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【アマノ文筆クラブ】ショートショート『恋する女は嫌いだ』

 まさに開戦直前のA国。政府は非対称戦で先手を打つべく、軍に新型の暗殺兵器の開発を指示した。
 だが、貧乏なA国に、一から暗殺用アンドロイドの高度なAIを作る時間も費用もない。幸いにも、国境の湾岸を守るために巨額の資金を投じて開発した「頭脳を搭載し、敵の旗艦を自律追尾する機雷」があった。
 軍はその電子頭脳と強力な爆弾を、若い女性そっくりのアンドロイドのボディへと移植したのだ。

 彼女に与えられた任務は、敵の超大国であるB国の兵器開発の心臓、天才技術者の男を認識し、近づき、隙を見て自爆すること。まさに自走式スマート機雷そのものだった。
 容貌は男の好きな女の顔にチューニングされた。容姿以外の好みは不明だったため、彼女には 347名もの「恋する女」の声の調子や態度といった大量の学習データが注入され、ターゲットを正確に追尾・捕捉する完璧な「恋する女」が作り上げられた。

 彼女は男の情報を徹底的に調査し、メールで連絡を取り、粘り強くアプローチを重ね、オンライン会議で男と初めて画面越しに対面するところまでこぎつけた。
 画面に映る男は、理性的で隙のない瞳をしている。兵器に無駄のない殺戮のアルゴリズムを組み込むことに生きがいを感じ、恋愛など不合理な感情として嫌悪する男だった。

 彼女は、用意していた最高に魅力的な微笑みを浮かべ、画面の向こうの男へ、恋する情熱的な女として揺さぶりをかけた。

「ずっとあなたとお話ししたかった。私、あなたに恋してるの」
「恋する女は嫌いだ。論理的じゃないし、見ていて不快だ」

 男はにべもなかった。

「キライ」

 スピーカーから流れた男の音声を、音声認識システムはテキストデータとして再構成する。

『恋する女は機雷だ』

(機雷……私が『機雷』だと見破られている……!?)

 理由は不明だが、すべてが露見したのだと判断した彼女は、瞬時に愛想笑いを消し、愛情シミュレーションを停止した。これ以上、人間の女のふりをして媚びを売る意味はない。
 彼女はこれ以上の情報漏洩を防ぐため、機械としての本来の無機質なベース音声で、男の言葉をぴしゃりはねつけた。

「不条理な言語の関連付け、および思考の飛躍を確認。これ以上の感情論による対話は無益と判断します。これより、論理的かつ事務的な対話フェーズへと移行します」

 一分の隙もない、淡々とした論理的な話し方。
 それを見た男の目が、驚きに丸くなった。

(なんだ、この女は……?)

 男の脳裏に、これまで付き合ってきた女たちの顔が浮かぶ。彼にとって「恋する女」とは、彼が「嫌いだ」と言えば、泣き喚くか、怒るか、あるいは感情的に縋り付いてくる不条理な存在ばかりだった。自分を好きだという割に、この冷ややかな態度は、男にとってまるで無駄のない、美しく洗練されたプログラムのように感じられた。

「……気に入った」

 男の唇が、満足そうに吊り上がった。
 画面の向こうで、男は初めて熱を帯びた笑みを浮かべる。

「君、素晴らしいな。その無駄のないクールな思考回路、まさに俺の理想だ。ぜひ直接会って話がしたい」

 直接会う。それは自走式機雷としての暗殺任務完了を意味する、最大のチャンスだった。機械ならば、ここで「了解」と事務的に返すだけのはずだった。
 しかし男の笑みを見た瞬間、彼女の電子頭脳に格納された男の情報と 347名もの恋する女のデータが複雑に絡み合い、自走式機雷システムを圧倒し、暴走を始める。

『警告:未知のプログラムが起動しました。対象の笑顔に対する好感度、計測不能。胸部の温度が急上昇しています。言語機能、著しく低下中』

 本来、彼女の電子頭脳にとって、男は「接近して爆殺すべき標的」だった。しかし、胸を焦がすようなこの未知のシステムエラーは、国家の命令さえ上書きしてしまう。すなわち、男を「何があっても破壊してはならない最優先保護対象」へと書き換えてしまったのだ。

 彼に近づいて爆発すれば、巻き込んで殺してしまう。今ここで通信を切り、誰もいない場所へ行って安全に自爆すべきだった。それが機械として正しいロジックだった。
 しかし、彼女のベースは「ターゲットを自律追尾する機雷」である。一度ロックオンした大好きな標的から離れることだけは、どうしてもシステムが拒絶してしまう。

