見回すのを止める。
すれ違う男たちと目を合わせず、きっちり前だけを見て早足で如何にも「仕事で急いでます」感を全面に出す。一刻も早くこの危険地帯から抜け出さなくては。
……と歩き始めた矢先、いきなりデカい男に肩が触れた。
しまった! 前ばかり見てたせいで、向こうから来る相手が見えてなかった。
ギロリ。男がこちらを振り返る。
スキンヘッドの顔にキズがある。周りの男より一回り大きい見るからに狂暴そうな大男だ。
ヤバい。捕まったら、マジで殺されるかもしれない。
とにかく、うやむやにしよう。何事もなかったかのように歩き続けた。
……けど、後ろから足音がついてくる。
「おい、ちょっと待て」あの男の声だ。
やっぱり怒ってる!
聞こえないフリをして、さらに速度を上げて進む。
さっと角を曲がる。それでも足音がついてくる! 執念深い。どこまでも追ってくる!
ここで走ったら追いかけられる――そう思った瞬間、背後に足音が迫る。限界だった。思わず悲鳴を漏らし、営業カバンを投げ捨ててダッシュした!
チラッと後ろを振り返ると男がカバンを拾ってる。この隙だ、さらに目の前の角を曲がり、通りを駆けだす。
だが、撒いたと思ったあの男が、道の向こう側で先回りして前に立ちふさがっていた。
デカイ! 他の男が熊ならこいつはグリズリーだ。
「ハア、ハア……」
男は息を切らしながら「やっとつかまえたぞ」と言わんばかりに、凶悪な笑みを浮かべて俺を見下ろす。
俺は膝の力が抜け、その場にへたり込んだ。
「お前、チビのくせに足が速いな。俺、体がでかいから追いつくのが大変だったぞ」
「……」
「ぶつかって悪かったな。謝ろうと思って後を追ったんだが、お前がどんどん先へ行くから……ケガはなかったか?」
ヘっ!?
「ほら、落とし物だぞ」
節くれだった肉厚な指がカバンを差し出す。ニコリと笑った男の顔は凶悪そのものに見えたが、その声は優しかった。
(ごめんなさい、見かけであなたを判断してました)
俺は顔から火が出るくらい恥ずかしくなった。だが、そのことは口に出せず、ただ「ありがとうございます」とだけ言って頭を下げた。
了
こちらの企画に参加させていただきました。ありがとうございました。