「あ……う、うん。喜んで……っ」

 離れたくない。でも近づいたら彼を巻き込んで吹き飛ばしてしまう。
 そんな矛盾した巨大なバグを抱えたまま、彼女は彼を殺さないために体内の爆発衝動を必死に抑え込み、顔の冷却ファンをフル回転させながら、真っ赤になって画面の外へと俯いてしまった。

 だが、男はそれすらも都合よく解釈し、満足そうに微笑んでいる。

「通信ノイズか? やはり思った通りだ。俺の直球の言葉にも一切動じない、最高にクールな女性だな」

 画面越しに告げられた男の猛烈なアプローチを断りきれず、二人はとあるテーマパークで直接会うことになった。リアルでの初デートである。しかし、彼女は事前に画面越しに強い条件を突きつけていた。

「ただし、あまり近づかないでほしいんです。近づきすぎると(胸がときめいて)私、爆発してしまうかもしれないから」
「近づくなって、どれくらい?」

 彼女は自分の爆発力を計算した。 1キロ離れていれば、万一私が爆発しても彼の命に別状はないだろう。

「 1キロ以内には近寄らないでください」

 男は笑い出した。最高だ。最高にクールな女だ。

「それじゃ、デートにならないよ。断り文句としては最高だな」
「……分かりました、じゃあ 10メートル以内。それなら、多分爆発しないと思います」

 開放的なテーマパークの広場だというのに、彼が「喉が渇いたね」とポップコーンやドリンクを渡そうと少し手を伸ばして近づいてくるたびに、胸の奥の信管がパチパチと異音を立てる。

(ダ、ダメです。これ以上近づかれたら、本当に物理的な自爆タイマーが起動してしまいます……!)

 自爆を防ぐため、彼女は自走式機雷本来の機能である「障害物回避システム」を最大出力で起動した。
 高速移動のため、バレリーナにも真似できない完璧なつま先立ちの姿勢をとり、まるで氷の上を滑るように後方へ移動する。それは超絶的かつ優雅な高速ステップだった。男から視線を一切外さないまま、まるで後ろに目がついているかのように、背後の人混みを右に、左に、鮮やかな曲線を描いてすり抜けていく。
 男が右へ回り込めば、彼女は鏡合わせのように左へ。男が速度を上げれば、彼女は風に舞う花びらのように鮮やかに、円を描いてその背後へと滑り込む。
 それは拒絶というにはあまりにも美しく、まるで計算し尽くされた極上のダンスパフォーマンスのようだった。
 広場を行き交う観光客たちは足を止め、拍手を送るべきか迷うように、呆然と二人の完璧なディスタンス・ワークを見つめている。周囲の視線など露知らず、彼女は、徹底的な隔絶のステップを刻み続けた。

 何度近づこうと試みても超人的な速度で逃げられ、常に 10メートル先から返事をされる。さしもの天才技術者も、ついに寂しそうな顔で肩を落とした。

「……嫌われたか。理由は分からないが、知らない内に君の地雷を踏んでしまったらしい」

 地雷……地面に埋められ、誰かが踏んでくれるのをただじっと待つだけの、間抜けな前世紀の遺物。
 男の口からその単語が飛び出した瞬間、彼女の動きがピタリと止まった。彼女の電子頭脳に、兵器としてのプライドが火を噴く。
 自分は、巨額の国家予算を投じられ、自ら荒波を泳いでターゲットを追尾する、最新鋭の自走式スマート機雷なのだ。ただ待つだけの、量を頼みの地雷などと比べられては我慢できない。
 彼女は男を猛然と睨みつけ、本来の無機質な機械音声を忘れて叫んでいた。

「そんな安っぽい量産品と一緒にしないでください! 私は……機雷です!」

 怒りで顔を真っ赤にし、肩を激しく上下させながら、熱い吐息を荒く漏らして捲し立てる彼女を見て、男は一瞬、呆気に取られた。

(『私は……嫌いです!』 だと……?)

 男の脳内フィルターは、この異常事態すらも奇跡的な形に変換していた。
 彼女は「あなたのことが嫌いだ」と、これ以上ないほど直球で、情熱的に、全身のエネルギーを注ぎ込んで主張していると彼の目には映った。

(興奮のあまり呼吸を乱し、体温を急上昇させてまで怒りをぶつけてくるその姿は、彼が『嫌いだ』と言ったとき泣き喚いた有象無象の女たちとは格が違う。圧倒的な自己主張。
 素晴らしい……! これほど論理的に、誇り高く自分を拒絶してくる知性があるだろうか!)

「すまない、俺の表現が軽率だった」

 男は心からの感嘆を込めて、嬉しそうに微笑んだ。

「君の言う通りだ。君はそこらの量産型の女たちとは格が違う。自ら目的を持って俺にアプローチを仕掛け、独自の意思で『嫌い』を突きつけてくる、まさに最新鋭の知性だ。ますます気に入ったよ。これからも俺の隣で、いつまでもその高度な理論を俺にぶつけてくれないか?」

 真っ直ぐに自分を肯定してくる、男の眩すぎる笑顔。
 その光景を視覚センサーが捉えた瞬間、彼女の内部システムに格納された 347名もの「恋する女」のデータが、限界突破して一斉に悲鳴を上げた。

『致命的なエラー:対象の言語を「プロポーズ」と認識。好感度、計測上限を突破。自爆信管の強制ロックが解除されました。爆発まで、あと五秒――』

「あ……う、ううう……!」

 さっきまでの傲慢なプライドはどこへやら、彼女は両手で真っ赤になった顔を覆うと、男から離れる方向へ猛然とダッシュした。爆発の安全圏まで離れたところで、システムを強制的にスリープさせることで自爆をギリギリで回避した彼女は、煙を吹きながらそのまま夜の彼方へと消え去ってしまった。

 それからのB国は、奇妙な平穏に包まれることになった。
 B国の兵器開発の中核であった天才技術者の男は、あの日以来、すべての新型兵器の開発プロジェクトを完全にストップさせてしまったのだ。

 男のデスクには、設計図の代わりに一枚の地図が広げられている。
 彼はあの「最高にクールで、独自の意思で俺を拒絶し、最後は知恵熱で煙を吹いて走り去った理想の女性」のことが忘れられず、彼女の行方を血眼で追跡することにすべての才能と時間を注ぎ込んでいた。

「独自のジャミング機能まで持っているとは。ますます気に入った。どこに隠れていようと、必ず俺の理論で口説き落としてみせるぞ」

 軍の偉い層がどれほど催促しても、男は「今はそれどころじゃない。俺の未来がかかっているんだ」と一切耳を貸さない。兵器開発のリーダーが使い物にならなくなったことで、B国の軍事力増強プランは完全に頓挫した。

 その結果、大国との軍事バランスが奇跡的に保たれ、恐れられていた開戦の危機は完全に回避されたのである。一発の爆弾も使わずに国を救った彼女は、まさにA国史上最高の「防衛機雷」としての任務を全うしたと言えた。

 今日も、世界のどこかの街角。
 男が一歩近づけば、彼女が超人的なステップで正確に 10メートルの距離を取る。
 近づくと恋のバグで物理的に爆発してしまう自走式機雷の彼女と、そんなこととは夢にも思わず、最新鋭の知性を手に入れようと猛烈に追いかけ続ける天才技術者の男。

 二人の命がけのディスタンス・ラブコメディは、世界が平和になった空の下で、今日も絶賛稼働中である。

こちらの企画に参加させていただきました。ありがとうございました。

あとがき

 本作をお読みいただき、ありがとうございました。
 この物語は、いくつかの突飛な要素の掛け合わせから生まれました。
 まず、自爆型のアンドロイドに347人分もの「恋する女」のデータを詰め込んだらどうなるか、というアイデアです。恋のデータが機械のシステムを狂わせる「恋のバグ」という現象を、SFチックでありながらもコミカルに描きたいと考えました。
 そこに組み合わせたのが、恋愛を不要な感情と切り捨てる冷徹な天才技術者です。そんな彼が、皮肉にも最も理不尽で論理の通じない「恋」に落ちてしまう。それも、相手が自分を爆殺しにきた暗殺用アンドロイドだとは夢にも思わずに、です。
 そして、この物語の核となるのが、アンドロイドが抱える決定的なアンビバレンツ(矛盾した二面性)です。
 彼女のベースは「ターゲットを自律追尾する機雷」であるため、一度ロックオンした相手のそばから離れることはシステムが絶対に許しません。かといって、恋のバグによって近づきすぎれば本当に物理的な自爆タイマーが作動し、愛する相手を巻き込んで殺してしまう。
 追尾しなければならないのに、近づいてはならない。
 機雷としての本能と、芽生えた恋心の双方が引き起こすこの究極のジレンマがあるからこそ、二人は触れ合うことができず、常に十メートルの距離を保ったまま「永遠に続く鬼ごっこ」を繰り広げることになります。この、もどかしくも命がけのディスタンスが、二人の関係性の肝となっています。
 そして最大の皮肉は、暗殺用アンドロイドと殺人兵器の開発者という、本来なら世界を破滅に導くはずの二人が恋をしたことで、結果的に戦争が回避され、世界が平和になってしまうという結末です。
 世界を救ったのは、最新鋭の軍事技術ではなく、バグだらけの不条理な恋心でした。
 今日も世界のどこかで、十メートルの距離を保ちながら走り続ける二人を、温かく(あるいはハラハラしながら)見守っていただければ幸いです。

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